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第47話 インスピデート(2)

 駅前のロータリーには観光客っぽい人たちがカートを引いて歩いてて、タクシーのクラクションがどこかで鳴ってた。


 渋谷。毎回思うけど、ここってやっぱり人が多い。何をするにも慣れなくて、俺は人波に押されないように立ち止まるだけで精一杯だった。


 真珠と並んで、センター街の入り口に立っていた。服は昨日買った黒いシャツ。髪もちゃんと整えてきたけど……緊張が顔に出てないか、ちょっと不安になる。


「ね、あれ見て。あっちのやつ、めっちゃ可愛くない?」


 真珠が声を上げて、服屋のディスプレイを指差した。はしゃいだような声が、周りの騒がしさに紛れて耳に残る。


「……うん。いいと思う」


 どれが可愛いのか正直よくわかんないけど、そう答えると真珠はもう次の店を指差していた。


「ちょっと寄ってくね!」


 そのまま真珠は先に歩き出して、俺は慌ててあとを追う。


 ファッションビルの中に入ってからは、店のガラス越しに服を眺めたり、小物を手に取ったり。真珠の動きは止まらない。


「あ、これ優に似合いそう。ほら、これ」


 明るめの色のシャツを持って、真珠が振り返る。


「……俺が?」


「うん。いつも黒い服ばっかじゃん。たまにはこういうのもアリだと思うけどな〜」


「うーん……どうかな。なんか、派手じゃない?」


 こういう色って、自分には浮きそうでちょっと勇気がいる。


「じゃあさ、鏡の前で合わせてみてよ。見るだけならタダだし」


「……わかった。見るだけね」


 言われるがままに鏡の前に立つと、真珠が隣に来て、すっとスマホを構えた。


「優、ちょっとこっち向いてー」


「え、いや、それって、ちょっ!?」


「はいチーズ!」


 シャッター音がして、思わず固まる。


「ふふ、いい感じじゃん。ね、悪くないでしょ?」


 満面の笑みでスマホを見せてくる真珠に、思わず見惚れて反論できなかった。


 その時だった。ふと、背中のほうに変な気配を感じた。


 視線……みたいな、じっとした何か。鏡越しにそっと振り返ると、一瞬だけ金髪が映った気がした。


「あれ……?」


 すぐに姿は見えなくなって、そこには誰もいない。


「優、どうしたの?」


「いや、なんか……さっきから、変な視線を感じて……」


「え? マジで?」


 真珠も振り返って、きょろきょろと周りを見渡す。


「もしかして……ファンの子かも。最近前より追っかけ増えてきてるし」


「そっか……」


「ちょっと人多すぎたかもね。場所変えよっか」


 そう言って、真珠が俺の腕を軽く引いた。


 そのまま人混みを抜け、少し奥まった路地に入っていく。喧騒が背後に遠のいて、視界の先にカラオケボックスの看板が見えた。


「あそこにしよっ」


 真珠が指をさして微笑む。


 雑居ビルっぽい外観のわりに、中は思ったよりも綺麗で、受付の女性も丁寧だった。


「ここなら、たぶん大丈夫だよね」


 手続きを終えてエレベーターに乗り込む。密閉された空間に入った瞬間、さっきまでの街の音が一気に遮断された。


 ふたりきりの静寂。なぜか急に心臓の音が気になる。


 さっきから真珠との距離が近すぎて、妙に落ち着かない。


 肩がかすかに触れそうで、でも触れてはいなくて……変に意識しないように視線を天井へそらした。


 真珠はと言えば、髪を指でくるくる巻いている。あれって癖なんだよな、たぶん。


 このまま無言でいるのも気まずくて、俺は徐に口を開いた。


「……あのさ、さっきのって、本当にファンの子だったのかな」


 真珠がちょっとだけ笑った。その表情がどこか楽しんでいるようにも見えて、内心落ち着かない。


「どうだろうね。……でも、邪魔されるのもなんかやだし」


 エレベーターのドアが開いて、俺たちは指定された部屋へ向かう。


 部屋に入ると、空調の効いた空気がふわっと肌に触れた。室内は想像していたより広くて、ソファも柔らかそうだった。


「ね、ここなら落ち着くでしょ?」


 うん、と返しかけたとき、真珠が「あっ」と声を上げた。


「ちょっとお手洗い行ってくるね!」


 軽やかな足取りでドアを出ていく。


 ……え、急に?


