3.図書館暮し始めました
誘拐事件(イセトゥアンの有翼人ハーレム事件とも呼ばれる)から、実に五年が経とうとしていた。ソゴゥはもうじき十五歳になる。
前世の十四をやっと超える時がやってきたのだ。だからといって、まだ中二病は卒業していない。医者が匙を投げ、草津温泉が入湯拒否るレベルで骨身まで浸透しきっている。
常にソゴゥなりのカッコイイを目指し、邁進している。ただ、そのカッコイイの基準のクセが強いだけで。
園にいる子供たちは、だいたい十八歳までに皆それぞれ、専門学芸課程を履修することが出来る大学へ進学したり、就職したりして出ていく。進学する者は大学の寮へ、就職した者は一人暮らしを始める。
一番上の兄、イセトゥアンは王宮兵士となるため十六で園を出て兵舎へと移り住み、一人前の兵士になるための訓練に勤しんでいる。
ひとつ気になるのが、王女がイセトゥアンと同じ年だということ。あいつを様付けで呼ばなくてはならない日が、来ないことを祈るばかりだ。
そして、ニトゥリーとミツコッシーは今日、園を出ていった。
二番目のニトゥリーは、警察官僚を目指して、警察大学に進学したのだ。
正義を振りかざし正義に酔う、悪人には鉄拳制裁を辞さない、また、年上の部下を顎で使い、部下に厳しく、自分に甘い、そんな男になるのが夢らしい。最悪である。
三番目のミツコッシーは、軍部に入隊した。とはいえ、まだ学生の身分だ。
驚いたのは、ニトゥリーとミツコッシーが別々の道を選んだことだ。二人はずっと一緒にいるものだとばかり思っていたから、ソゴゥは少し複雑だった。
そして、四番目のヨドゥバシー。こいつは、まだ園にいる。ソゴゥが、何を目指すのかしつこく聞いてくるあたり、付いてくるのではと懸念している。
俺はやはり、冒険者一択。
この世界は、冒険者という職業が存在する。あらかた調べつくされているこの星だが、それでもまだ攻略されていない魔獣が出現したり、踏破されていない場所が存在し、研究が追い付かない現象や、事象が発生するのだという。
俺は断然、冒険者になりたい。エルフの冒険者。
勇者パーティーに同行して、打倒魔王とかもいいかも。いや、そうなると、弓矢ポジにされそうだ。それはちょっとヤだな・・・・・・・俺、派手な魔法が好きだし。
精霊とお話しして、力を貸してもらうよりも、自ら魔法ぶっ放して、物理攻撃もガンガン行こうぜ的なスタイルが理想。
風呂あがり部屋の机に両腕をついて顎をのせ、窓の外を見てぼんやりと考える。
前世では星はだいたい白く光っていた夜空も、ここでは宝石の粉を撒いたようにカラフルで、月は細いのがいつも三つ並んでいる。
「ソゴゥ、寝た?」
「ノックをしろ。いや、一回外へ出て、ノックをして来い、それで俺が『はい、どうぞ、お入りください』と言ったら入って来るんだ、いいな?」
「え~、面倒くさい」
「じゃあもう、口をきかぬ」
「わかったよ」としぶしぶ出て、外からノックをするヨドゥバシー。
コンコンとドアをノックする音が響く。
ソゴゥは、あの月はいったいどういう位置関係なんだ? と、窓の外に目を戻す。
前世の夜空でも、酔いどれ星などの赤く見える星があったが、こちらでは緑や紫、ピンクに黄色、それにオレンジまである。
「オイ、オイッて!」
「なんだ、勝手に入って来るなよ」
「いや、ノックしたんだけど、何時まで経っても、うんともすんともない」
「独りにして欲しいんだ。察しろよ」
「そうなんだ、ところで、今日はお兄ちゃんが一緒に寝てあげようと思って」
「俺の話、聞いてた? 真逆の提案してきてるよこいつ、コワッ」
「なんかさ、皆、兄弟バラバラになっていくだろ、だから、一緒にいられるときは、甘えていいんだよって、言おうと思って」
「そうか、なら、好きにしたらいい。けど、言っておくけど、俺は寂しがっていないからな」
「うん、俺が寂しいんだ。何かソゴゥは、とんでもない奴だから、どっか遠くへ行ってしまうような気がしてさ」
「なんだそれ、褒めてんの?」
「イセ兄さんのときだって、王宮兵士になるって言いだしてすぐに園を出ていっただろ、ニッチ兄さんとミッツ兄さんは十八になる今日まで園にいてくれたけど、ソゴゥもこの先が決まれば、園を早く出て行ってしまうことだってあるわけだから」
ヨドゥバシーはもうじき十六になる。すでに、その身長は前世越えの180㎝だが、エルフでは、十六では少し高い方というぐらいだ。大人の男性は180㎝が平均だからだ。女性はそれより10㎝から、15㎝くらい低い。
ソゴゥも170㎝には到達していた。良かった、本当に良かった、だがまだ安心はできない。せめて高身長とまではいわずとも、平均までは行きたい。
枕と、肌掛けを部屋から持ってきたヨドゥバシーが、ソゴゥより先に、ソゴゥのベッドに寝そべり、そして瞬時に寝た。
「こいつ・・・・・・何しに来たんだ」
すでに寝息を立て始めた兄に、呆然とするソゴゥ。
灯を消して、寝入るまでのあいだ、訥々と昔話とかをして、懐かしむ流れじゃなかったのか。
ただ邪魔な180㎝が転がっているだけのベッドを見下ろし、ソゴゥは長い溜息を吐いた。
翌朝、明け方にヨドゥバシーの「服を着させてください!」という声に起こされた。横を見ると、声の主は肌掛けを、何かに奪われまいとするかの如く、両腕に抱き込んで眠っている。
こいつ、前にもこんな寝言いっていたな。あれ、いつだったっけな?
