第十九話 「福地右近、志を賭す」
冬の冷たい風が村田城の白壁を撫でていた。
宗高は天守上の政務所に入ると、すでに一人の若者が黙然と立っていた。
黒紋付きに身を包み、背筋は矢のごとく、眼光はまっすぐ。
年は二十五ほど。だがその背負う空気には、もっと多くを見てきた者の静かな覚悟があった。
「村田城の家老を命ぜれ仙台より参りました、福地右近と申します。」
深く礼をしたその声は、落ち着きと鋭さを兼ね備えていた。
宗高は一歩近づき、問いかけた。
「右近。そなたの評判は聞いておる。領内の帳簿、用水、治安すべてに精通し、若くして家老に抜擢されたとか。」
「身に余る話でございます。しかし村田の現状を思えば、誇る暇もございませぬ。」
宗高は目を細めた。
「現状、か。言ってみよ。」
右近は一呼吸してから、言葉をぶつけてきた。
「――おそれながら、奥州伊達の地は、衰えております。農は疲れ、商いは細り、民は先を見られぬ。
そして何より、改革を恐れる者たちが殿の足を引くでしょう。」
宗高は笑った。
「言葉が鋭いな。だが正しい。……右近、そなたは私を止める側の人間か?」
右近は鋭く首を振った。
「いいえ、殿。私はむしろ、殿の改革に自分の身を賭す覚悟でおります。
今の藩政のままでは、村田は沈む。殿の道こそ、村田の未来と信じます。」
その言葉に宗高は胸の奥が温かくなった。
この時代に転生して以来、孤独と戦い、現代の知識と蔵王権現の権能だけが支えだった。
だが今、この男ははっきりと “共に行く” と言った。
「……ならば右近。立ってくれ。」
右近が顔を上げた瞬間、宗高は手を差し伸べた。
「私の改革は、生易しいものではない。反発も、妨害もあるかもしれぬ。
それでも――共に進んでくれるか?」
右近は迷いなく膝をつき、その手を取った。
「この命、殿に預けます。村田の未来を、奥州伊達の未来を、お救いください。」
◆ 改革の夜明け
その日から、宗高と右近は昼夜を問わず動き始めた。
宗高は地図をひろげ、村田の地形と村落を示した。
「まずは農の刷新だ。用水路の見直し、品種の改良、収穫の記録を徹底する。」
右近は即座に応じる。
「権七殿と勘平殿に連絡を。測量と地割の再編はお任せします。」
次に宗高は帳簿を指した。
「税の透明化も急務だ。十蔵、清三郎とともに新しい算帳を作る。」
右近は眉を寄せた。
「しかし古い家中の者たちは反対するでしょう。“数字など信用できぬ” と。」
「だからこそ、“数字で示す世” を作る。――右近、力を貸してくれ。」
「もちろんです、殿。」
そのやり取りは、まるで長年連れ添った同志のように滑らかだった。
宗高の発想と右近の現実的な調整。
その相性は抜群で、新政策は驚くほどの速さで形になっていった。
◆ 初めての諍い
数日後、城内の評定で、古参のものたちがが声を荒げた。
「宗高様、改革などと! 現状で良いではないか! 右近殿も何を血迷われたか!」
広間に緊張が走る。
右近は一歩前に出た。
「……殿の改革は、民のためだ。
古い作法では救えぬ未来がある。――そこを理解していただきたい。」
「若造のくせに!」
罵声が飛んだ刹那、宗高が立ち上がった。
「右近の意見は正しい。異論がある者は、数字と結果を持って反論せよ。
“昔から” は理由にならぬ。」
凛と響く声に、古参のものたちは沈黙した。
その会議の帰り道、右近はぽつりと言った。
「……殿。私は、あの者たちに恨まれましょう。」
宗高は微笑した。
「心配いらぬ。恨まれるなら私ごと恨め。そなたは私の右腕だからな。」
右近は一瞬驚き、それから深く頭を垂れた。
「……ありがたき幸せ。」
◆ 信頼という力
日が暮れ、二人が政務所で灯を囲みながら仕事を続ける。
「右近、明日は紅花加工の新工房を見に行く。同行してくれ。」
「承知しました。空豆の新畑も確認しましょう。」
「空豆の試験品種、うまく育つと良いな。」
「ええ。村田の名物になりますよ。」
二人の声が重なり、夜が更けていく。
宗高はふと、胸の内で呟いた。
(――右近。そなたがいてくれて、本当に助かる。)
その信頼は、やがて村田の改革を押し進める強大な力となるのだった。
-------------------------------人物紹介--------------------------
福地 右近
年齢:25歳
役職:村田城 家老(異例の若さで抜擢)
特技:行政・調整・土木・財政管理・交渉
性格:冷静沈着・責任感が強い・忠義心が厚い
外見:端正な顔立ち、物静かで背が高い