 ぽつんと残された俺は、とりあえずソファに腰を下ろした。


 テーブルに置かれたリモコンを手に取ってみたけど、どの曲にするかとか全然頭に入ってこない。とりあえず戻す。


 いや、待て。さっきのって、本当に偶然だったのか? なんか、いろいろ引っかかる。


 落ち着け俺。とりあえず深呼吸して……よし。トイレ、俺も行っとくか。


 立ち上がってドアを開け廊下に出る、トイレはどこだろうと、辺りを見回したその時、視界の端に何かが映った。


 金髪?


「……え?」


 隣の部屋の窓ガラス越し。そこにいたのは、北斗……!?


 しかも、その向かいにいるのは……真珠。


 息を呑む。


 ゆっくりと足を近づけて、かろうじて開いていた扉の隙間に、耳を澄ませる。


「こんなとこで何やってんだよ……ここじゃ何も撮れね~じゃん」


「ごめんってば!でも優がちょっと気にしてるみたいだったから……」


 ――は?


 撮る?なにそれ、どういうこと。


 ていうか真珠も知っている様なそぶり、という事は初めから二人は……?


 頭が真っ白になった。


 気づけばドアノブを握っていた。


「……北斗……な、何してるんだこんな所で……!」


 思わず勢いで声が出た。


 室内のふたりが同時にこっちを振り向く。


「うわ、やっべ!」


 北斗が苦い顔をして、咄嗟にカメラを抱えて振り向いたかと思うと、逃げるようにドアへ向かって走り出した。


「ちょ、待って!」


 言葉よりも先に体が動いて、俺はそのまま北斗を追いかけた。


 ビルを出た瞬間、目の前は渋谷の人混み。土曜の昼、人通りは途切れず、逃げるには最悪の環境だ。


 それでも北斗は全力で駆けていた。明らかに目立つ白いキャップにミラーサングラス、黒の派手なパーカー。


「待って北斗!」


「待てって言われて待つバカはいねえんだよ!」


 北斗は肩越しにそう叫びながら、さらにスピードを上げた。キャップのつばが跳ねて、風に煽られ、ミラーサングラスもずり落ち気味。逃げ足は速いくせに、目立ちすぎて逆に見失うほうが難しい。


 何でここまで頑なに逃げるのか、とにかく本人は本気だ。


 走ってる途中、北斗のキャップが風で吹っ飛び、慌てて手で押さえたせいでサングラスがズレた。


「うわっ……クソ、最悪!」


 帽子もサングラスも半分ズレたまま、それでも北斗は逃げ続ける。


 俺も必死に追いかけた。


 そして、北斗は人混みを抜けると、目の前の大型ファッションビルに突っ込んでいった。


「あ~もうまた面倒くさいところに!」


 俺も続いてビルに入り、エスカレーターを駆け上がる。


 北斗が向かった先は、完全に女性向けのフロアだった。


 辺りを急いで見回す。


 居た、北斗だ、ていうかやっぱり目立つって……。


「お客様……こちら女性向けの売り場でして――」


 店員が声をかけようとしたそのとき、北斗は急に立ち止まった。


 ディスプレイのマネキンの隣に並び、ピタッと動かなくなる。


 え……こいつまさか……。


 両手を下げて微動だにせず、首だけちょっと角度をつけて――顔はなぜかドヤ顔。


 まさか本気でマネキンのふりを……?


 その努力もむなしく、ずれたサングラスが鼻先まで落ちてるし、足は小刻みに震えてるし、何より落ち着かない空気が周囲にダダ漏れ。


「マネキンのふりを本気でする奴……初めて見たかも……」


 思わず俺がつぶやいた直後、店員さんが気まずそうに近づいてきた。


「えっと……そちらのパーカー、今ちょうどセール中なんですよ。よ、よろしければご試着もできますので……」


 その瞬間、北斗の肩がピクッと跳ねた。


「し~っ!しーっ!!」


 はい、口に出してる時点で完全アウト。


 マネキン作戦は秒で崩壊した。


 その場に硬直する北斗の顔は、もう何がしたかったのか自分でも分からないって言ってるようで……でもなぜか姿勢だけはまだ完璧にキメてるのが余計にじわじわくる。


 この状況、真面目に逃げて、真面目にマネキンやって、真面目にバレて……バカと何かは紙一重って言うけど……。


 店員さんの営業スマイルと対照的な北斗の顔が、もう耐えられなかった。


「ぷっ……」


 我慢しきれず、思わず吹き出してしまった。


 そこへ、背後からさらにドタドタと足音が近づいてきた。


「優~っ!見つけたーっ!」


 振り向くと、息を切らした真珠が走ってきてた。


「真珠?っていうか……さっきカラオケで北斗とヒソヒソやってたの、俺、バッチリ見てたんだけど……?」


「えっ!?そ、それはたぶん……うん、す~ごく似てる別人だったんじゃないかなっ!?」


 真珠が顔を赤らめ慌てて目を逸らす。


 その様子を見ていた北斗は、ついにマネキンの真似を続けることを諦めたのか、大きくため息をついて肩をがくんと落とした。

 