ソゴゥはぼんやりと天井を眺めながら、それが前世だったと思い当たった。
それと同時に、痺れるような興奮が血液を駆け巡った。
前世でのこの寝言は、淀波志のトラウマに因るものだ。
後からその出来事を思い出し、彼のトラウマとなっていたことに憐れみを感じていたのだ。
あれは前世の兄弟である、淀〇志(プライバシー保護の観点から、一部伏字にしております)が小学校低学年の時だった。
あの日は運動会の予行練習で、淀〇志は、お腹の調子が良くなかったが、真面目な彼は学校を休まずに行っていた。放課後、俺は他の兄弟達より早く家に帰りつき、遊び相手の淀〇志の帰りを今か、今かと待っていた。
最初は家の中をうろうろしながら待っていたが、待ちきれず、家の外へ出て、目の前の道路を行ったり来たりして、淀〇志を探していた。
やがて、家の前の坂道の下に白い体操着を着た淀〇志の姿が見えた。
俺は、嬉しくなって、淀〇志に向かって手を振った。
だが、淀〇志がなかなか坂を上がってこない。
その遅々として進まない歩みに痺れを切らし、坂を駆け下りていくと、淀〇志が泣いていることに気付いた。
白い短パンが土で汚れ、膝までも汚れていた。
恐らく、運動会の練習で転んだのだろうと、俺が近寄ろうとすると淀〇志が「来るな~、ウ〇コ漏らじだぁ~」と言って、さらに勢いをつけて泣き出した。
「お父さん呼んでくる!」と、俺は膝が笑いそうになるのを堪え、坂道を駆け上がって家に
帰ると、リモートワークで家にいた父を「大変なことが起こった」と言って連れ出した。
父は、坂の途中まで上がってきた淀〇志を見つけると、搔っ攫うようにして姫抱きにして家の庭に運び、そして服をパンツまで剝ぎ取ると、ホースで水を掛けた。
理由を知らない者が見たら、完全に虐待の絵面だ。
俺は、その横で庭に両手をつき、窒息しそうなほど笑っていた。幾度か我に返り、笑いを堪えようとしたが、泣いている淀〇志を見てしまうと、もう駄目だった。
むしろ、狙ってやっているのではと思うポージングで、笑いが沈静するのを許してもらえなかった。
ある意味、俺も被害者だ。悪いとは思っているけど。
逆の立場だったら・・・・・・・まあ、ヨドゥバシーとイセ兄は、もしかしたら笑わないかもしれないが、ニッチとミッツなら俺より笑う。絶対に。
あれがトラウマになっていたのだと思うと、本当に申し訳ない。でも父さんも悪い。手段が昭和だ。未成年者のメンタリティーを考慮して、もっと繊細に扱うべきだったのだ。
だが、あのまま何事もなかったかのように家に上げて、家の中が臭った場合、他の兄弟たちに追及された挙句、完膚なきまでに笑い者にされて、もっと深く心を抉られたことだろう。
他三人の兄弟たちはこの出来事を知らない。母さんは、もしかしたら知っていたかもしれないが・・・・・・・。
少なくとも今の時点で、ヨドゥバシーは同じ原因となる事柄を起こしていない。
なのに、なんで、同じ寝言を言うのだろう?
俺は、この世界は自分のいた世界と並行して存在していて、ここにいるヨドゥバシー達兄弟は、確かに俺の兄弟ではあるが、前世の淀波志達とは別の存在だと思っていた。
それはとても寂しいけれど、別人でも同じ存在が近くにいるだけでも、ありがたいと思っていた。
それが、もしかしたらヨドゥバシーは淀波志本人かもしれないという可能性に、打ち震えたのだ。
「うう、ソゴゥ、まだ早くないか?」
「ああ、もっと寝ていて大丈夫だ。なあ、ヨド、俺はもう笑ったりしないからな。たぶん・・・・・・・」
今日から、ヨドゥバシーには少し優しくしよう。明日には、この決意も忘れるかもしれないけれど。
そんな決意をしたにも関わらず、いつもの如く、朝食の場でビオラやローズに弄り倒されているヨドゥバシーを横目に、黙々と朝食をとるソゴゥ。紅茶の茶葉が練り込んである
スコーンを味わうより他に、今は重要なことはないと言わんばかりだ。
「ビオラ、ローズ、ソゴゥ、今日は三人は図書館にいくから、食事が終わったら門の前に集まってください」と、先生が食堂にやってきて言った。
「ああ、そういえば、お前たちは今月十五歳になるんだったな」と訳知り顔のヨドゥバシー。
「何か持っていくものはありますか?」
「よそ行き服を着た方がいいですか?」
園に制服はなく、普段からとても良いものを着ているが、園の外に出ることがほどんどないため、子供たちには何が普通かが分からない。
「特に何も持ってこなくて大丈夫だよ、そうだなあ、きちんとした格好でおいで」
「わかりました」
「ソゴゥ・・・・・・・お前も返事をしろよ~」とヨドゥバシー。
スコーンをやっと飲み込んで、幸せの余韻に浸るソゴゥ。
「分かりました」と、促されて、すでに食堂から出ていく先生の背に向けて言う。
「遅っそ!」
ビオラとローズは何を着ていくかで盛り上がり、こちらもすでに意識はここにない。
ヨドゥバシーは三人に何があるのか説明しようかと思っていたが、諦めて食事を再開した。
国立図書館はいくつかあるが、だた「国立図書館」と言えば、首都セイヴにあるイグドラム国立図書館、通称イグドラシルのことを指す。
建物自体、かつてこの地に生えていた世界樹と呼ばれる巨大な樹木の残骸でできており、二つに折れた形状のまま、二つの塊となっている。
見た目は木造とは程遠く、ガラスとステンレスで出来た巨大な海獣の亡骸のようだ。
イグドラム国で王宮と並ぶ最も重要な場所の一つでもある。
「いつ見ても、うわーってなるよね、この建物」
「高い所から飛び降りた時みたいに、お腹がブワワッて、なるよ。ちょっと怖い」
