第三十二話 「婚礼の儀 蔵王に誓う契り」
村田城下は朝からざわめいていた。
空は晴れ渡り、蔵王山の頂には薄く雪が残る。
その白さはまるで――二人の未来を祝福する清らかな幕のようだった。
「殿、支度が整いました」
福地右近が、いつになく穏やかな声で告げた。
「……そうか」
宗高は深く息を吸い、胸元を整える。
今日ばかりは、戦場よりも緊張していた。
黒前掛け組の面々は珍しく口数が少なく、蔵王七翼は皆固く背筋を伸ばし、宗高の晴れ姿を見つめている。
「殿がおめでたいと、村田の空気まで明るくなるようですな」
右近が微笑む。
「からかうな。……だが、悪い気はせぬ」
宗高は軽く息を吐き、静かに言った。
「行こう。結姫殿をお迎えに」
◆結姫、村田へ
白石城を出立した結姫の輿は、村田へと続く街道をゆっくりと進んだ。
沿道には村民が並び、揃って頭を下げる。
「まあ……こんなにも……」
結姫は驚きに胸を押さえた。
「姫様、皆さま、宗高様のご結婚を心から喜んでおられます」
侍女が言う。
輿の窓から見える人々は、笑顔で手を振り、子どもたちは花をまいていた。
その光景に結姫の頬が緩む。
「宗高様……わたくし、本当に村田へ嫁ぐのですね」
侍女はやわらかく微笑んだ。
「はい。姫様ならば、きっと村田の方々にも愛されましょう」
結姫は小さくうなずいた。
「……わたくしも、精一杯尽くしたいのです。この御縁を」
◆婚礼の儀 ― 蔵王の前で
婚礼は村田城内の蔵王社で執り行われることとなった。
蔵王権現の加護を受けた宗高にとって、これほどふさわしい場はない。
神前の灯りが揺れ、香が静かに漂う。
やがて、結姫が白無垢姿で入ってきた。
宗高は息を呑んだ。
(……なんと、美しい)
結姫の白無垢は、まるで新雪のようだった。
薄い桃色のかんざしが雪解けを思わせ、静かにほほ笑むその姿は、まさに“蔵王の娘”であるかのようだった。
「宗高様……本日は、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、結姫殿」
その声が触れた瞬間、宗高の胸に柔らかな温かさが広がった。
祭主が祝詞を上げ、二人は三々九度の盃を交わした。
空気がしんと静まり返り、蔵王山から吹く一陣の風が社殿の幕を揺らす。
「蔵王権現よ……この二人を御守護あれ」
祭主の言葉に、宗高は深く頭を下げる。
(この誓いだけは、どんな戦でも、どんな災でも、決して揺るがせぬ)
結姫もまた、澄んだ眼差しで宗高を見つめていた。
「宗高様。……わたくし、あなた様と共に歩めること、幸せに思います」
「私もだ。これからの村田の道――共に切り開こう」
◆祝言 ― 村田の歓喜
婚礼ののち、城下では盛大な祝言が行われた。
黒前掛け組が腕によりをかけて料理を並べる。
「殿! “蔵王雪見膳”、本日のために新作でございます!」
「姫様のお好きな果実菓子もご用意しました!」
「祝い餅は七翼がつきましたぞ!」
宗高が笑う。
「皆、張り切りすぎだろう」
「殿の晴れの日ですからな!」
右近が胸を張った。
村民たちは踊り、歌い、子どもたちはくるくると走り回る。
港の職人から山の木こりまで、誰もが“自分たちの婚礼”のように喜んでいた。
「宗高様……こんなにも、村田は温かい地なのですね」
「それは結姫殿を迎えたからだ。皆、心の底から喜んでいる」
結姫は、そっと宗高の腕に寄り添った。
「……村田を、この人々を、大切にしたいと思いました。
宗高様と共に」
「こちらこそ」
宗高は静かに笑った。
「この日を……一生忘れぬ」
祝宴が終わり、二人は村田城の天守から夜空を眺めた。
蔵王山の稜線が月に照らされ、銀の線を描いている。
「宗高様。蔵王の山は、まるで祝福しているように見えます」
宗高はそっと、結姫の手を包んだ。
「これからも、私の隣に」
「はい……宗高様」
蔵王の風が、まるで二人を結ぶようにやわらかく吹いた。
こうして――
村田城主・伊達宗高と、片倉家の結姫。
蔵王に誓われた契りは、村田の未来を照らす新たな灯となったのである。




