第二話 「黒前掛け組、誕生」
蔵王の噴火を鎮めてから数週間。村田の里には、まだ薄く火山灰が積もっていた。
それでも、田畑に立つ人々の目は輝いている。
伊達宗高――かつて現代人だった髙橋高宗は、領民たちの姿を見つめていた。
「この灰の中でも、必ず再び作物は育つ。……だが、その前に、腹を満たすものがいる。」
宗高は城下の台所を覗き込む。
釜からは湯気が立ち上り、粗末な粥の匂いが漂っていた。
女房たちは必死に配膳していたが、子どもたちの腹は鳴りやまない。
「……このままでは冬を越せん。」
宗高は拳を握った。
頭の中に浮かんだのは、現代で学んだ保存食や発酵の知識。
乾燥、塩蔵、味噌、漬物――それらがこの時代にあれば、飢えを防げるはずだ。
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「殿、なにをなされまする?」
家臣の安積又兵衛が問う。宗高は微笑んで答えた。
「この城に“料理衆”を置く。食を司り、人々の命を守る組だ。」
「料理……衆?」
「うむ。名を“黒前掛け組”とする。」
「く、黒前掛け……?」
又兵衛は首を傾げた。宗高は笑いながら腰の布を広げて見せた。
「料理人は、汚れを恐れず働く。その証がこの前掛けだ。黒く染めておけば、煤も油も気にせず働ける。――誇りの色だ。」
宗高の声には、力がこもっていた。
この時代に衛生観点はあまり無いかも知れない、料理の後はちゃんと洗濯する様に伝えなければ。
その日のうちに、料理の心得がある者たちが集められた。漁師の妻、元兵糧係、商人の娘、年老いた味噌職人――十数人の男女が、薄暗い土蔵に並ぶ。
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「今日から、おぬしたちは“黒前掛け組”だ。」
宗高の言葉に、ざわめきが走った。
「殿様、料理で国を守るとは……」
「できるのか、そんなことが」
宗高は一歩前に出た。
「できる。いや、やらねばならん。飢えた腹では武士は刀も槍も持てぬ。領民は鍬や鎌も持てぬ。それでは領内は治められぬ。だが、うまい飯は心を繋ぐ。食は武より強い。」
沈黙が流れ、やがて一人の老婆が口を開いた。
「殿様……味噌なら、わたしに任せてくだされ。」
「ほう、名は?」
「お八重と申します。蔵王のふもとで、かつて味噌を作っておりました。」
「よし、お八重。おぬしを黒前掛け組の“味噌の頭”とする。」
宗高は笑って黒布を差し出した。
お八重は震える手でそれを受け取り、胸に当てた。
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翌日から、土蔵の中では、昼夜を問わず仕込みが続いた。
宗高は現代の知識を生かし、米麹の割合を工夫した。
「三年寝かせずとも旨味が出る」――その手法に、職人たちは目を丸くした。
「殿、これは……まるで神の神業ですな!」
「神の神業ではない。理だ。人の知恵が積み重なった力だ。」
こうして、村田の新たな味噌――“蔵王権現味噌”が生まれた。
香り高く、温めれば甘みが立つ。寒さの厳しい奥羽の地にぴったりの味だった。
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やがて城下に噂が広がる。
「村田の味噌は、まるで神の恵みじゃ!」 「米を少し混ぜて煮ても美味いぞ!」
領民の顔に笑みが戻り、物々交換の市も賑わいを取り戻していった。
宗高は蔵の前で湯気の立つ味噌汁をすくい、静かに呟く。
「これが、最初の一歩だな。」
そのとき、忍び装束の影が屋根から降り立った。
伊達家忍び集団“黒脛巾組”の一人「笹丸」であった。
「宗高様、“黒脛巾組”より報告。仙台城下にて、この味噌を求む商人、多数とのこと。」
「……やはり動いたか。」
宗高は杯を置き、月を見上げる。
「食が人を動かし、人が国を変える。黒前掛け組――この料理衆で、村田を豊かにしてみせる。」
風が蔵王から吹き抜け、味噌の香りを遠くへ運んでいった。
夜空に浮かぶ月は、まるで蔵王権現の瞳のように輝いていた。




