第二十五話 「 江戸での評判 」
江戸城下は、春の霞に包まれ、参勤交代で集まった大名の行列がひしめいていた。宗高の一行が江戸入りして数日、村田の名は静かに、しかし確実に広まりつつあった。
――将軍家光へ献上された黒前掛け組の料理。
――新種そら豆「澄王の恵み村田そら豆」の加工品。
これらすべてが、江戸の知識人や武家の評判をさらっていったのである。
「おい、聞いたか? 奥州村田より献上されたとい料理。」
城下の飯屋で町衆たちが噂をしている。
「黒前掛け組とかいう料理衆……あれが将軍様に出した椀物が、たいそう美味であられたとか」
「奥州の一隅に、そんな料理人衆がいたとは……世は広いもんだ」
宗高の名はここでも囁かれる。
「しかし、その宗高という若殿……政宗公が目を掛けておられるとか。村田周辺の開発も進んでいるそうじゃないか」
「江戸に来て間もなく、もう“蔵王の若き才”などと呼ばれているらしい」
一方、江戸城・大広間。
諸大名が集う場で、宗高の名はさらに重く響く。
「宗高殿、見事な御献上でしたな」
老中が言葉をかける。宗高は礼をとる。
「身に余るお言葉にございます。この酒も、料理も……村田の民が力を尽くしてくれた賜物にございます」
「奥州の小領と侮ることなかれ、か。いやいや、まことに将来が楽しみよ」
「恐れ入ります」
その頃、江戸の城下町では村田への興味がふくらんでいた。
「そら豆の豆菓子、まだ手に入らぬのか」
「すぐ売り切れだ。あれは茶菓子としても上等よ」
「いずれ村田へ行ってみたいものだ。あの若殿の治める地を」
その噂はついに、幕府御用達商人の耳にも届いた。
「村田の産品……将軍家も召し上がるとなれば、商いとしても大いに価値がある。いずれ宗高殿と交渉せねばなるまい」
旅宿で宗高は静かに文机に向かい、評判を記した報告書をまとめていた。
頁を閉じると、そばに控える赤坂兵部が言った。
「宗高様、江戸での評判……すでに侮り難きほどにございます」
「うむ。だが評判は追うものではない。われらが追うべきは村田の明日だ」
「はっ」
宗高は小さく息をつき、遠くの江戸城を見た。
(蔵王の加護と、人々の努力……その積み重ねが、ここまで届いたか)
胸の奥で、静かな決意が燃える。
「兵部、帰ったらさらに産業を整えよう。江戸で得た評判は、民の働きの証。ならば、もっと良い形で返さねばなるまい」
「御意!」
江戸に響いた名声は、宗高にとって目的ではなく、ただの始まりに過ぎなかった。




