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第56話 陽だまりの決意

 緩やかなメロディが店内に流れる中、午後の陽光が大きな窓から差し込んでいた。ガラス越しに見える渋谷の街並みは活気に満ちて、オシャレなカップルや友達同士の賑やかなグループが行き交っている。店内にも幸せそうな家族や恋人たちが笑顔でテーブルを囲んでいて、その光景を眺めながら俺は少し緊張していた。


 デート気分だったんだけど、まさか最初に入る店が……。


 目の前では、真珠は大きなピザとパスタの大盛りを前に目をキラキラさせている。さっきまで「どこに行こうか」と思案していた時に、彼女がぽつりと「お腹すいた」と漏らしたのが、ここに来るきっかけだった。


 真珠が「スタイリストさんに教えてもらったいいお店があるの!」と、はしゃぎながら連れてきたレストラン。実際に入店してみると、予想以上にお洒落な雰囲気で、俺みたいな地味な高校生が場違いすぎるんじゃないかと急に不安になってきた。


「いただきまーす!」


 そんな迷いを吹き飛ばすように、真珠が両手でフォークとナイフを掲げ、満面の笑みを浮かべた。


「気合い入ってるね」


 自然と口元が緩む。俺の声に反応して、真珠の頬がさらに染まっていく。見慣れないその表情に、胸の奥がきゅっと締め付けられた。


「だ、だって、楽しみにしてたんだもん!」


 小さく俯いて、照れくさそうに答える真珠。いつもの勢いや元気はどこへ行ったのだろう。そんな彼女の変化が妙に愛おしくて、目が離せなかった。


「それにお腹ペコペコで!」


 不意に子供っぽく頬を膨らませる彼女に、思わず笑みがこぼれる。やっぱりどこか変わらない真珠がそこにいた。


「それにしても……すごい量だね」


 目の前に広がる料理の盛り付けに、思わず目を丸くする。真珠はすでにパスタを豪快にフォークに巻き取り、無邪気な笑顔を浮かべていた。


「だって育ち盛りだし!あ、北斗ったら、この前『お前そんなに食ってるから胸も大きくなりすぎなんだよ』とか言ってきてさ、頭カチ割りそうになったんだから!」


「えっいや」


 思わず声が大きくなり、周囲の視線を集めてしまった。耳まで熱くなりながら、俯いて小声で言う。


「そ、それは..……その、北斗だから言えることであって、俺はそんなこと……」


「優ったら、そんなに顔真っ赤にして!ヤだぁ、何考えてるの?」


 真珠がクスクス笑いながら、からかうように指を振る。俺の動揺を楽しむように、目を細めていた。そんな仕草に、ますます顔が熱くなる。


 あんなモデル体型なのに、こんなに食べるなんて。どうやってあのスタイルを維持しているんだろう。不思議に思いながら見つめていると、真珠が首を傾けた。


「どうしたの?ずっと見てるよ?もしかして、私がどこに脂肪を溜め込んでるのか探してる?」


 ニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべる真珠。


「え?いや、そんなことじゃ……」


「ほらほら~、言ってみて?どこだと思う?」


 真珠がわざとらしく胸を張り、俺をからかうように身を乗り出してくる。全身から汗が噴き出しそうになった。


「いや、すごいなって。こんなに食べても、そのスタイル保てるなんて」


「ふふん、天性の体質なんだよね~。食べても太らない体質なの!」


 真珠が得意げに胸を張る。しかし次の瞬間、彼女の表情がふと変わった。俺をじっと見つめてから、パスタを巻いたフォークを持ち上げる。


「あれ、もしかして気になるのはこっち?これ食べたいの?」


 突然の質問に、どう答えていいか分からず固まってしまう。


「しょうがないな~一口だけだよ?」


 そう言って、真珠が俺の口元にフォークを差し出した。まるで恋人同士のような仕草に、頭の中が真っ白になる。周囲の視線が一気に集まり、男性客からの羨望の目、女性客からの「キャー」という小さな悲鳴まで聞こえてくる。