王宮のお茶会に招かれたみたいな恰好の女子二人を横目に、ソゴゥも高層建築を地上から見上げた時の圧倒される感じと、その奇抜な造形に非日常感を覚えた。
広大な敷地を高い塀で囲まれ、塀の内側から建物までは庭園が続き、そして建物の目前までやって来ると、初めの入口があり、開館時間は常に開いた状態となっている。
一つ目の入口から蛇行した空間を行くと、その奥が建物のエントランスホールへの入口となっていて、ホールの床は砂で埋め尽くされている。
砂に見えている物は、枯れた世界樹の破片が風化したものらしい。黄色味を帯びた、いわゆる砂色をしており、粒子は重く風に舞うことがほとんどないが、踏むといい感じに弾力があって、少し靴が沈む。
エントランスホールは最上階までぶち抜きで、天井はガラスとクジラの骨の様なステンレスが交互に支え、ホールに日向と日陰を作っている。
砂漠に生えた木のように、あるいは鍾乳洞の石柱のような世界樹の枝が伸びて、テーブルや、照明を支える柱として利用され、その中を揃いのシルバーブルーの制服を着た司書が行き交っている。
少女たちの目は、司書たちに釘付けだ。
彼らは、王宮官職の上層に位置する者よりもエリート集団とされ、文武魔術とあらゆる面での最高峰の実力を備えているとされている。また、彼らは司書であるとともに、この世界の重要な聖骸を守ることも義務付けられているからだ。
「素敵だわ、私、司書様になりたい」
「私も!」
俺は嫌だなと、ソゴゥは口に出さず思う。
「ずっと、ここに閉じ込められて、窮屈だと思わないのか?」
「司書になったら、一生食べるのに困らないじゃない、素敵!」
「ね~、チョーいいよね!」
「意外に現実的な理由だった・・・・・・・制服が格好いいとか、エリートとかに憧れて言っているのかと思ったのに」
「ソゴゥ、もっとしっかりしないと! 食べていくためには、ちゃんとした職業につかないと! 憧れとか言っちゃってないで」
「園の中で甘やかされてばかりいるから~、もっと、地に足をつけて、将来を考えないと」
「そんな格好しているお前らに言われてもな」と呟くも、同じ身長の二人にはすぐに拾われて、髪の毛を掴まれそうになる。
「髪はやめろ、男に対しその攻撃は絶対ダメ、責任取ってもらうぞ!」
「何言っているのか分からない」
そうだった、エルフに禿頭はいない。
「ソゴゥって、ちょっと変わっているよね」
「偶に、わけ分からないこと言ってくるしね」
司書と話していた先生が戻ってきて、付いてくるように言うのに従い、エントランスホールを横切り、右側の水の流れた、せせらぎの空間を通る。
この図書館は、出鱈目だ。砂が敷き詰められていたり、川が流れていたり、よくわからない動物もいる。尻尾を掴んだら、めちゃくちゃ悲しそうな顔をされたので、もうしません。
一階の公共部分は、動物園や植物園の様な趣だ。
テーマパークのアトラクションか何かだと思えばいいのかも知れない。
建物を奥に進み、二つ目の建物への通路扉の前にいる司書に、先生が声を掛けた。
「『高貴なる子らの園』の子供たちです。この三人が、今月誕生日を迎える者です」
「まずは、おめでとうございます。お待ちしておりました」と司書は子供たちに言った。
ソゴゥは保健体育的な、大人な何かを見せられるのではと、ウンザリしつつも若干の期待を持って二人に続く。
後から付いてくる先生に小声で「僕、ハンカチ忘れちゃったので、貸してもらえますか」と、尋ねる。
「いいけど、何かに使うのかい?」
鼻血を心配しているとは言えず「持っていると安心なので」と謎の理由をつける。
通路を通り、二つ目の建物に入ってしばらく行くと、一つの扉があり左右に司書が佇立している。
「私達が最後でしたか」と恐縮して先生が言う。
「はい、ですが定刻通りです。では皆さん、それに先生も中にお入りください」
案内の司書と共に、扉の中へと入る。
天井が高く、広い空間には自分たちのように、教師に連れられた子供たち、あるいは両親や祖父母を伴ってきた子供たちが点在し、白い椅子に座って思い思いに過ごしている。
そこには貴賤を問わず、ただ十五歳になるという者が集められていた。
椅子のない場所で「お座りください」と司書が言う。
まだ何もしていないのに、ビオラとローズがソゴゥの肩を左右から掴んでくる。まだ、何もしていないのに。
司書が床を踏み鳴らすと、少し後方から椅子が生えてきた。
女子二人は「ふう」と息を吐き、掴んだ手を放す。
先生と自分たちが座ると、司書は「それでは、こちらで失礼します」と壁側に移動していった。
「何が始まるんだろうね?」とソワソワするローズ。
先生はニコニコしているだけで、何も教えてくれない。
ソゴゥはハンカチを膝の上で握りしめ、準備万端だ。
今日、白いシャツ着てこなくてよかった。
「私本で読んだんだけど、むかしある砂漠の国で、王様が占い師のお婆さんに、赤い竜の年の八の月に生まれた子供が次の王様になるって言われて、権力の座に長く就きたかった王様は、その年に生まれた国中の子供たちを、誕生日会を盛大に祝うお祭りをするって、嘘をついて集めて・・・・・・・」
「おい、何て話をするんだ。鳥肌がたっただろ、場所を選べ」
「先生も鳥肌がたちました」
「ビオラちゃんってば・・・・・・・」
「あはは、ごめんなさい」
白い壁と床、それに天井はドーム状で、白と金のステンドグラスのようになってそこから陽光が射している。
正面の壁の前に段があり、壁には倒れる前のイグドラシルの絵がうっすらと彫られている。
