第三十八話 「新生活」
村田城下の空気はどこか柔らかく、春の陽だまりのような温さを帯びていた。
城内の離れ――新たな夫婦の住まい。
朝、障子の向こうで鳥がさえずり、結姫が静かに湯を沸かしている音が聞こえてくる。
宗高が目を覚ますと、香ばしい薬草の香りが漂っていた。
「結、もう起きていたのか。」
振り返った結姫は微笑み、湯気の立つ茶碗を差し出した。
「殿のお身体を整える“朝の薬茶”にございます。
蔵王の麓で採れた熊笹を乾かしたもので、胸を開き、疲れを払います。」
宗高は静かに受け取り、一口すする。
ほのかな渋みと甘みが広がり、身体の芯がすっと温まる。
「……良い香りだ。結の茶は、いつも心がほどける。」
結姫はほんのりと頬を染めた。
「お役に立てるなら、わたくしもうれしゅうございます。」
新しい生活は、こうした小さなやり取りで満たされていた。
その日、二人は蔵王の麓に広がる薬草果樹園へと向かった。
結姫は薬草の知識が豊富で、宗高の計画する“医食同源の村づくり”にとって欠かすことのできない存在となっていた。
畑に立つと、山から吹き降ろす風が白山木、熊笹、唐松草の香りを運んでくる。
結姫は一つひとつ薬草を指さし、語る。
「こちらは発熱に。こちらは咳の和らぎに……。
殿、体を整えることで、村田の人々は季節の病に悩まず済むようになります。」
宗高はその横顔を静かに見つめる。
「結の知恵があってこそ、村田は良くなる。
そのすべてを、支えにしたいと思う。」
結姫は驚き、少し俯いた。
「……殿は、いつもわたくしを大切に扱ってくださる。
そのことが、胸の奥に灯りをともしてくれるのです。」
宗高は彼女の手をそっと取り、畑を見渡した。
「共に、村田を育てよう。
蔵王の山と、この土地と、人々の暮らしを。」
その日の夕、二人は薬草と村の食材を使った料理を囲んだ。
結姫が用意したのは――
びわの葉で香りを付けた山菜の蒸し物
そら豆味噌を溶いた根菜汁
日本酒“峰雪の雫”を微量使った鶏の炊き合わせ
乾燥薬草を練り込んだ薬膳餅
宗高は一口ずつ味わい、目を細める。
「……これはすばらしい。身体に染みわたるようだ。」
結姫は嬉しそうに微笑む。
「村人の働きと暮らしを守るには、薬だけでなく、日々の食を整えることが欠かせません。
蔵王の恵みを活かして、その道をひらきましょう。」
宗高は頷き、杯を置いた。
「結、これから村田は大きく変わる。
荒浜新港、蔵王丸、加工品の評判……そして薬草の道。
そのすべてを、そなたと共に進みたい。」
結姫は静かに頭を下げた。
「わたくしも……殿と共に歩むため、この村田に嫁ぎました。
どうか、末永くおそばに。」
二人の間に流れる灯の揺らぎは、まるで蔵王の春風のように穏やかで、あたたかかった。
夜 ― これからの未来へ
夜、離れの縁側に並んで座り、星を見上げる。
蔵王の山影が黒々と浮かびあがり、虫の声が遠くに響く。
宗高は静かに言った。
「村田を守るだけではない。
人の暮らしを良くし、病を減らし、江戸にも名を届ける。
そのための道が、ようやく見えてきた気がする。」
結姫はその横顔を見つめ、そっと寄り添った。
「殿……わたくしは、ただそばにおります。
蔵王の恵みとともに、村田が光に満ちる未来を信じています。」
宗高は結姫の手を握り、静かに頷いた。
――夫婦としての新生活。
だが、それは同時に、村田の未来を変える大きな一歩でもあった。
夜空の星が、二人の前途を祝福するようにまたたいていた。




