第二十九話 「港の開発 松尾丸・蔵王丸の建造」
荒浜の海は、冬を越えたばかりの荒々しさをまだ残していたが、春の日差しに照らされる波面には、どこか優しい暖かさがあった。潮風の向こうに、新たな伊達領の未来を担う「港」の姿が形づくられつつある。
宗高は海岸線を歩きながら、広がる木杭や建造中の船を見上げた。
「……ようやく、ここまで来たな」
その背後から、年を重ねても鋭さの失われぬ声が響いた。
「天より授かった才というものか、宗高殿。まこと、若者の働きとは思えぬ」
振り向くと、そこには亘理城主にして伊達家の礎を築いた猛将、伊達成実が立っていた。白髪混じりの髷を風に揺らしながらも、その眼光は若武者のように鋭い。
「お越しいただき、ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらだ」成実は港全景を眺める。「この荒浜は、長く漁村の域を出なんだ。しかし、川がつながり、船が行き交えば……ここは南の玄関口となろう」
成実の声には、戦場を幾度も駆け抜けた者の確信が滲んでいた。
「宗高殿。そなたは道だけでなく、風までも変えたようじゃ」
宗高は笑みを返した。
「まだ始まりにすぎません。白石川、阿武隈川、そして荒川を結ぶ舟路。それに耐えうる船も必要です」
「その船というのが……あれか」
成実の視線の先には、造船小屋から姿を現しつつある一隻の小舟があった。曲線の美しい船体を有し、川を遡る力と積載の効率を追求した新型の小舟だ。
宗高は胸を張った。
「小舟〈松尾丸〉。川の浅瀬にも強く、小回りが利き、荷も乗る。村田から荒浜までの主力となってくれるはずです」
「松尾丸か……良き名よ。村田にある松尾山の松尾観音の加護が宿ろう」
成実は満足げにうなずくと、今度は港の中央、巨大な建造台に目を移した。
「あれは……さらに大きいな」
「はい。海路で江戸へ向かうための大型船、**〈蔵王丸〉**です」
海風を受けるその船体は、まだ完成前にもかかわらず圧倒的な威容を放っていた。
「これならば、荒浜から江戸までの海路も安全に行き来できます。物資の輸送も、村田の名産を大きく広めることも」
「……宗高殿よ」
成実はじっと宗高の横顔を見つめ、静かに言った。
「そなたは戦をせぬ戦働きを続けておる。鍬と知恵で民を救い、船と道で領地を豊かにする。わしには、その才こそが天下に必要と思えるのだ」
「仙台の殿も、必ず喜ばれよう」
その言葉に、宗高は深く頭を下げた。
――そして、月日は流れた。
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◆荒浜新港 完成式典
潮風が穏やかに吹く早朝。
港には数百人を超える人々が集まり、色鮮やかな幟がはためいていた。松尾丸は川の入口で揺れ、蔵王丸は港の中心に堂々と浮かんでいる。
宗高は、福地右近とともに式典の中心へ向かった。
「殿、港は見事な仕上がりでございますな」
右近は胸を張って言う。
「皆の力だ。右近、お前の働きも大きい。蔵王七翼もよく動いてくれた」
「もったいないお言葉……」
そこへ、重厚な足音とともに成実が現れた。鎧こそ着ていないが、その佇まいは戦場の武将そのものである。
「宗高殿、いよいよだな」
「今日を迎えられたのは皆様のおかげです」
「いや、宗高殿。そなたの先を見通す目と、折れぬ心が道を開いたのだ」
成実の声が高く響いた。
「――これより、荒浜新港開発の完成を祝す!」
人々が一斉に歓声を上げ、太鼓が鳴り響く。
まずは松尾丸が川へと滑り出した。水面に映る船体がゆらぎ、見物人から歓声が上がる。
「よし、行け! 松尾丸!」
続いて、蔵王丸の進水である。
巨大な船がゆっくりと海へ進み、波を割ると、まるで海そのものが息を呑んだかのように静まり返った。
「……見事だ」
成実が呟き、宗高は胸の奥が熱くなるのを感じた。
この船はただの船ではない。村田の民の働き、伊達領の未来、そして自分が歩むはずだった別の運命、そのすべてが詰まっている。
「蔵王丸――お前とともに、この地を豊かにしてゆく」
宗高が小さく呟くと、潮風がその声をさらっていった。
やがて、式典は最高潮に達し、成実が腕を高く掲げた。
「今日よりこの荒浜新港は、伊達領南部の玄関口として栄えん!
村田城主・伊達宗高、その功を全領民に示す!!」
大歓声が港を覆い、海鳥たちが舞い上がった。
宗高は、深く息を吸い込んだ。
――ここからが本当の始まりだ。