微かな陰で分かったが、よく見ないとただの白い壁だ。
やがて、背後の扉から他の司書と違うボルドー色の制服を着た者が数人現れて、段の上に上がった。
誰かが「レベル5の司書様だ」と声を上げた。
より大人な講釈ができる、選ばれし大人なのか。とソゴゥの意識は斜め上に行っていた。
レベル5と呼ばれた司書官の一人が、厳かに声を上げる。
「お集りの十五歳となられる皆様、おめでとうございます。イグドラム国家において、このイグドラシルがどのように重要な場所かはすでにご存知でしょうが、今日はイグドラシルの話と共に、このイグドラシルに仕えることが出来るかのどうか、皆さまの適性を確認させていただくために、お集まりいただきました」
ソゴゥは内心「え?」と思っていた。「話が違う」とも。
「まずは・・・・・・・」と話し始める内容は右から左に抜け、途中で飽きたころ、思い出したように「先生、これ返す」とハンカチを隣の先生に押し付けた。
もはやいつ鼻をほじり出してもおかしくない態度だ。足もプラつかせ始めた。
それに引き換え、二人の女子は目を爛々と輝かせている。
獲物を前にした肉食獣の様だ。腹の横で拳を握っている。
場がざわつき出し、子供たちが段の方に集まっていくのを、ぼんやりと眺めていたソゴゥは「貴方も行くんですよ」と促されて「え? 何しに?」と明らかに話を聞いていない返事をして怒られた。
「とにかく、あの列に加わって、前の人と同じことをすればいいですからね。レベル3以上が司書資格を持ちます。レベル4までは任意、レベル5は強制的に司書にならなくてはなりませんが、レベル5は百年に一人出るか出ないかです」
百年に一人の逸材が、あんなにうじゃうじゃ集まっていますけど・・・・・・・とは口に出さず、ソゴゥは真面目な顔で頷き、段へと向かった。
ソゴゥは、エルフの寿命の長さを失念していた。
その脳内では他の兄弟たちが、一切この話をしなかったことで、おそらくは皆レベル1にすら満たず、口にすることが憚られたのだろうと思い当たり、ノディマー家からはエリートは排出されずか、やれやれと思っていた。
列の最後尾に加わり、会場の親御さんや先生たちの声援や、歓声、悲嘆を聞きながら、前方で行われていることを見ようと、少しジャンプをして確認する。
会場で我が(園の)子の様子をみて、頭を抱える先生。
ビオラ、ローズ、ソゴゥは園でも特に優秀な子供たちだが、その個性はかなり強く、特にソゴゥは何を仕出かすかわからない、破天荒とも言わざるを得ない性格をしている。
今回も、オスティオス園長に彼らの司書適性の同行を任された際も、とにかく無事故、安全第一で、何事もなく園へ送り届けるまで気が抜けない思いでいた。
何か壊したりしないでくださいよ、弁償できないので。
組んだ手に汗が滲む。ソゴゥに貸していたハンカチを握りしめ、三人の様子を見守る。
だいぶ人が捌けて、やっと何をしているのかが見え、ソゴゥは首を傾げた。
何をしているのかは分かるが、何をどう見ればいいのか分からない。
「では次、こちらに両手をのせてください」
子供が呼ばれ、壁側を向いて、30㎝四方、高さ150㎝ほどの、白い床と一体となった四角い物に手をのせるが、特に何も起きず悲嘆の声が上がる。
やがて、張り切って列に並んでいたローズの番になる。
「はい、次」と呼ばれ、ローズはスカートの裾を掴んで一礼をする。
「アホかあいつは」「うちの子可愛い」と、ソゴゥと先生。
ローズが両手をのせたとき、ソゴゥは初めてそれを目撃した。手をのせた白い台から、床を伝って、青白い光が目の前の壁へ、そしてイグドラシルを象った溝に流れていき、薄ぼんやりしていたイグドラシルの下方の一部を、ハッキリと光で浮き上がらせた。
「レベル3ですね」と司書から小さなカギを渡されるローズ。
なるほど、となんとなくソゴゥは基準を理解した。
次のビオラはもっと光が進んでレベル4となった。
どこからか「さすが高貴園の子供だ」と声が聞こえた。
ちょっと待って、この流れで、俺があの壁まで光が届かなかったら、俺悲惨じゃない? ていうか「高貴園」って訳され方初めて聞いた。
マジか、この空気できっと兄達はやらかしたんだな・・・・・・・それで、誰もこのことを話さなかったんだ・・・・・・・。
ソゴゥはブルルっと震え、両腕を摩った。
面の皮が厚いことに定評のあるソゴゥだが、実は見栄っ張りで恥ずかしがり屋でもある。自分の失敗だけでなく、共感性羞恥心を発揮して、他人の甘酸っぱいシーンを目撃して身悶えたりもする。
ガクブルで自分の番を待つ間、何かとてもつもない事が起きて延期になって、その後、うやむやになればいい、などと考えていた。
「では、最後ですね、どうぞこちらへ」
ソゴゥは一応、後ろを確認する。誰もいなかった。
自分の番が終わった奴らは、速やかに帰れやい!
正直、一番最後が一番目立つ。何故なら、終わった子らがみんな席について、段の上の子供はソゴゥ一人だけだからだ。
ここで出ていくついでに、ベタにコケたりはしない。クールに出ていき「え? 今何かあった?」と誰の記憶にも残らない結果と存在感で、スマートに去っていくのが上策だ。
ソゴゥは不自然ではない程度に早足で台の前に立ち、ほぼ同時に両手を着いた。
だが、光は手を着いたと同時に壁に廻り、イグドラシルの全貌が青白く光り輝いた。
驚いたソゴゥが手を放すが、光はそこへ留まり、エメラルドグリーンの光へと変わって宝石のように照り輝き、イグドラシルが甦り、葉をつけ風に枝葉が揺れているように見えた。
あれ、壊した?
