第二十一話 「新品種そら豆 誕生」
村田の田畑は、澄川用水路の完成で息を吹き返していた。水が安定して流れ始めたことでた田畑は豊かさを取り戻し、人々の顔に笑みが戻った。そんな中で宗高と右近が特に力を注いでいたのが、新品種のそら豆の栽培である。
試験畑のそら豆は、通常の倍ほどもふっくらとして、淡い翡翠色のさやを陽光に輝かせていた。
「……見事ですな、殿。ここまで粒が大きく、しかも甘みまで強いとは。蔵王の加護に加え、殿の工夫あってこそでございましょう」
右近が誇らしげに言うと、宗高はさやを一つ摘んで軽く振り、中の豆がころりと転がる音を確かめる。
「澄川用水路の水が良いのだ。あの水は土を傷めず、豆の甘みを引き出している。だが――右近、加工こそが本番だぞ」
「承知しております。黒前掛け組の面々が、すでに幾つか試作品を作っております」
村田城の調理棟では、湯気と香りが立ちのぼっていた。黒前掛け組の若者たちが、煎りそら豆、甘煮、乾燥粉末、さらにはそら豆味噌まで試作している。
「殿、こちらをご賞味くだされ!」
差し出されたのは、軽く塩をまぶして煎ったそら豆。しかし、噛んだ瞬間、ほのかな甘さと香ばしさが口に広がった。
「……これは、都でも売れる味だな」
「でしょうとも!」
と右近は胸を張った。
別の器には、そら豆を丁寧にすりつぶし、白味噌と甘葛とで合わせた柔らかい緑色の味噌がある。宗高が舐めると、思わず眉が上がった。
「上品な味だ。茶会の菓子代わりにも使えそうだぞ」
「はい、殿。都での評判を得られれば、村田の名は一気に広がりましょう。新たな名産品にございます」
宗高はうなずき、試作品が並ぶ長机を見渡した。
――この地の未来が、確かに形になりつつある。
そのとき右近が、ふと真顔になった。
「殿。新品種に名を付ける時が参りましたな。名が無ければ領民にも売れませぬし、ましてや都では扱ってももらえませぬ」
「うむ……名は重要だ」
宗高はそら豆を光にかざし、静かに考え込む。
蔵王の加護で災いを退けた日々。
澄川の清水がもたらした豊穣。
村田の人々の汗と笑顔。
それらが脳裏に浮かび上がる。
「右近。この豆の甘みは、澄川の水あってこそだ。だが同時に、民の汗と想いが詰まっている。ならば――」
宗高はゆっくりと名を口にした。
「『澄王の恵 村田そら豆』(ちょうおうのめぐみ むらたそらまめ)これが良いのではないか」
右近は目を瞬いた。
「澄川の“澄”と、蔵王の“王”……。
なんと、見事なお名にございます!」
「清らかな水の恵みと、王の如き味わい。村田を象徴する名にしたかった」
「殿、すぐに札を作らせましょう。これより村田領の名産として、都へも献上できまする!」
右近は嬉しさを隠さず、飛び跳ねるように作業場へ戻っていった。
宗高は試験畑に目を向ける。風がそら豆の葉を揺らし、その緑は小さな波のように広がっていく。
――名が与えられた瞬間から、作物は文化となる。
村田の未来は、この緑色の宝でさらに拓かれるだろう。
宗高は深く息を吸い込み、そら豆の香りを胸いっぱいに満たした。
「これで、村田はもっと良くなる……必ず」
そこへ戻ってきた右近が、息を弾ませながら言った。
「殿! 札だけでなく、箱の意匠も考えましょう。都で売るなら、見栄えも肝要にございます!」
「ふふ……慌てるな右近。だが、その意気は良い。共に村田を豊かにしていこう」
新たな名産品「澄王の恵 村田そら豆」はこうして誕生したのだった。




