第十六話 「蔵王の奇跡 運命を越えて 」
京の春が過ぎ、梅雨の気配が忍び寄る頃。
都の町には、不吉な噂が流れていた。
「疱瘡が流行っておる。西洞院の貴族屋敷も閉門したとか。」
宗高が滞在する二条要法寺にも、その報せは届いた。
笹丸や赤坂兵部らは、警戒のため門を閉ざしたが――
数日後、宗高自身の身にも異変が現れた。
夜、体が熱くなり、皮膚に紅の斑点が浮かぶ。
兵部が駆け寄り、叫ぶ。
「殿……疱瘡にございます!」
部屋の空気が凍りつく。
笹丸は奥歯を噛み、医師を呼びに走った。
宗高は静かに床に伏し、虚空を見上げる。
「これが……我が終いか。
蔵王よ、民を……村田を……頼む……。」
その言葉を最後に、宗高の意識は遠のいた。
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――闇の中に、雪が舞っていた。
宗高は見た。
蔵王の峰、その頂に立つ青黒き神影。
炎の中にも冷気を宿したその姿が、彼に語りかける。
> 「宗高。そなたはまだ道の途上にある。」
「蔵王……我は、病に倒れ……。」
> 「それは試練。
病は恐れではない。人が己を見つめ直す時に訪れる鏡ぞ。」
宗高の身体を白い光が包む。
雪が皮膚をなぞるように、紅の斑が消えていく。
> 「汝に、新たに慈恵の加護を授ける。されど忘れるな。
神の力は、おのれを救うためにではなく――人が“救いを生む”ためにある。」
宗高の胸に、青い珠が光を放つ。
その光は心臓に吸い込まれ、静かな鼓動と共に蘇る。
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夜明け、宗高の寝所に光が差した。
笹丸と兵部が息を殺して戸を開ける。
「殿……!」
宗高は上体を起こし、穏やかに笑った。
「心配をかけたな。……少し長く夢を見ていたようだ。」
医師は驚き、記録を改めて読み上げた。
「疱瘡の熱は確かに……だが、跡が一つも残っておりませぬ!」
宗高は胸に手を当てる。
そこには、淡く光る青の珠があった。
蔵王の守り珠――だが今は、彼の血とひとつに溶けていた。
「蔵王の加護……。
いや、それは民の祈りだ。
彼らの思いが、我をこの世につなぎ止めた。」
笹丸は涙を拭い、笑う。
「殿、蔵王も驚かれましょう。
さすが蔵王村田の守り人にございます。」
宗高は笑い、立ち上がる。
体に力が戻っている。
その瞳には、以前よりも深い光が宿っていた。
「ここで死ぬはずだった....死を越えてなお、生かされた命――
ならば、この身、すべて蔵王の道に捧げよう。」
遠く、蔵王の峰が霞の彼方に浮かぶ。
その光は、まるで神の呼吸のように、宗高の胸の鼓動と重なっていた。