ソゴゥがオロオロと振り返って会場の先生を見ると、先生も「え? 壊した?」とオロオロとしていた。
二人とも同じポーズで頭を抱えている。
「レベル7だ」と司書がポツリと言った。
レベル7はこのイグドラシルの適性でMAX値であり、その存在はイグドラシルが生きていた頃からの歴史上、イグドラシルの巫覡として最初に仕えた初代だけである。
ボルドーの制服を着たレベル5の司書達が、大変なことが起きたとざわつく中「壊したわけじゃないのか」と安堵する二人。
半ば連行されるように連れていかれるソゴゥに「え、どこに連れて行くんですか? うちの子、それ壊してないですよね?」と追い縋る先生と、付いてくるビオラとローズ。
「貴方が保護者ですね、ちょうどいい、付いて来てください」
「先生・・・・・・・」
病院に連れて行かれる猫の様な悲壮感を漂わせ、観念したように引き摺られるソゴゥを、興奮気味に突き倒す少女たち。
会場には、レベル3から4の司書が残り、適正結果とその後のイグドラシルに携わることを希望する者への説明を他の子供たちと保護者に始めている。
高貴園一行は、会場を出て来賓室のような場所へと連れてこられた。
フカフカのソファーに喜ぶ少女たち、青い顔をして校長室に呼ばれた親子の様な、少年とその先生。
「まずは、先ほどの結果ですが、レベル7と出ました。これは前代未聞のことなので、まだはっきりと確定とはなりませんが、レベル5以上はその重要性から、もう一つ別の検査を受けていただくことになります。その結果をもって、レベル5以上となった場合、その瞬間からこのイグドラシルを出ることが出来なくなります」
「はあ?」
「どういうことですか!」
子と保護者が異議を申し立てる。
「正確には、三年間はということです。それ以降は王族の許可があれば、首都セイヴを出ることが出来、王の許可があれば国外に出ることが可能です」
「では、もし、この子がそのレベル5以上だった場合、イグドラシルの中で暮らすということでしょうか?」
「そうなります」
「先生、大丈夫です。あれ、たぶん壊れてた」
「いや、それはそれで困る。先生の給料では弁償できる気がしない」
部屋がノックされ、シルバーブルーの司書が「準備が出来ました」と呼びに来た。
隣の部屋に案内され、ビロードが敷かれたテーブルの上に恭しくカギが置かれている。
「それは、レベル5以上の者が持つことが出来るカギです。先ほどの場所にはレベル4までのカギを用意しておりました。それは、このイグドラシルの一般公開されている第四階層までの書庫へ立ち入ることが許可された証です。そして、このレベル5以上のカギは、持つ者により形や大きさを変え、立ち入ることのできる階層と書庫の上限を示します」
「では、このカギが何も変わらないままなら、このまま園に帰ってよいということですね」「ここにいる我々イグドラシルの司書は皆、非常に興奮しているのです。先ほどの結果が誤りだったことは、今までただの一度もありません。それに、イグドラシルに仕えるということは非常に名誉なことなのです。この国だけでなく、世界中に影響を及ぼし、誰もが手を伸ばして欲する知へと触れることが出来るのです」
「そうですが、この子はまだ小さくやんちゃ坊主です。それに、園にはこの子の家族がいます。急に戻らなくなったら、皆ひどく悲しみます。園の絆は強いのです。戻せないと言われて『はいそうですか』とは行きません」
「しかし、万が一本当にレベル7だった場合は、もはや国家の最重要人物となり、王宮か、イグドラシルレベルのセキュリティがある場所で過ごさないと、大変危険なのです。オスティオス園長のいる高貴なる子らの園のセキュリティが高いことは承知していますが、レベル7がそこにいると知られた瞬間、その危険は園全体に及びます。レベル5以上が三年間イグドラシルから出ることが出来ないのは、その三年間で、自分の身を自分で守れるようになるための修行の時間でもあるのです」
「先生、私たちもソゴゥのために司書になるから、そうしたら、ソゴゥも寂しくないでしょ」
「そうよ、先生。ソゴゥのために、私たちも司書になるわ」
先ほどの部屋で待つように言われていた、ビオラとローズが口を出してくる。
「お前たち、食うに困らないから司書になりたいって、さっき言っていたよね」
「ちょっとソゴゥ、偉い人の前で、そんなこと言わないでよ」
「もう、グズグズしてないで、はい」とローズが、カギをやにわに掴んでソゴゥに渡した。
手にした、カギは蔓植物のように青白い光を伸ばしながら膨れ上がり、長く成長して、枝葉をつけるように形状を変えながら、ソゴゥの背丈ほど伸びた先に花のような造形を作って、光が引いていった。魔法少女が持つステッキのようにも見える。
なんかファンシーでカッコよくないと、ソゴゥはポイっと放る。
だが、カギはくるりと立ち上がり、宙に浮いて、ソゴゥの前に静止している。
おお、救世主よ。と言わんばかりに、カギの前に手を組んで跪く司書達。
その横で「可愛い~」「綺麗!」とはしゃぐ少女。
やっちゃったんじゃないの? っといった目で見てくる先生。
ソゴゥは両手を上げ、首を振る。
なんのジェスチャーだか、誰も分からない。恐らくは「俺、知らない」だ。
衆人環視のもと、やっていないは通らないが。
「レベル7だ、間違いない」
「こんな成長したカギは見たことがない」
「通常は、どんなものなのですか?」と先生が、落ち着きを取り戻してきた司書に尋ねる。
「レベル5でせいぜい、背中が掻ける程度です」
その例えでいいのか? 約二名、そう思ったが、口には出さなかった。
「ソゴゥがレベル7ですか、しかし、今日くらいは園にもどり、明日出直すというのでは駄目でしょうか?」
「それはできません。これから王へ報告し、各省庁に通達が行き渡ります。この瞬間、私は消え、公人となるのです」
「でも、僕の服とか、荷物とかはどうするんですか?」
「服や生活に必要な物は全て、こちらでご用意させていただきます」
「え、でも、僕グン〇のパンツでないと履かないけど、グン〇用意してくれるの?」
「私は、ワコー〇! ワコー〇のレースは世界の至宝!」
「ローズちゃん、今下着のオーダー聞いているわけじゃないから」
「ああ、どうしよう、ソゴゥ」
「先生、僕・・・・・・・」
司書なんて嫌だ、冒険者になりたい。園を出たら、いろんな場所に行ってみたいって、ずっと思っていたのに・・・・・・・。
泣きそうになった。いや、本当に泣きたい。
司書ってなんだよ、すげえ地味じゃん、それに、もうヨドゥバシー達にも会えないじゃん。
「僕は、大丈夫です。園長先生や他の先生方、園の皆、食堂の料理人さんたち、庭師さんたち、寮の管理人さん、皆にさようならとお伝えください。とても感謝していますと」
先生が泣き出した。俺は泣かないって決めているのに・・・・・・・。
ギュっとしてくる先生と、先生にギュっとしているビオラとローズ。そこは、俺にギュっとするところじゃないの?
