第十四話 「江戸…そして京へ 」
初春。
参勤の行列が仙台城を発った。
先頭を進むは伊達政宗、その後に忠宗、宗泰、そして宗高が続く。
黒前掛け組が仕込んだ「峰雪の雫」を積んだ駕籠が列の中央にあった。
「殿、江戸まで道のり長うございますが、酒樽は無事でございます。」
有見勘平が馬を寄せて報告する。
宗高は微笑み、頷いた。
「うむ。峰雪は民の汗の結晶だ。
将軍家へ届けるは、村田すべての願いでもある。」
行列は白河を抜け、江戸へといたる。
桜が舞い、江戸城の城門が陽光に輝いていた。
――そして、将軍徳川家光との謁見の日。
御簾の向こうより響く低い声。
「伊達政宗の七男、宗高と申すか。」
宗高は深く頭を垂れた。
「恐れながら、村田城主・伊達宗高にございます。
この度、我が領にて仕込みし酒――“峰雪の雫”を献上いたします。」
近習が白漆塗りの瓶を御前に差し出す。
家光は盃を手に取り、香りを確かめ、ひと口含んだ。
――静寂。
やがて将軍はふっと微笑む。
「ほう……舌にまろやか、雪のように清し。
これが蔵王の恵みか。」
宗高は深く礼をした。
「はい。蔵王の峰に宿る水と、民の手による結晶にございます。」
家光は政宗に目を向ける。
「そなたの子は、なかなかの才を持つな。」
政宗は静かに笑い、
「はは、父の愚を補うため、蔵王に叩かれて育ちましたゆえ。」
家光は笑みを漏らした。
「よい。伊達家には覇がある。
だが、この宗高には“和の心”があるな。
両の翼が揃えば、奥州伊達も安んずるであろう。」
その夜、宗高は江戸城外の屋敷で杯を手にした。
笹丸が控え、赤坂兵部ら七翼も同席していた。
「殿、天下の将軍に峰雪をお召し上がり頂くなど、夢のようでございます。」
「夢ではない、兵部。」宗高は盃を置く。
「これは村田の民が作った“現の夢”だ。
我らはそれを届けただけ。」
皆が頭を下げた。
宗高は杯を傾け、江戸の空を見上げた。
夜風が高楼の間を抜け、遠くで笛の音が響く。
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それから一ヶ月後。
将軍家光が上洛するとの報せが入り、政宗も随行を命じられた。
宗高もまた、父と兄たちと共に西へ向かう。
山を越え、川を渡り、洛中へ入った時――
京の町人が口々に囁いた。
「伊達の殿様方が通るぞ!」
「聞いたか、“峰雪の雫”という名酒を献じた若殿がいると!」
宗高は馬上で微笑み、笹丸が小声で言った。
「殿、都の風はやはり違いますな。」
「風は同じだよ。人の心が違うだけさ。」
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上洛の礼の後、朝廷から勅使が政宗の陣を訪れた。
「伊達宗高殿、蔵王山の噴火を静めた事、並びに蔵王の神恩を広め、民を潤した功により――
従五位下・右衛門大尉に叙す。」
宗高は膝をつき、静かに拝した。
「ありがたき幸せにございます。」
政宗はその背を見つめ、目を細める。
「……高宗よ。
我が子は、もはや一国を照らす光よの。」
宗高は立ち上がり、父に一礼した。
「父上の覇を礎に、我は誠で国を包みます。」
京の春風が二人の袖を揺らした。
遠く東の空には、蔵王の峰が霞の向こうに浮かんでいるように見えた。
その夜、宗高は宿で筆を取った。
手紙の宛先は――村田の民。
> 「蔵王の酒、天下に名を知らる。
されど、それは我が手柄にあらず。
皆の汗と、蔵王の水が咲かせた奇跡に候。」
筆を置き、宗高は静かに呟いた。
「これでようやく、蔵王の風が都に届いたな。」




