第三話 「父・伊達政宗」
仙台城、本丸御殿。
冬の朝、白銀の庭を渡る風が、静けさを破るように吹き抜けた。
伊達宗高――かつて現代人・髙橋高宗だった男は、緊張を胸に、長い廊下を歩いていた。
「殿、まもなくお出ましです。」
案内の家臣が頭を下げる。
宗高は、手に握る木箱を見下ろした。
中には、黒前掛け組が生み出した新たな味――「蔵王権現味噌」と、その味噌を使った「味噌焼き豆腐」が入っている。
今日の謁見は、この功績を報告するためのものだった。
襖が開かれる。
薄明の中、座していたのは、一つの眼で鋭く全てを見透かす男――伊達政宗。
「宗高、久しいな。刈田岳の祈祷で、命を落としそうになったと聞いておったが……見事に蘇ったか。」
その声には威圧と、どこか探るような冷ややかさがあった。
宗高は深く頭を下げる。
「父上、宗高、蔵王権現の加護により一命を取り留めました。そして……この地を救うため、微力ながら働きを。」
「ふむ。村田の噂は耳にしておる。飢えが止み、商人が集い、城下に新しき香が満ちておるとか。」
「はい。“黒前掛け組”と名づけた料理衆の働きにございます。」
「黒前掛け、とな。……妙な名だ。」
「伊達の忍び集団黒脛巾組と掛けたのか。」
政宗の片眉が動く。宗高は微笑み、箱を差し出した。
「恐れながら、これがその成果にございます。」
蓋を開けると、温かな香りが広がった。
深い琥珀色の味噌を溶かした汁が湯気を立て、香ばしく焼かれた豆腐の表面がきらりと光る。
御膳の上に置かれると、政宗の眉がわずかに動いた。
「……ほう。良い香りよの。」
政宗は箸を取り、一口、口に運ぶ。
次の瞬間、その独眼が静かに見開かれた。
「……味が、生きておるな。」
「はい。米麹の割合と発酵温度を調え、短期間で旨味を引き出す工夫をいたしました。民が冬を越すための知恵にございます。」
「短き日数で、この味か。なるほど、民の腹を満たし、心を繋ぐ策……面白い。」
政宗は口角を上げた。
その笑みには、猛将の誇りと、父としての喜びがわずかに滲んでいた。
「宗高。おぬしは刀よりも“味”を武器とするか。」
「はい。刀は命を奪いますが、食は命をつなぎます。村田の地を豊かにし、仙台を支える力にいたしたく。」
「……ふん。奇異なことを申す。だが、伊達の血を引くならば、常道を破る胆も必要よ。」
政宗は立ち上がり、宗高の肩に手を置いた。
その掌は熱く、まるで蔵王の炎のようだった。
「よいか宗高。わしは常に“天下を見ておる”。
だが、おぬしは“民を見よ”。
上に立つ者と下を支える者――両の目がそろってこそ、真の国が成る。」
「……父上。」
「黒前掛け組、その名、気に入った。
よって、村田領に“味の奉行所”を置くがよい。
仙台藩の食と商を担うこと、そなたに任せる。」
「ははっ!」
宗高は深く頭を下げた。
背中に伝わる政宗の声が、厳しくも温かく響く。
「忘れるな。民の腹を満たす者は、武よりも尊い。
だが、味の力を侮るな――それは国をも動かす。」
宗高の胸の奥に、熱が宿った。
蔵王権現の力ではなく、父から授かった“信”の炎だった。
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謁見を終え、雪の舞う庭を歩く宗高の背に、又兵衛が駆け寄った。
「殿! お顔が晴れやかにございますな。」
「ああ。これで村田は、ただの一領地ではない。――伊達の台所となる。」
宗高は雪を踏みしめ、遠く蔵王の山を見上げた。
その頂から吹く風が、まるで祝福するかのように彼の黒前掛けを揺らした。