オスティオス園長に報告して、園長先生が身元引受人の移譲手続きにやって来るらしい。
ヨドゥバシーも連れてきてくれたらいいけどと思っていたら、ヨドゥバシーも来た。
「バカ! ソゴゥのバカ! なんで司書なんだよ、そんな予感はしていたけど! 俺たち兄弟がみんなレベル4だったから、もしかしたら、ソゴゥはレベル5になっちゃうんじゃないかって! でもなんで、レベル7なんだよ! もう駄目じゃん、もう一生イグドラシルマンじゃん!!」
「なんだよ、イグドラシルマンって! なあ、だったらヨドも司書になったら?」
「それは駄目だ。ソゴゥの部下にはならない、対等でいたいから」
「そっか、甘えん坊のヨドにそんな決意があってほっとしたよ」
「甘えん坊ってなんだよ」
「俺、さっき先生に、やんちゃ坊主って言われた」
「それは合っているよ、その通りだよ」
会話全て、ヨドゥバシーは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、ほぼ濁音で話している。
「ヨド、俺、冒険者になりたかったんだ。でも、ヨドは図体だけでかくて弱っちいから、冒険者には誘わないつもりでいた・・・・・・・ヨドはなんにでもなれるんだ、幸せにな。離れていても、俺たちは兄弟だ」
「クッ」
ヨドゥバシーの後ろでオスティオス園長が目頭を押さえている。
両手両足でしがみ付いてくるヨドゥバシーを、園長先生が本気で引き剝がし何とか帰路に就いた二人を、エントランスホールから見送る。
ああ、行ってしまった。
寄る辺ない気持ちが押し寄せる。
レベル5の司書に連れられて、ソゴゥは来た道を戻り、奥の建物へと移動する。
「お腹は空いていませんか?」
オスティオス園長が来た際、食堂の料理人に頼んでソゴゥの好物を詰めたお弁当を持ってきてくれたのを、園長が手続きをしている間に応接室で、ヨドゥバシーと二人で食べていたため「大丈夫です」と答える。
「では、館長に挨拶に行きましょう。このイグドラシルの唯一のレベル6です。ソゴゥ様の修行全般を担当されることとなるでしょう。我々レベル5でも、館内の案内や書籍の場所などや、イグドラシルのルールをお教えするくらいのことはできるでしょうが、レベル5とレベル7では、その任は全く異なりますので、一番レベルが近い者が教育係となるのです」
「そうですか」
「まずは、顔合わせとして、館長室へ行きましょう」
奥の建物の外側の壁に添うような階段を、建物を半周回り込むように上った先にある、蔦で覆われた扉の前に立ち、司書がノックをして入室を伺う。
女性の声で「どうぞ」と返事があり、扉を開けて中へ入る。
「今日の適性検査でレベル7となった、ソゴゥ様です」
見事なラタンチェアに座ったボルドーの司書服を着たエルフの女性が、目を細めこちらを見つめていた。
白銀の髪、ペリドットグリーンの瞳、そしてその顔は野島百華そのままだった。
ソゴゥは呆けたように、レベル6を見つめ返し、やがて唐突に「母さんじゃない!!」と叫んだ。
「何言っているの!! 母さんよ!!」
「え?」
「あっ、しまった。母さんだっていうのは内緒にしようと思っていたのに、ソーちゃんが『母さんじゃない』なんて言うから! なんで、ソーちゃんそんなこと言うの?」
「いやいや、だって父さんが白髪で紫の目、母さんも白銀で緑の目。俺、黒髪、黒目。おかしくない⁉」
「それには理由があるのよ! ところで、どうして母さんて分かったの?」
「いや、母さん、まんま母さんじゃん」
「やっぱり、ソーちゃんは記憶があるのね」
「母さんもなんだね、父さんと、兄さんたちは覚えていないみたいだけれど」
母さんは、ハッとして一緒に入室してきたレベル5の司書に「ジャカランダさん、すみません、ちょっと二人で話をさせて下さい」とお願いした。
「はい、ヒャッカ様、もしやとは思っていましたが、あの時のお子さんなのですね」
「そうなんです、その節は、皆さんには何度もご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「いえいえ、こうして立派に育ち、レベル7となられたこと、とても嬉しく思っております。では、私は執務室へ戻りますので、何かございましたらお申し付けください」
司書の退出と共に、ヒャッカが立ち上がりソゴゥの頬を両手でそっと包み込んだ。
「ずっと、ずっとソーちゃん達に会いたかった。ソーちゃんたちの側にいられなくて、寂しい思いをさせてしまって、本当にごめんなさいね。こんなに大きくなって」
「今日ここに、淀波志も来ていたんだよ」
「ソーちゃん達と一緒にいられなかった理由、ちゃんと話すわね。その前に、母さんの異世界転生の話から順を追って話すけど、ソーちゃん、そっちの椅子に座って。あと何か飲む?」
ソゴゥは勧められた椅子に座る。
髪や目の色が変わっても、雰囲気や話し方、仕草の変わらない母親を前に、ああ、やっと会えたと、感極まって泣きそうになる。
淹れてもらったお茶を一口飲んで息を吐くと、どうぞと促す。
「ソーちゃんは、転生する前のこと、覚えている? その、ソーちゃんが事故に遭った日のことなんだけど」
「覚えているよ、橋の下にいて、横転したトラックの積み荷の下敷きになったんだよね?」
「知っていたのね・・・・・・・出来れば、そんな怖い記憶がなければいいと思っていたのだけれど・・・・・・・」
「大丈夫だよ、ほんと、苦しいとかなかったから。怖いって感じる間もなくだったし。皆に悲しい思いをさせたかもしれない事は、悪いと思っている」
「ソーちゃん、わかっている。ソーちゃんがとても命を大事にする子だって、ソーちゃんほど用心深くて、慎重な子はいないわ。だから、これから話すことで、ソーちゃんは自分を責めたりしないでね」
「うん」
「ソーちゃんが事故に遭ったって連絡が来て病院にいったら、もうその時は所謂心肺停止状態で手の施しようもないって・・・・・・・そもそも、お医者さんの話を聞いて想像すると、昔の悪魔が主人公のホラー映画のブレ〇ン神父みたいな最期だったわけだから、即死だったのね。悪魔になりたいなんて言っていたけれど、そんなシーンを抜粋して真似しなくても・・・・・・・」
「いや、偶々だよ、そこ真似しようとか、ちょっとニッチ過ぎない?」
