第十二話 「商魂と政心 仙台商人との交渉 」
冬の訪れを告げる風が、蔵王の峰を白く染めた。
村田の街道には荷車が行き交い、蔵からは新酒の仕込みの香りが漂っていた。
「峰雪の雫」――仙台御用酒として名が知られ、今や評判は藩内を駆け巡っている。
その評判の報せを聞きつけ、仙台の商人たちが村田へやってきた。
彼らは皆、伊達家御用を担う豪商――
絹の着物をまとい、扇を手にした老商・**太白屋宗右衛門**がその筆頭である。
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村田城の謁見の間。
宗高が七翼を従え、商人たちを迎えた。
赤坂兵部は後方に控え、清三郎と十蔵は帳簿を抱えて座している。
太白屋が口を開いた。
「殿様。このたびは“峰雪の雫”が仙台でも評判にございます。
我らとしても、ぜひ流通の独占を――」
宗高は静かに首を振った。
「独占は許さぬ。」
その一言に、広間の空気が凍る。
宗右衛門が眉を吊り上げる。
「……はて、独占が悪と? 藩の繁栄には商の力も必要。
我らが資金を投じれば、すぐにでも江戸へ出荷できますぞ。」
宗高は盃に酒を注ぎ、ゆっくりと差し出した。
「この酒は、金のために作ったものではない。
民の誇りを映す鏡だ。
もし独占すれば、価格は跳ね上がり、民は飲めぬ。」
宗右衛門が扇を閉じ、低く笑った。
「殿様、世は理想だけで回りませぬ。
金は水のようなもの、流れをせき止めれば腐る。」
「ならば、我が手で川筋を造る。」宗高は言い返した。
「銭は、誰の手にも流れる“清き水”でなければならぬ。」
その言葉に、十蔵が前に進み、新帳簿を広げた。
「これが我らの“蔵王式銭出納記”にございます。
商取引すべてを記録し、誰でも閲覧できるように致す。」
清三郎が続ける。
「不正も誤魔化しも通りません。その代わり、誠実な商人には利益を約束いたします。」
商人たちはざわついた。
「帳簿を見せるなど前代未聞だ」「信用を疑うのか」――声が交錯する。
宗高は静かに立ち上がった。
「信用とは、“隠すこと”ではない。“見せること”だ。」
その言葉に、兵部が低く唸った。
「まるで、心を差し出すような商でございますな。」
「そうだ。」宗高は頷いた。
「我らは“心の商”を始める。」
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その夜。
太白屋宗右衛門は、宗高のもとを密かに訪れた。
灯りの下、宗高は帳簿を整えている。
「殿様……あのときの言葉、忘れられませぬ。」
宗右衛門の声には、先の威圧はなかった。
「この歳になって初めて、商に“心”を見た気がいたします。」
宗高は盃を差し出した。
「飲め。“峰雪の雫”だ。」
宗右衛門が口をつけ、目を閉じる。
「……これは、良い。甘く、清らかで、静かだ。
――人を癒やす味ですな。」
「民が働き、笑う。
その汗がこの味を作る。
それを独占し、奪えば、酒も腐る。」
宗右衛門は深く頷いた。
「分かりました。
江戸への流通、私が仲介いたしましょう。
“蔵王式銭出納記”で。」
宗高は微笑んだ。
「取引成立だな。」
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翌朝、村田の町に新たな布告が掲げられた。
「蔵王商法、仙台通用」
――村田の記録法と流通網を、仙台商人が正式に受け入れたのだ。
蔵王七翼はその報を聞き、城の中庭で盃を交わした。
権七が笑う。
「これで村田の商が、仙台を動かしますぜ!」
勘平が馬の鞍を叩いた。
「次は江戸街道まで、蔵王村田の酒を運ぶ番だ!」
宗高は空を仰ぎ、白い息を吐いた。
「金も、物も、心も――正しく流れる時代を、我らが創る。」
蔵王の峰に、朝日が昇る。
その光は、まるで新しい時代の幕開けを祝うようであった。