「あ、いや、その……」


 内心では「直接キスと変わらない」と動揺しながらも、真珠の澄んだ瞳に見つめられると断れなかった。まるで魔法にかけられたように、自然と口が開いてしまう。


「はい、あ~ん」


 真珠の少し甘えたような声色が、心臓を一気に加速させた。スローモーションのように近づくフォーク。彼女が口をつけたそのフォークが、今俺の唇に触れる。頬が熱くなるのを感じながら、パスタを口に含む。


「……美味しい?」


 真珠が顔を寄せながら、小さな声で訊いてきた。髪から漂う甘いシャンプーの香りが鼻先をくすぐり、思わず息を止めてしまう。


「う、うん。すごく……」


 やっとのことで絞り出した言葉に、真珠は満足げに微笑んだ。そして何気なく同じフォークでパスタを口に運ぼうとした。しかしその手が途中で止まる。


 一瞬の間があって、真珠の表情が変わった。俺の口元、そして自分のフォークを見て、彼女は何かに気づいたように目を丸くする。時間が止まったかのような瞬間。


 真珠の頬が一気に真っ赤に染まり、瞳が泳ぎ始めた。


「な、なんか……ごめん」


 小さな声でそう言うと、真珠は視線を落とした。さっきまでの天真爛漫さがどこかへ消え、緊張した面持ちで固まっている。


「これって……その……間接……」


 真珠が言いかけて止まった言葉の続きが、俺の頭の中で勝手に完成する。間接キス。その考えが頭の中を駆け巡り、どうしていいか分からなくなる。


「フォ、フォーク、新しいの頼もうか?」


 気まずい雰囲気を和らげようとして言ってみたけど、真珠はぶんぶんと首を振って否定した。


「い、いいから!このままで、だいじょう……ぶ」


 そう言いながら、真珠はゆっくりとフォークを口元へ運び、恥ずかしそうに俯きながらパスタを口に入れた。見るからに緊張した様子で、頬を真っ赤に染めたまま、もぐもぐと口を動かしている。まるで初めての恋愛映画を見ているような、そんなドキドキが胸いっぱいに広がった。


「大丈夫だよ。美味しいものは一緒に楽しみたいから」


 どこからそんな言葉が出てきたのか自分でも驚いたけど、真珠の照れた表情を見ていると、勇気が湧いてきた。


「うん……ありがとう」


 真珠が小さく微笑むと、周囲から「あの二人可愛い」「ね~」という声が聞こえてきた。俺たちの様子を見て、周りのカップルたちまでほっこりした表情を浮かべている。真珠があんなに恥ずかしがる姿を見せるなんて珍しいけれど、それもまた特別な時間のように感じられた。


「でも……美味しいね」


 ぽつりと小さく呟く真珠の声が、やけに愛おしく響いた。


 食事を終えて店を出ると、五月の午後の陽気が心地よく肌に触れた。人々の賑わいと喧騒の中、真珠が背伸びをしながら満足げな表情を浮かべる。


「あ~美味しかった!やっぱりお腹いっぱいになると、幸せ~」


 その無邪気な笑顔に、さっきまでの気まずさが吹き飛んでいく。陽光に照らされた彼女の横顔が、まぶしいくらい綺麗だった。


「そうだね。美味しかった」


 真珠は晴れやかな笑顔で俺を見上げた。ふと空を見上げ、目を細める仕草がとても柔らかく感じられた。


「腹が減っては戦はできぬっていうもんね!」


「俺たち戦いに来たわけじゃないんだけど……」


 思わず呟いてしまうと、真珠は「あはは」と明るく笑った。その笑顔を見ていると、こっちまで心が軽くなる。


「これからだよ!街を制覇するのは!」


 そうやって楽しげに街を眺めていた真珠が、突然立ち止まった。


「わ!あれ可愛い!」


 彼女の視線の先には、おしゃれなブティックのショーウィンドウがあった。マネキンには春らしい淡いカラーの服が着せられ、小物と共に展示されている。


「み、見に行ってみる?」


 俺の言葉に、真珠が目を輝かせた。


「うん!行こ!」


 そう言うが早いか、真珠は俺の手を握って店内へと引っ張っていった。突然の接触に、心臓が跳ね上がる。肌と肌が触れ合う感触に、ドキドキが止まらない。真珠の手は小さくて柔らかく、少し冷たいのに、触れている部分だけが熱くなるような不思議な感覚。