「それで、病院には母さんたちの他にも、警察の人と、今にも死にそうな青い顔をしたトラックの運転手さんもいて、お父さんが『あんた、そんな死にそうな顔をせんでも、とりあえず死んで償ってくれりゃあええから、死んでくれや』って言ったのよ、そうしたらお兄ちゃんたちが『そんな事を、こんな人目のあるところで言うもんじゃない』って、父さんに言ったの。窘めているのかと思ったら『こん人が、不慮の事故で亡くなった時、俺らが疑われてしまうじゃろが』って・・・・・・・」
「あー、伊世但兄さんと仁酉が言いそうだね」
「大変だったのよ、淀君は大泣きしながら『コロス』の一点張りだし、光っちゃんは『あんた、ぶっ殺して素剛が戻るんならすぐそうしてるわ、あんたは今ここで俺らに責められて、明日からは日常に戻ったらええ。けど、俺らは一生塞がらん穴と生きていくんよ、それ忘れんといて』って。母さんはただただ茫然としいてたわ。ソーちゃんのお葬式が終わってからも、皆、全然元に戻らなくて元気がないままなの。笑ったり、喜んだり、最初からそういうものが無かったみたいに、淡々と毎日が過ぎて、そしてある日、家にだけまるで狙い澄ました様に、ピンポイントで飛行機から落下してきた巨大な金属片が直撃して、その日は皆家にいて、図らずもソーちゃんの後を追うことになってしまったのよ」
「え? マジで?」
「ソーちゃんから、毎週異世界転生の講義を聞いていたから、母さんこっちで生まれてすぐに記憶が戻っても、慌てなくて済んだわ。それから、十五歳でこの図書館で働くことを余儀なくされて、でもお父さんに出会わないと、またソーちゃん達に会えないじゃない? だから、お父さんが図書館に来たのを見つけたときは、嬉しくて、猛アタックよ! それで、4回も駆け落ちしては連れ戻されて・・・・・・・」
「やっぱり駆け落ちしていたんだ! そうだって思っていたよ! 俺たちに会えないのには必ず理由があるって」
「ソーちゃん!」
「父さんや、母さんが俺たち手放すなんて絶対にないって思っていたから。まあ、俺は母さんは、この国のお姫様なんじゃないかって思っていたけど」
「まあ、ソーちゃん」
「それで、俺たちと暮らせないのは、やっぱりレベル6だから?」
「そうなのよ、そういえばソーちゃんはレベルMAXなんてすごいわ!! レベル5はこの国で重要人物扱いになるけど、レベル6は世界にも影響力をもつ立場になるのよ。レベル7の場合、おいそれと外出することも出来ない超重要人物認定されるわね、国外に出る際は各国で国賓扱いになるほどの」
「そういうの、不自由だね」
「そうなよ、そして母さんが皆と一緒に暮らせなかった理由が、イグドラシルのレベルのせいなのよ。過去に三人イグドラシルのレベル6が存在して、この三人の子供はみな攫われて、不幸な目に遭っているの。最初のレベル6も女の人で、この人は市街の屋敷に子供と旦那さんがいて、職務時間以外をその屋敷で家族で暮らしていたのだけれど、彼女と旦那が職務で屋敷を離れて、シッターさんが子供の面倒を見ている間に魔族に攫われてしまったの。理由は、その子供が大陸で最も魔力が強い子供だったから。二人目の時も似たような状況で、この時は、子供は敵対していた国に連れていかれてしまって、見つけ出したときは、感情の抜け落ちた、魔力だけを魔術に供給する道具のようになってしまっていたというの。三人目は、流石に誘拐を恐れて、セキュリティの高い王宮に匿われながら育ったのだけど、王宮内部に裏切り者がいて、この子も行方不明のままに・・・・・・・」
「イグドラシルは王宮並みのセキュリティだって言っていたけど、なんでイグドラシルで子供と一緒に暮らさないの?」
「イグドラシルには選ばれた者以外は、暮らすことが出来ないの。これはルールとかではなくて、レベル3以上でないと、ここで日没から二時間経過したあたりで魔力をイグドラシルに吸収されてしまうからなの」
「え、なにそれ、怖くない? 俺大丈夫?」
「ソーちゃんはむしろ、この中にいれば無限の魔力をイグドラシルから供給され続けるから、ここにいたら敵なしよ」
「狭い国の王様だね」
「そうね、私たちはこのイグドラシルに仕える、無敵の使用人って感じなのよ」
「それで、俺や兄さんたちが園に預けられたんだね」
「そう、父さんとオスティオスさんは親友で、そうでなくても、オスティオスさんは信用のできる人だってわかっていたから。周囲に、イグドラシルのレベル6の子供だとういうことがばれないように秘密にして、オスティオスさんにソーちゃん達を守ってもらっていたの」
「そっか」
「ソーちゃんはレベル7としてイグドラシルに選ばれて、イグドラシルで暮らすから、まずは安心だけど、お兄ちゃんたちは、自分で自分の身を守れるくらい強くなってからじゃないと、母さんの、レベル6の子供だとばれないようにしないといけないのよ」
「そうだね、魔力があっても使いこなせなかったら弱いのと一緒だからね。一緒に暮らせなかった理由も、母さんの存在を秘密にしている理由もわかった。でも、どうしても一つだけ納得できないことがあるんだけど・・・・・・・なんで、俺皆と違う髪? 耳も丸いし、ビジュアルが前世のままって・・・・・・・」
「ソーちゃん、それはね、ソーちゃんが自分でそうしたからなのよ」
「え? なんで?」
「ソーちゃんは生まれた瞬間は、母さんと同じ白銀の髪で、目が開いたときは淡いエメラルドグリーンの瞳をしていたのよ。まさにエルフ! って感じだったのに、父さんが抱っこしていたとき、階段で躓いてソーちゃんを落っことしちゃったのよ。階段を転がりながら、ソーちゃんの魔力が建物を揺らすほどに膨らんで、階段の下まで落ちて大泣きしだしたときには、周辺地域一帯が震度3程度揺れたわ・・・・・・・そして、みるみる髪の毛が黒く、目もこげ茶になって、耳も人間の耳になっていたの」
「ん? 俺を階段から落としたの? 父さん・・・・・・・」
「わざとじゃないのよ、でも物凄い慌てようで、魔王が覚醒したって大騒ぎよ。母さんは浮気を疑われるんじゃないかと一瞬心配したけれど、父さんは全くその可能性を思いつかない様子だったから、安心したわ。母さんは前世の記憶があったから、前世のソーちゃんになっちゃったってわかったけど、父さんには記憶がないから、黒髪の人物との浮気を疑われるかと思ったの」
「でも、エルフってそもそも黒髪いないじゃん」
「そうなのよね、茶色ならごく稀にいるけど、何故か女性にしか現れない色だし」
「そうなの?」
「少なくとも、母さんは男のエルフの茶髪は見たことないわね。茶髪のエルフは、竜に懐かれがちな特徴があるのよ」
「あー、そういう先生いたよ、ってか、なんで転がって元に戻っちゃたんだろう?」
