第三十話 「祝祭 新たな船出」
港を埋め尽くした歓声がやや落ち着くと、太鼓の連打が合図となり、人々の列が割れていく。その中心を、松明を掲げた若者たちが進んできた。背には荒浜の漁で使われる大網がかけられ、陽光を浴びて金糸のように輝いていた。
「殿、始まりますぞ」
福地右近が、宗高の耳元で小声に告げた。
「うむ……“荒浜祝網舞”だな。成実様のご提案だ」
「はい。“港の誕生を寿ぎ、海神を迎える舞”とのことで」
やがて、若者たちが港中央の広場に並び、大網を大きく広げた。海風を受けて波のように揺れるそれは、まさに新たな港が海とつながってゆく象徴のようだった。
「――引けよォッ!」
掛け声と共に大網が一斉に引かれ、波紋のような動きが広場全体へ広がった。子どもたちは歓声を上げ、老いた漁師は涙を拭った。
「……見事なものよ」
成実が腕を組み、目を細める。
「港がただの箱ではないことが、よく伝わりますな」
と宗高は答えた。
その背後から声がかかった。
「宗高殿、こちらへ」
右近が示した先には、特設の料理台があり、黒前掛け組の面々が腕を振るっていた。
「殿! 今日のために、とっておきの品々を用意しました!」
「海の幸、川の幸、山の幸……全部入りでございます!」
宗高は笑みを返した。
「では、成実様にも味わっていただこう」
成実が席につくと、黒前掛け組が一斉に膝をつき、料理を順に差し出した。
「まずは“荒浜潮汁”。港の完成を象徴する一品です」
香り立つ椀を見た瞬間、成実の眉が上がった。
「……ほう。香りが深いな」
「松尾川で採れた川魚の出汁と、荒浜の北寄貝を合わせました。川と海の結びの象徴にございます」
成実が箸をつける。
「――うむ。見事」
その一言で、黒前掛け組は一斉に顔を輝かせた。
「続きまして、“松尾丸蒸し”。川舟松尾丸の名を借りた新作です!」
蒸し籠を開けば、湯気とともに香草の香りが立ち上り、中には舟の形に盛り付けられた野菜と鶏肉の蒸し物が現れた。
成実は思わず吹き出す。
「ふはははっ! 形まで舟か!」
「はい、川を遡る松尾丸のように、民が力を合わせる様を」
「こやつらは……本当に芸が細かいな」
宗高も思わず肩を揺らして笑った。
そして最後の皿が運ばれてきた。
「“蔵王丸膳”でございます!」
数人がかりで運ばれた巨大な皿には、蔵王山の地形を模した盛り付けが施されていた。山の形の炊き込み飯の頂に、イクラと鮭の切り身が赤い峰となって積まれている。
「山と海が一つになり、新たな道をひらく……そんな祈りを込めました!」
成実はしばし言葉を失ったあと、ゆっくりと箸を置いた。
「……宗高殿」
「はい」
「そなたの領地の者は、皆、そなたに似るのだな」
宗高は驚いた。
「似る、とは?」
「 ただ豊かになるのではなく、“誇り”を持とうとする。
民がこうして、自分の手で未来をつかみ取ろうとしておる。
――武よりも強い力を、そなたは育てておるのだ」
その言葉に、宗高は胸の奥に熱いものを感じた。
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◆海上での「初渡り」
そして式典の締めくくりとして、蔵王丸が海へと漕ぎ出す「初渡り」が行われた。宗高、成実、右近、蔵王七翼、黒前掛け組の代表らが乗り込んだ。
蔵王丸の甲板は広く、まだ新しい木の香りが漂う。
「宗高殿、よくぞここまでの船を造り上げた」
成実は感嘆の声を漏らす。
「皆の知恵と技です。特に船大工の佐平たちは、昼夜問わず働きました」
初渡りの太鼓が鳴り、蔵王丸はゆっくりと岸を離れた。
「うわぁ……動いた!」
「これが海に出る船なんだ!」
七翼の若者たちが子どものように歓声を上げた。
右近が控えめに笑う。
「殿……この景色を見られる日が来るとは」
「右近。これからはこの港が我らの道となる」
宗高は海を渡る風を受けながら言った。
「村田から江戸へ。
そして、村田から京へ――」
その言葉に、成実がゆっくりとうなずいた。
「宗高殿、そなたは大きな流れをつくった。
わしの目にも、それははっきりと見える。
――伊達の未来は、必ず安泰となろう」
海鳥が蔵王丸の上を舞い、春の太陽が船体を照らした。
荒浜港はその日、
ただの“港”ではなく、
伊達領の新しい時代を告げる“門”として生まれ変わったのだった。