 彼女がこうして自然に手を取ってくれることに、密かな喜びを感じながら店内に入った。


 真珠は子供のように目をキラキラさせながら、次々と服を手に取っていく。その姿があまりにも純粋で、まるで宝物を発見した少女のようだった。


「これ可愛い!あ、これも!ねえねえ、これどう思う?」


 次々と服を持ってきては俺の意見を聞いてくる真珠。その度に選ぶのに悩む彼女の表情が、愛らしくてたまらなかった。


 周囲を見回すと、俺たちと同じくらいの年頃のカップルもいる。みんな笑顔で一緒に買い物を楽しんでいる様子だ。そんな光景を見て、妙に安心感を覚えた。まるで自分たちも本当のカップルのような錯覚さえ感じてくる。


 ふと気づくと、真珠が一着のワンピースをじっと見つめていた。淡いピンク色の春物ワンピース。その表情に何かを感じ取り、思わず声をかけた。


「着てみたら?似合うと思うよ」


「え?いいの?」


 戸惑ったような表情の真珠に、俺は大きく頷いた。


「もちろん」


 そんな風に言葉を交わしていると、店員の若い女性が近づいてきて、微笑みながら真珠に声をかけた。


「試着されますか?」


 真珠は嬉しそうに頷いて、店員に連れられて奥の試着室へと向かった。待っている間、俺は自分の気持ちを整理しようとした。今日の真珠は、いつもと違う。普段の元気さはそのままに、どこか儚げで女の子らしい一面がより強く出ている。そんな姿を見せてくれるのは、自分が特別だからなのだろうか。


 考えているうちに、カーテンが開き、真珠が現れた。淡いピンク色のブラウスに白のミニスカート姿。上品な可愛らしさと大人っぽさが同居する姿に、思わず息を呑む。


 店内の光が彼女を柔らかく照らし、黒髪の先が輝いている。まるで別の世界の人のように美しく、言葉が出てこなかった。


 真珠は小さく身を翻して、不安そうに俺を見つめてきた。


「どう……?変じゃない?」


 店員の女性も期待を込めた視線を向けてくる。思わず緊張して、言葉が詰まりそうになる。


「す、凄く似合ってるよ」


 やっとのことで言葉にすると、真珠の顔がぱっと明るくなった。


「ほんと?気に入った?」


 頬を桜色に染めながら、真珠が嬉しそうに微笑む。その表情が、まるで宝石のように輝いて見えた。


「う、うん。本当に。すごく可愛いよ」


「よかった!ほ、他のもあるから待ってて!」


 そう言って真珠は再び試着室に戻っていった。俺は彼女の姿が消えても、その余韻に浸ったままだった。


 ふと周りを見渡すと、いつの間にか男性客がちらほら集まってきている。みんな何気ないフリをしながらも、こちらに視線を向けているのが分かる。


「彼女さん、とても綺麗な方ですね」


 そばにいた店員の女性が、にこやかに声をかけてきた。


「か、彼女……」


 言い淀んでいると、カーテンが再び開き、真珠が姿を現した。今度はレースのニットトップスとデニムのミニスカート。流行の最先端を行くようなコーディネートで、周囲からは小さなどよめきが上がる。


 その姿があまりにも様になっていて、さっきよりも一層大人っぽく見える。特にスカートの丈が短めで、長い脚線がより強調されている。視線の置き場に困るくらいに、どこを見ても美しかった。