「ソーちゃんの魔力が大きかったことと、自分と自分以外の境を認識した瞬間、自分を前世の姿で定義してしまったんじゃないかと思うのよ」
「うん、よくわからないけど、母さんには、その時、俺の魔力が俺を変えたように見えていたんだね」
「そう、それよ」
「でも、それだったら、前世の記憶を持って生まれてきてもよさそうなものなのに、俺が、前世のこと思い出したのって、六歳くらいだったよ。石に頭ぶつけて、それで思い出した」
「それは、お父さんが、ソーちゃんを落っことした時に頭をぶつけて、そのショックで忘れちゃっていたんじゃないかしらね」
「父さん、子供も五人目で、扱いが雑になっていたのかな? 赤ちゃんを落っことすなんて大罪だからね、自分の事ながら言わせてもらうけど」
「ホントそれは、ホント申し訳ない。母さんからも謝ります。とまあ、そんな感じで、改めてソーちゃん、会えて嬉しいわ!」
「俺もだよ、司書になるなんて嫌だなって思っていたけど、母さんに会えてよかった」
「ただし、ソーちゃんが、誰にも攫われたりしないよう、母さんは明日から鬼コーチになりますよ。覚悟していてね」
「ハハ、お手柔らかにお願いします」
お早うございます。ソゴゥです。
今、俺はイグドラシルの根っこにいます。
あの建物の下には、枯れた世界樹の根っこが地下深く張り巡らされていて、地下室というにはあまりに広大な空間が広がっており、その空間の最下層から約200m付近の第一洞に、俺はいます。第一洞とは、俺が勝手に名付けたイグドラシルの根っこにある、穴のことです。今日は、こちらで朝食をとりたいと思います。
前世と比べると、こちらの生活はとても素敵で、夢と魔法と希望に満ちていて不満に思うことは少ないのですが、これだけは嫌だなと思うことがあります。
それは、虫がデカいことです。昨日から、追い払っても、追い払っても、野球ボールくらいのカナブンみたいな奴に襲われています。執拗なうえに、大量にいます。
マジ、泣きそうです。
この数千メートルの根っこ登りも、三回目になります。
一回目は、とりあえず最下層まで連れていかれ、魔法を使えなくされたうえで、地上階まで根っこを自力で登ってくるように言われました。
真っ暗な中を、ご来光目的の富士登山のように、頭にライトをつけて、暗い中をひたすら登らされました。
最初に尻や背が預けられるような空間に辿り着いた時でさえ、その高さと恐怖に気を休めることも出来ず、指と腕が震えて動かない状態で数時間、あるいは一日以上をただじっと恐怖に耐え、疲労の回復を待って、また登りはじめます。
持たされていた携帯食料で、何とか飢えを凌ぎ、身体を休めることが出来そうな根の曲がっているところや、洞を探し、少しずつ上へ移動を繰り返します。登るほど、高さへの恐怖が増していく一方で、空間の明るさが広がるため、何とか諦めずに、何日もかかって登りきることが出来ました。
それから一か月後、二回目に挑戦するにあたり、一回目で必要だと感じた物を持って挑んでいいと言われ、携帯食料の他に俺は、登山で必要な物を一式揃え、根っこ登りに挑みました。
二回目の第一洞で仮眠をとっていると、急に目の前に寿司が現れて、うっかり伸ばした手が空を掴み、危うく洞から落ちてしまうところでした。
その後も、匂い付きの食べ物の幻覚に襲われ、また、一回目では適温だった空間が、冬のように凍えそうなほど寒くなりました。防寒対策グッズを用意していなかったため、とにかく指がかじかむのが非常に辛い。そのせいで、一回目よりも進み辛くなっていて、時間がかかってしまいました。
第二、第三洞と、仮眠をとる場所で、寒さに身を縮こまらせて眠っていると、モフモフしたものに包まれる夢を見ました。
目が覚めると、寒く辛い現実に直面します。けれど眠っている間は、モフモフの感触の夢をみて、とりあえず凍死せずに何とか制覇することが出来たのです。
これらのあまりに過酷な課題に、思わず母さんに「離れて暮らしていたせいで、親子の情が薄れてしまったんじゃないのか」と言ったら、母さんが泣いてしまい、五体投地で謝って、何とか機嫌を直してもらいました。以来、どんな無茶ぶりも「イエス、マム!」と二つ返事で不平を言わずに挑戦することにしています。
そして、三回目の現在進行形で、虫がうざい。これらの虫がなんで寄って来るのか、どうやったら追い払えるのか、よく見て後で調べて対策を練らないと。
最初は一睡もできなかった第一洞も、今や第二の我が家かというほどの寛ぎ空間。いかんせん虫だけが余計。
持ってきた布でカーテンを作り、虫除けにして携帯食料を食べる。
座学、実技、体力づくり、これまで色々なことを教わってきたが、とりわけ母さんは昔の少年漫画の修行みたいなことをさせたがる。
ただひたすらに、何かをさせればいい、というものではないと思うのだが。もっと、園の教育でも採用されていた、目的、クエスト、報酬、そして達成状況の可視化。ゲーム化と言われる手法で、達成感を与えることでモチベーションを上げ、取り組みに熱中させて成長速度を早めるという方が、絶対に楽しい。社会を形成する人類が持つ、承認欲求、自己実現欲を巧みに利用して、向上心を煽り、知らず知らずのうちに目標を達成する能力が身についている、っていうのがいいんだけれど、ここには目的とクエストしかない。
山頂の景色や、下山後の温泉のような報酬もない。
だが、根っこ登りは指を掛ける位置、足運び、体重移動などを、いかに体力を使わずに効率よく移動できるかが重要で、体力や根性より、知力や判断力、そして瞬発力とかなりの勇気が必要になる。いつも、指先に自分の命がかかっているからだ。
二回目よりはマシだと感じるが、いつも用意しているものが無駄になったり、足りていなかったりする。あらゆる状況を想定するのにも限界がある。全気候型の無人島生活用品を、詰め込んでくればいいのだろうか。
俺、図書館に勤めているんじゃなかったっけ・・・・・・・。
気合を入れて凶悪な羽音のするカーテンの向こう側へ踏み出し、登頂を目指して出発する。
そんな修行が三年続いた。
ある時はこの膨大な蔵書の中から、「ガイド」と呼ばれる司書がそれぞれ持つ魔法書を使わず、ノーヒントで一冊の本を探してくるように言われたり、突然変な踊りを踊って「これは、ある国の挨拶です。正しい返答の仕方を見せなさい」と言われたりと、図書館舐めてました、本当にすみませんでした、と枕を濡らす日々だったが、そんな俺も十八歳で母さんの引退と共に館長を引き継ぎ、大司書の準備職となる第一司書となったのだった。