第十一話 「帳簿改革 失われた米俵の行方 」
宗高の机の上には山のように積まれた帳簿――だが、その数字に眉をひそめる。
「……六百俵のうち、記録に残っているのは五百七十俵。」
宗高は指で頁を叩いた。
「三十俵、消えておる。」
傍らで髙橋清三郎が苦笑する。
「例年のこと、とのことです。蔵守や代官が“運送中の損失”と……」
「損失で三十俵? 馬が全部食ったのか?」
宗高が皮肉を言うと、部屋の隅で日下十蔵が筆を止めた。
「殿、原因を突き止めるなら、帳簿の“書き方”を変えるべきです。」
「書き方を?」
十蔵は立ち上がり、巻物を広げた。
その紙には、宗高が現代の知識をもとに描いた“複式帳簿”の仕組みが書かれていた。
「出す金、入る金、物と名目を一つに記す。
これなら、金と物が一致しておれば矛盾は起こりませぬ。」
清三郎が目を見開いた。
「これは……まるで“銭の流れが見える”ようだ。」
「そうだ。」宗高が頷く。
「金とは血だ。血がどこを流れ、どこで滞るかを知らねば、国は病む。」
宗高は筆を取ると、新たな帳簿の見本を描き始めた。
金額、物品、担当者、日付――すべてを一行に並べ、責任を明確にする。
十蔵が言う。
「殿、この記録法を広めるには、役人たちに読み書きを教えねばなりませぬ。」
「清三郎。空いている屋敷で講義を開け。」
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数日後、村田城下のある屋敷に主だったものたちが集められた。
米俵を運んでいた農人、商人見習い、蔵の役人たちが筆を持ち、清三郎が黒板の前に立つ。
「よいか! “銭が入る”だけを書けば、盗られても気づけぬ。
“何に使ったか”を書いてこそ、金の真が見える!」
農民の一人が手を挙げる。
「清三郎様、字が書けねぇ者はどうすれば?」
「今は絵でもよい! 俵の印でもよい! とにかく残すことが大事だ!」
笑いと熱気が満ちた。
宗高はその光景を柱の影から見つめていた。
現代の学校の記憶が胸をよぎる。
――「知る力」は、人を縛る鎖を断つ。
蔵王権現村田学舎の始まりだった。
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翌月。
新帳簿によって、ある代官の不正が暴かれた。
毎年“輸送損”として消えていた米の一部が、闇商人に流されていたのだ。
宗高は代官を前にして静かに言った。
「そなたが盗んだのは米ではない。この地の信だ。」
代官は震え、膝をついた。
宗高は処罰を軽くした。
「罪は償わせる。だが、働く場所は奪わぬ。正しき帳簿を記す手を、次は正しきために使え。」
その日を境に、村田の領内では帳簿の書き方が一新された。
すべての出入りが一目でわかる「出入明細帳」。
領内の商人たちもそれに倣い、公正な取引が増えていく。
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夜。
宗高は蝋燭の灯りのもと、新しい帳簿の表紙に筆を走らせた。
――「蔵王式銭出納記」と記す。
清三郎が目を輝かせて言った。
「殿、この帳簿、まるで“国の心臓”のようですな。」
「そうだ。止まれば死ぬ。流れれば生きる。」
宗高は筆を置き、外の闇を見つめた。
遠く、蔵王の峰が月光に照らされて白く輝いていた。
「蔵王の雪は、溶けても清らかさを失わぬ。
我らの銭もまた、正しき流れを保たねばならぬ。」
静かな夜風が、帳の頁をめくった。
村田に、新しい時代の風が吹き始めていた。