「優?そんなに見つめられると恥ずかしいんだけど……」


 頬を赤らめながら、真珠が小さな声で言った。俺が無言で見つめていたことに気づいたようだ。


「ごめん、似合い過ぎるから、その…目のやり場に困るというか……」


 正直な気持ちを口にすると、真珠の顔が見る見るうちに赤くなっていった。まるで林檎のように艶やかに染まる頬に、思わず見とれてしまう。


「も、もう!着替えてくる!」


 慌てた様子で試着室に戻っていく彼女を見送りながら、周囲の男性陣の声が耳に入ってくる。


「マジかわいい子だったな」


「彼氏うらやましすぎ……」


「あれ彼氏なの?釣り合ってなくね?」


 彼女と思われていることや、羨望の目を向けられることに、戸惑いと申し訳なさが混じった感情が湧き上がる。でも、どこか嬉しくもあった。本当にそんな関係だったら……そんな思いが頭をよぎる。


 試着室から真珠が出てきて、服を店員に渡す。彼女は一連の試着を終えて、何となく恥ずかしそうな表情をしていた。


「ありがとうございます」


「いえいえ、お似合いでしたよ」


 店員が受け取りながら、ふと壁に貼られたポスターに目をやった。


「お客様でしたら、こちらのお洋服もお似合いだと思いますよ」


 促された方を見て、俺と真珠は揃って凍りついた。ポスターには間違いなく真珠の姿があった。モデルとしての「スピカ」の姿だ。


 店員の女性が首を傾げる。


「あら、そう言えばお客様、モデルの真珠さんに似てますね……というかそっくりのような……」


 戸惑った様子で店員が真珠をじっと見つめる。俺は頭の中で必死に言い訳を考えていたけれど、何も浮かばなかった。


 真珠は急に慌てた様子で、俺の背中を押し始めた。


「ゆ、優のも見に行こう!せっかくだし、ね!」


 そのまま男性服コーナーへと逃げるように移動する。「カップルコーデ」という言葉に、頭がぼうっとしながらも、俺は言われるがままついていった。真珠は必死の形相で俺の服を探し始め、あちこちと動き回っていた。


「あ、これいい!」


「あ!これも!」


 困った状況にもかかわらず、真珠が真剣に服を選んでくれる姿が嬉しくて、思わず見とれてしまう。そんな中、彼女が一枚の服を手に取って俺に向かって言った。


「これ着てみて!絶対似合うよ!」


 するとイケメンの男性スタッフが寄ってきて、軽いノリで声をかけてきた。


「試着室はこっちですよ」


 真珠が期待に満ちたキラキラした目で「着てみて!」と言うので、仕方なく試着室へと向かう。本当は断りたかったけれど、彼女の真剣な表情を見ると、断る勇気が出なかった。


 着替えている間に、外から声が聞こえてきた。


「彼氏さんっすか?」


「いえ、彼氏とかじゃないですけど」


 真珠の答えに、心がしゅんと萎む。まあ当たり前だ、俺たちはそういう関係じゃない。でも、何故か胸が痛んだ。


 男性スタッフの声が続く。


「えっマジっすか!俺今フリーなんですけど、もし良かったら連絡先とか交換しません?モデルの仕事とか紹介できるかも」


 真珠が口説かれている?急いで着替えを終え、試着室から出た。すると真珠が「わぁ!」と声を上げた。その瞳が輝きを増す様子に、少しだけ自信が生まれた。


「ど、どう?似合う?」


 不安げに尋ねるも、自分でも鏡を見て分かる。正直、似合っているとは言い難い。スタイリッシュ過ぎる服が、地味な自分には合わない。それは男性スタッフの表情からも読み取れた。


