第三十九話 「小さな命」
村田に柔らかな雪が降り始めた冬の朝。
蔵王の峰から吹きおろす寒風も、この日ばかりはどこか優しい。
宗高は離れの前で、凍える指を何度も擦り合わせていた。
奥では結姫の産室が整えられ、黒前掛け組が用意した暖湯と薬草の香りが漂っている。
「殿、ご不安でございますか?」
側に控えていた家老・福地右近が、静かに声をかける。
宗高は苦笑してみせた。
「そりゃあ、不安にもなる。
この村田の未来を、いずれ背負うことになる子だ。
……だが何より、結が無事でいてくれればそれでいい。」
右近は深く頷いた。
「奥方様は強い。蔵王の風にも負けぬ方。ご心配は無用かと。」
その時――産室のほうから産婆の声が響いた。
「――殿! お子がお生まれになりました!」
宗高は息を呑み、走るように産室へ向かった。
薄い灯がともる室内で、結姫は汗に濡れながらも安堵の微笑みを浮かべていた。
産婆が抱く布の中で、小さな赤子が元気に泣いている。
「殿……見てくださいませ。
わたくしたちの子……」
宗高は震える指先で、赤子の頬に触れた。
柔らかく、温かい。
この瞬間、村田の新たな未来が確かに生まれ落ちたのだと実感した。
「……ありがとう、結。よく……よく頑張ってくれた。」
宗高は結姫の手を握りしめた。
結姫は疲れの中でも微笑み、涙をこぼした。
「この子は、きっと大きくなります。
蔵王の山に抱かれ、民に寄り添う子に……」
宗高は赤子を抱き寄せ、その小さな鼓動を胸で受け止めた。
「うむ……この子には、強く、清らかで、蔵王の雪のように深い心を持ってほしい。
蔵王の恵みを受けて生きていく子だ。」
しばし静寂が流れ――宗高は、そっと名を口にした。
「名は……雪王丸とする。」
産婆が感嘆の声を上げる。
「まあ……なんとも気高いお名でございます。」
宗高は赤子を見つめた。
「冬に生まれ、蔵王の雪を王のように従える強さを持つように。
そして――雪のように真っ白で清らかな心で、人を思いやれるように。」
結姫は涙を拭い、そっと頷いた。
「雪王丸……よい名でございます。
この子の人生に、蔵王の加護がありますように。」
雪王丸の誕生は、瞬く間に村田城下へ広まった。
「若君がお生まれになった!」
「雪王丸様のお誕生じゃ!」
村人たちは門前に集まり、黒前掛け組は祝いの汁物をふるまい、
蔵王七翼の面々は駆けつけて祝詞を述べた。
菅野権七は涙ぐみながら言った。
「これで……村田の未来はますます明るくなりますな。」
赤坂兵部景光は胸を張り、
「我らは雪王丸様の御為にも、領内を守り抜く!」
と高らかに宣言した。
右近は宗高の側で、静かに微笑んだ。
「殿。村人たちも、皆、雪王丸様を心から喜んでおります。
この子はきっと、村田の宝となりましょう。」
宗高は頷き、腕に抱く雪王丸のぬくもりを感じた。
「……この子に恥じぬよう、俺も歩みを止められぬな。」
夜。
雪は静かに降り続け、屋根を白く染めていた。
宗高は結姫の隣で、眠る雪王丸を見つめていた。
「小さな手だ……これで、村田を掴み、未来を掴む日が来るのか。」
結姫はそっと宗高の肩に寄りかかった。
「殿……わたくしたちは、この子を守り、導くために出会ったのでしょうか。」
「いや――
この子が、俺たちをもっと強くしてくれるのだろう。」
結姫はその言葉に微笑み、雪王丸の額に口づけした。
「雪王丸……あなたは、わたしたちの光……。」
宗高は温かい息を吐き、二人を抱き寄せた。
「結。
この子と共に、村田を、蔵王を、より良いものにしていこう。」
外の雪は、まるで祝福のように淡く降り続いていた。
村田の未来は――確かに、この夜ひとつ、新しい光を得たのである。




