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冬 16歳

 森へ向かう小道は、すっかり雪に覆われていた。


 積もった雪が道の形を隠し、足を踏み入れるたびに靴の底が沈み、ぎゅっ、ぎゅっ、と小さな音を立てる。

 風は冷たく澄んでいて、吐き出す息は白く、すぐに消えていった。

 木々の枝には重たげに雪が積もり、ときおり耐えきれなくなった塊が落ちて、ぱさりと音を響かせる。そのたびに静かな森はふるえるように揺れ、またすぐに沈黙を取り戻した。


 16歳になった桜木ひよりは、両手をマフラーに埋めながら歩いていた。

 肩まで伸びた黒髪にはうっすらと雪が積もり、息は白い花のように吐かれては消えていく。

 外見はぐっと大人びてきた。背丈も伸び、顔つきも可愛いらしいものから美しいものへと変わっていく。

 それでも、森を進むその瞳の奥には、幼いころから変わらない好奇心の光と、わずかな緊張が宿っていた。


「今日も寒いね」


 小さな声で呟きながら、彼女は聖域へ足を踏み入れる。

 そこに変わらず聖剣はあった。

 幾度の雪を受け入れ、幾度の季節を越えても、その姿は揺るがない。柄には雪が積もり、まるで小さな帽子でもかぶったようになっている。

 ひよりはくすりと笑って近づき、手袋の手でそっとその雪を払った。


「ほら、冷たくない?」


 まるで相手の肩に積もった雪を払ってやるように、優しく撫でる。

 すると、聖剣の柄がほのかに光を返したように見えた。もちろん気のせいかもしれない。

 それでもひよりは、それを「うん、ありがとう」と答えられたように感じて、胸があたたかくなった。


 腰を下ろす前に、彼女は持ってきた手袋とニット帽を取り出した。自分が普段使っているものより少し小さめの、母のおさがりだ。


「今日はね、これを持ってきたの」


 そう言いながら、聖剣の柄に手袋を、鍔のあたりに帽子をちょこんと載せる。

 なんともおかしな姿になった聖剣に、ひよりは思わず笑った。


「これで少しは寒くないでしょ?」


 子どもっぽく笑いながら首を傾げる。

 目の前に立つ姿はもう少女ではなく、大人へと成長した娘なのに、その笑顔だけは6歳の頃と変わらない無邪気さを宿していた。


 雪は静かに降り続いている。

 ひよりはしゃがみ込み、聖剣の横に小さな雪玉を積んでいった。

 ひとつ、ふたつ、みっつ。ころころ転がしながら重ね、小さな雪だるまを作る。

 石の代わりに小枝で目と口をつけると、どこか照れくさそうに笑っているように見えた。


「できた!」


 隣に並ぶ雪だるまと聖剣を見比べながら、ひよりは満足そうに息をついた。


「二年前は泣いてすがってたのに、今はこんな遊びしてる。少しは成長したかな」


 ひよりは雪だるまを見つめ、ぽつりとつぶやいた。

 聖剣はもちろん返事をしない。ただ雪明かりに照らされ、静かに佇んでいる。

 その沈黙の中に、彼女は確かな温もりを感じ取っていた。


 夕暮れが近づき、空が橙に染まっていく。

 雪はますます静けさを増し、森の音が遠くへ遠くへ吸い込まれていった。

 ひよりは聖剣の隣に腰を下ろし、空を見上げる。


「未来のこと、まだはっきり決められない。でもね、怖くはないんだ。きっと私、大丈夫だと思えるから」


 それは自分自身に向けた宣言であり、聖剣への報告でもあった。


 息が白く冷気に漂う。

 枝に積もった雪は夕陽を受けて黄金に輝き、その光がきらきらと舞う粉雪に反射する。


 ひよりはその光景を、少し背筋を伸ばして眺めていた。

 たしかに二年前の自分なら、きっとただはしゃいで終わっていただろう。けれど今は違う。

 森の静けさに耳を澄まし、景色を目に焼きつけ、心に重ねる。

 ……あのときの自分は、泣いて泣いて、言葉にならない気持ちを雪に託した。

 でも今は、言える。少しずつだけど、口にできるようになった。


「聖剣さん。あのとき、私、ここで泣いたよね」


 ぽつりと言葉がこぼれる。


「もう泣くのは嫌だって思ったのに、やっぱりいろんなことで不安になったり、悩んだりする。でもね、あの夜を越えてから、ちょっとずつ、変われた気がするんだ」


 雪の冷たさと、聖剣の静けさ。どちらも変わらない。

 けれど、その変わらないものがあるからこそ、自分は安心して少しずつ前へ歩けるのだ、とひよりは知っていた。


 やがて夜が訪れ、森は月明かりに包まれた。

 雪原は青白く輝き、聖剣は星々とともに冷たい光を宿していた。


 ひよりは背を聖剣にあずけ、夜空を仰ぐ。星が散りばめられ、白銀の世界とひとつに溶けあっている。

 ……この雪のように、信頼も積もり重なっていくのだろうか。

 ふと浮かんだ思いに、ひよりは頬を緩めた。


「ねえ、聖剣さん。私、もう泣き疲れて帰るんじゃなくて……自分で帰るって決めて、ちゃんと帰れるよ」


 それは約束のような言葉だった。

 あの日の自分に向けた答えでもあった。


 彼女は立ち上がり、雪を払う。手袋と帽子を聖剣から外し、胸に抱えて微笑んだ。


「また来るね。今度は、もっと大きな雪だるま作ろうか」


 そう告げると、心は不思議と軽くなった。

 聖剣に守られるように背を押され、ひよりは雪道を家へと戻っていく。

 その背を、聖剣はただ静かに見送っていた。


作者の一言

こんにちは、シエルです。

この話……実は没になった作品があって、それを利用して作ったものなんです。

『主人公は異世界転生して聖剣となったが、まともな人が来るまで抜かれないよう耐える』という話でしたが、あまり面白くなかったのでこの形になりました。

この没の話も次回!

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