 サングラスがずり落ちたまま、両手をゆっくりと上げる。まるで警察に追われた犯人のような降参のポーズだった。


「ちっ……バレちまったか。こうなりゃ降参だ降参!」


 マネキン作戦が失敗に終わったことをあっさり認めた北斗は、投げやりな表情でサングラスを完全に外した。


「北斗!計画台無しじゃん!」


 真珠が頬をぷくっと膨らませ、怒った子猫みたいに両手を振りながら抗議する。その姿がなんとも愛らしくて、いや、今はそんな場合じゃない。


「……計画?何の計画?」


 俺は二人の顔を交互に見ながら問いかけた。どう考えても怪しい。カラオケから尾行してきて、コッソリ撮影とか……いったい何を企んでたんだ?。


 北斗はサングラスを服の胸ポケットにしまい、頭を掻きながら諦めたように口を開いた。


「実は……ヘタレの優の事だし、初デートでテンパって内容とか覚えてなさそうだからさ、記録として残しておこうと思ってな」


「ヘタレって……それ余計だと思うんだけど」


 思わずため息が漏れる。正直、言ってることは半分当たってるけど。


「分かった分かった、そう責めるように見んなって。曲作りのインスピレーションっていうか、参考資料にするつもりだったんだよ。俺たちデート未経験者だろ?アニメタイアップの曲って、まだそういうの書いたことないしさ、優の力になれるかもしんねえじゃん?」


 おそるおそる顔を覗き込んでくる北斗。よく見ると、カメラがちゃんとしたタイプで、本気度が伝わってきた。


「初デートの自然な空気感を曲に反映させたくて……普通に撮らせてって頼んだら絶対断るだろうし」


 苦笑いを浮かべながら弁明する北斗の表情には、何となく悪びれつつも「バレたものは仕方ない」というもはや潔さすら感じる。


 真珠もおずおずと前に出てきて、両手を胸の前で合わせる。


「ごめんね…!二人の様子をこっそり撮って、後で曲作りの参考にしたかったの。優がアニメのキャラクターみたいに緊張してる姿とか、思わず笑顔になる瞬間とか……すごく良い素材になると思って……だから何とかして、デート成功させたかったの」


 叱られた子犬のようにしゅんとした表情で謝る真珠。そのサファイアブルーの瞳がまっすぐこちらを見つめてくる。こんな顔されたら、怒るのもバカバカしくなってくる。


 結局、二人が曲作りのために必死に考えた結果なんだよな……。尾行までして撮影するのは行き過ぎだと思うけど、悪意があるわけじゃない。


「わかったよ……まあ、仕方ないって事にしとく」


 むしろ真珠が俺のデートを全力で成功させようと考えてくれてたことに、なんだか嬉しくなってしまう。我ながら単純だ。


 ふと周囲を見渡すと——。


「あれ、マネキンだと思ったら人だったの?」


「ちょっと、あの子、さっきみたポスターの女の子に似てない?」


「あっちも北斗に似てるー!ていうか北斗さま……?え?マジ?」


 女子高生らしきグループが指をさして、キャッキャと声を上げている。隣の店員さんは困った表情で、無線で誰かに連絡を取っているようだった。


 しまった。三人でいると目立ちすぎる。特に真珠と北斗は。


「やべ、こりゃマズいな」


 北斗が小声で言った。すっかり周りから注目を浴びている状況に、俺たちは今更気づいてしまった。


「と、とりあえず出よう」


 俺は二人の袖を引っ張るようにして店を出た。何となく落ち着かない気持ちで、けれど不思議と楽しくもある、そんな気分のままエスカレーターへと急いだ。


 人混みをかき分けるようにして一階へ降り、ようやく外の空気を吸い込むと少し肩の力が抜けた。


「はぁ〜……マジやばかった」


 北斗は額の汗を拭いながら言った。


「お店の人にも迷惑かけちゃったね……」


 真珠も少し申し訳なさそうな顔をする。だけど、その表情にも何となく笑いが混じっているように見えた。


 店を出た俺たちは、とりあえずその場を離れようと歩き始めた。暖かい陽射しがアスファルトを照らし、人々の足音と笑い声が行き交う渋谷の空気が、さっきまでの緊張感を少しずつ解きほぐしていく。


「北斗、喉乾いたでしょ。ほら、あそこに自販機あるよ~」


 真珠が意地わるそうな顔で前方を指差す。少し歩いたところに赤い自動販売機が並んでいた。


「あ~はいはい、奢らせて頂きますよ……」


 北斗は首の後ろを扇ぎながら言った。悔しそうに唇を尖らせつつも、どこか諦めたような目をしていて、それが逆に可笑しかった。


 俺たちは自販機へと近づいた。どれにしようかって並んだ瞬間、なんだか自然と笑いそうになる。さっきまでのドタバタが、ちょっとだけ面白い思い出に変わっていく気がした。


「何飲む?」


 北斗がポケットからコインを取り出し、小銭入れを手にしながら俺たちに尋ねる。


「えっと……麦茶で」


「私はミルクティーかな」


 真珠と俺の返事を聞いて、北斗は次々とボタンを押していく。缶が「ゴトン」と落ちる音が気持ちよく響いた。


「ほら」


 冷たい缶が手渡される。手に触れたその感触に、ほんの少し気持ちがほぐれた。


「あ、あっちのベンチ、空いてる!」


 真珠が声を上げる。少し離れた場所に、小さな広場のようなスペースがあった。中央には噴水があり、その周りに何脚かベンチが設置されている。人通りが多い割には、ちょうど一つだけ空いているベンチがあった。


 噴水から舞い上がる水しぶきが陽の光を受けて輝き、周囲では小さな子供たちが走り回っていた。道行く人々の声や笑い声、時折聞こえるストリートミュージシャンの歌声が、心地よいざわめきとなって広場を満たしている。


 俺たちはそのベンチに向かい、並んで腰を下ろした。


 三人そろって缶を開け、それぞれ一口飲む。


「やっべ、生き返る」


 北斗が大きく息をついた。汗でちょっと前髪がくっついているのが、やけに印象的だった。


 こうしてみるとやっぱりイケメンだ。さっきまではマネキンだったけど……。


 内心自分で呟いて、思わず笑いそうになる。


 すると突然、北斗が「あ」という表情になり、ポケットからビデオカメラを取り出した。


「せっかくだし、撮れた映像見てみるか?」


「え、本当に撮れてたの?」


 俺が驚いて尋ねると、北斗はニヤリと笑った。


「もちろん。プロだぜ?」


 いつからだよ……と思ったが口に出すのは止めておいた。


 北斗がカメラの液晶画面を操作する。再生ボタンを押すと、小さな画面に映像が映し出された。


 最初に映ったのは、服屋のディスプレイ前、っていうかほぼ最初からいたのか……。


 手振れが酷いせいか、画面が激しく揺れてる。プロのくせに手振れ防止機能も知らないようだ。


『やべ……!』


 北斗の声が小さく聞こえる。その直後、カメラが大きく揺れて――。


「あれ?」


 液晶画面には、なぜか北斗自身の姿が映っていた。どうやら隠れている途中、鏡か何かに映った自身の姿をカメラが捉えていたらしい。サングラスをずらしながら慌てて走る北斗の姿が、滑稽なほど鮮明に記録されていた。


「……なんだこれ」


 北斗の声がぽかんとした調子になる。


 場面は変わって、今度は店内の映像。ディスプレイの隣で、マネキンのポーズを取る北斗の姿が映っている。どうやら北斗がカメラを持ったまま、ショーウィンドウに映った自分の姿を撮影していたらしい。


『あの~お客様……?』


『し〜っ。しーっ!!』


 映像の中で北斗がしゃべりながら慌ててポーズを決めている。完全にマネキンの真似をしているつもりなのに、サングラスが鼻先まで落ちた状態で微動だにせず、顔だけはなぜかドヤ顔という奇妙な姿。


「ぷっ……!」


 思わず吹き出してしまった。


「こんなん使えるわけねーだろ!なんで俺ばっか映ってんだよ!」


 北斗が自分で喚きながら、ほとんど自己嫌悪といった表情で額を抑える。


「これ……ぷぷっ……初デートじゃなくて、もはや北斗のドキュメンタリーじゃん」


 真珠が肩を震わせながら、笑いをこらえきれない様子で言った。


 映像はさらに続く。店員さんが困った表情で近づいてくる様子や、マネキンのフリをして硬直している北斗の姿が、鏡に映った状態で次々と再生されていく。カメラワークはめちゃくちