とあるバカな男の話
アイゼンは、自他共に認めるろくでなしだ。
それなりの地位だった家に生まれながら、勘当されてその日暮らしの生活。
現在、二十八歳。彼女なし。スキル〈転移〉を活かして、運び屋をしている。
…ちなみに、スキル保有者は国への報告義務があるのだが、面倒ごとに巻き込まれたくなかったので、裏技を使って家族にすら隠し通しました(てへっ)。
ある日、手形がついた頬をさすりながらアイゼンがやって来たのは、国非公認のとある施設。
スキル保有者を後天的に造る実験をしているらしいが、深くは気にしない。
報酬と引き換えにブツを渡して終わり…のはずだった。
取引場所に近づいたまではよかったが、なにが起こったかあちこちで鳴り響く爆発音に、トンズラを決断。
〈転移〉を発動しようとした矢先、目の前になにかが落ちてきた。
それは、十歳前後の少年だった
血まみれだが、かろうじて息はある。
…もし十年前、彼女が生きていて、アイゼンの子が無事に産まれていれば。
そんな考えが脳裏をよぎった瞬間、魔が差してしまった。
「なにやってんだよ、俺…」
ベッドに寝かせた十歳前後の少年を前に、アイゼンは頭を抱えた。
馴染みの闇医者から、口止め料も兼ねてかなりの金額をふっかけられた。
食い扶持が増えた以上、いろいろ切り詰めていかなければ。
「はあ〜〜…」
後悔先に立たず、せいぜいこき使ってやろうと思った。
目を覚ました少年は記憶を失っていた。
案の定、スキル保有者だった。
ラッシュと名付けた少年に、アイゼンは運び屋のあれこれを仕込んだ。
「運び屋の鉄則その一、ブツは必ず届ける!」
「わかった」
「運び屋の鉄則その十、命あっての物種だ!」
「一はどうした!?」
「運び屋の鉄則その三、胸が八十センチ以上もある女には気をつけろ!
…金を盗られる」
「へー…(白い目)」
「運び屋の鉄則その百…惚れた女ができたら、なにがなんでも守り抜けよ」
「振られまくってるくせになに言ってんだよ。
あと、五十も教わってないけど?」
「おい、人がいいこと言ってるのに」
辛辣な態度が目立つようにはなったが、スキル〈加速〉は頼りになるし、料理は今やラッシュのほうが上手かった。
アイゼンはソファで寝るしかなかったし、前ほど好き勝手にはできないのは痛いが、まあ悪くなかった。
自分と同様に手先が器用なので、アイゼンはラッシュに副業のアクセサリー作りも手伝わせていた。
ある日、ソファに寝そべっていると、ラッシュがネックレスを投げてよこしてきた。
「けっこう上手くできたから、それなりに高く売れると思うぜ。
…誕生日、おめでとう」
部屋に入っていくラッシュを横目に、アイゼンは改めてネックレスを見つめる。
使われているクズ宝石は、仕事中にラッシュが拾ったものだ。
シックなデザインのネックレスは、なるほどたしかにいい値段で売れそうだった。
「…売れるかっての」
腕で目を隠し、アイゼンは泣いた。
気付けば、ラッシュを拾ってから三年が経っていた。
その日の仕事は、かなりの報酬が期待できた。
最近は調子がよかったし、今回も何事もなく終わる…はずだった。
「お前のせいなんだぜ?
お前と一緒にいたから、こいつは死ぬんだ」
ラッシュと同い年くらいの少年は、生成した結晶をアイゼンに突き刺し、逆上して向かってきたラッシュも返り討ちにした。
結晶の効果か、スキルが使えない。
「俺たちは生まれながらの兵器だ。
幸せになんて、なれるわけがない。させるわけがない」
ラッシュの同郷らしい少年は、ラッシュに並々ならぬ感情を抱いているようだ。
天上には、いくつもの結晶が今か今かとその時を待っている。
「俺の…せいで…」
茫然とするラッシュに少年が気を取られている隙に、アイゼンはカバンから運ぶ予定だったブツを取り出した。
スキルを強化する効果があるという指輪を握りしめ、ラッシュを抱きしめる。
ラッシュのために、運び屋から足を洗うつもりだった。
そのためにまとまった金が欲しくて、無茶をした結果がこのザマ。
ラッシュは悪くないと言いたかったのに、言葉にできたのはたった二言。
「お前に会えてよかった。本当だ」
渾身の力を振り絞ると、腕の中の温もりが消えた。
勝利を確信した瞬間、アイゼンの意識は闇に沈んだ。