第三十一話 「宗高の縁談」
江戸での献上料理の絶賛や荒浜新港の開発。村田の名は一躍、諸藩に知られることとなった。
それにともない、宗高への縁談の話は、数多く寄せられることとなっていた。
しかし、宗高には想いを寄せる相手がいた。
江戸からの献上料理の帰路、宗高は片倉家へ伺候の挨拶に立ち寄った――その時が、すべての始まりである。
「……どうぞ、お茶でございます」
柔らかな声とともに差し出された茶碗。
宗高が顔を上げた瞬間、光が差し込んだように感じた。
控えていたのは、片倉家嫡流の姫――結姫。
淡い水色の小袖が揺れ、ほのかに香る白梅の香り。
その目元には、蔵王の雪解けのような静かな光が宿っていた。
「……これは、蔵王山の“雪見茶”では?」
宗高は思わず声を漏らした。
「はい。蔵王の麓で、採れたものです。」
結姫の頬がわずかに赤く染めうなずいた。
宗高はその場では礼に徹したものの、
――胸の奥にいつまでも温かな灯が残った。
それが結姫との出会いだった。
宗高のもとへ、縁談は次々と届いた。
藩士の娘、仙台の商家、さらには京の公家にまで及んだが――
「殿、どの家も悪くありませんが……ひとつも、受けられませぬか?」
福地右近が首をかしげる。
「……うむ。気に入らぬというわけではないのだ。ただ……」
「ただ?」
宗高は、ふと雪見茶の香りを思い出していた。
「……心に残っている姫がいる」
「おお……! 片倉家の、あの――」
「うるさい、右近。名を出すな」
右近はにやりとした。
「では、縁談を断る理由は“宗高様の胸の内に、一人の姫君がおられるため”ということで?」
「勝手に書くな。だが……否定はせぬ」
右近は深くうなずいた。
「殿。恋とは、火よりも扱いが難しいものでございますぞ」
「わかっておるわ」
宗高は、そっと息を吐いた。
一方その頃――片倉家、白石城。
結姫もまた、宗高のことを忘れられずにいた。
「姫様、また蔵王の薬草を調べておいでですか?」
侍女が問いかける。
「……はい。宗高様は、領民のために薬草の知を活かしておられるのでしょう?
ならば……少しでもお役に立てればと」
「姫様……まさか、想いを寄せて?」
結姫は慌てて首を振るが、耳は真っ赤になっていた。
「そ、そのような……ただ……
あの日、宗高様のお顔を見た時……胸が……温かくなって」
「姫様、それは“恋”と申します」
「……恋、なの……?」
侍女は微笑んだ。
「宗高様は、蔵王の噴火を鎮めたお方。姫様のお気持ちが届かぬはずがございません」
結姫は胸元を押さえ、そっと呟いた。
「……もし、またお目にかかれたなら……」
数ヶ月後。
荒浜新港の完成報告のため、宗高と成実は白石川の上流であるが白石を訪れた。
片倉家の広間で、二人は再び向かい合う。
「宗高様……お久しゅうございます」
「結姫殿……。その節は、茶を……見事なものでした」
「お口に合ったなら……それだけで」
結姫は深く頭を下げたが、その頬は雪解けの桃色のようだった。
成実は宗高の横顔を見て、にやりと笑った。
「宗高殿。どうやらそなた、よい“縁”を逃す気はあるまい?」
「成実様……!」
「ははは。よいではないか。
――片倉家も、伊達家も、村田も喜ぶ話よ」
その場で、結姫も顔を赤らめたまま答えた。
「わ、わたくしで……宗高様のお力になれるのであれば……
村田の皆さまのお役にも立ちとうございます」
宗高の胸が熱くなる。
「結姫殿。そなたの優しさと、蔵王の知を、どうか……私と共に。
村田を、より良い地にしたい。その道を、共に歩んでいただけるなら……」
結姫は深く息を吸い、静かに微笑んだ。
「……はい。喜んで」
その瞬間、
宗高の胸の奥で、蔵王の焔のような熱が静かに灯るのを感じた。
こうして――
村田城主・伊達宗高と、片倉家の結姫。
蔵王に導かれた二人の縁は、確かな絆として結ばれたのであった。