「……ですよね」


 がっかりした気持ちを隠せず、小さく呟く。また真珠と自分の格差を感じる瞬間だった。


 しかし、真珠の反応は予想外だった。


「カッコイイ!めっちゃカッコいい!ほら見て!肩幅が強調されて男らしいし、このシルエットが最高じゃない!?ヤバっ、似合い過ぎだって!」


 彼女は両手をパチパチと小さく叩きながら、目を輝かせていた。その反応があまりにも嬉しくて、自分でも驚くほど心が軽くなった。彼女は、本気で俺のことを素敵だと思ってくれているみたいだ。


「店員さん!これって最高ですよね?ちょっ、本当に似合い過ぎ!」


 真珠は男性スタッフに同意を求めるように迫り、男性の方をバシバシと叩いている。その熱量があまりにも高くて、男性スタッフは明らかに困惑していた。周りの目線が集まる中、彼女だけが俺のことを「カッコいい」と言ってくれている。その純粋な眼差しに、余計に恥ずかしくなる。


 もはや公開処刑だこれ……。


「えっと……はい、その、こ、個性的な着こなしですね……」


 店員の困った表情と、周囲の失笑気味な雰囲気に気づかない真珠は、さらに興奮しながら俺の周りをくるくると回っていた。


「ほら!後ろ姿も完璧!この生地感もいいよね!優、これ買おうよ!絶対買った方がいいよ!」


 この様子だとどんな服を着ても「カッコいい」と言ってくれそうだ。 店員の困った表情と、周囲の失笑気味な雰囲気に気づかない真珠は、さらに興奮しながら俺の周りをくるくると回っていた。


「ま、またの機会に……」


 そう言い訳して、急いで試着室に戻る。正直、値段も気になったけれど、真珠の前で恥をかきたくないという気持ちの方が強かった。


「えぇ〜!買わないの?あんなに似合ってたのに!」


 真珠は両手を胸の前で組み、まるで駄々をこねる子供のように頬を膨らませた。


「似合ってたのに~」


 彼女の言葉に心が温かくなる。こんな風に自分のことを見てくれる人がいるなんて、信じられないほど幸せな気持ちになった。いつか、本当に彼女の目に映る「カッコいい優斗」になりたい。そう強く思った。


 服を着替え、外に出て男性スタッフに服を渡す。男性スタッフがまだ真珠に興味を示している様子が気になったが、真珠は全く関心がないようだった。


「ダメよ優、男の子はもっとファッションに自信持たなきゃ!あの服、絶対コーディネートしたかったのに……」


 すると男性スタッフが真珠に近づき、小声で「さっきの話ですけど……俺マジで本気だから」と話しかける姿が見えた。スラっとした高身長に整った顔立ち。自分と比べられないほどのイケメンだ。真珠と並ぶと、お互いモデルのようで絵になる。不釣り合いな自分が、惨めに思えてきた。


 しかし次の瞬間、真珠が俺の腕に手を回して、ぎゅっと腕を組んだ。その仕草に心臓が大きく跳ねる。


「ま、だ、彼氏じゃないんです」


 にっこりと笑いながら、まだを強調し、「行こ、優」と言って俺を引っ張る。男性スタッフは明らかにショックを受けた様子で、立ち尽くしていた。


 そのまま腕を組んだまま店を出て、人混みの中へ。自分の腕に感じる真珠の温もりが、世界中の宝石よりも価値があるように思えた。


「さ、さっき、まだ彼氏じゃないって……さっき言ってたよね?」


 思い切って口にすると、真珠はハッとして立ち止まった。そして俯きながら、頬を赤くして恥ずかしそうにしながら小さな声で答えた。


「な、内緒……」


 その仕草と言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。まるで、告白してもいいよと言われているような気がした。今までの不安や迷いが、少しずつ晴れていく感覚。彼女の気持ちが少しずつ伝わってくるようで、勇気が湧いてきた。


 よし!ここで勇気を出さなきゃダメだ。


 決心を固めた俺は、真珠の手をそっと握り、彼女の目をまっすぐに見つめることにした。


「真珠、僕は……」


 真珠の瞳がゆっくりと俺を映し出していた。その瞬間、この気持ちを伝えなければ、一生後悔する気がした。

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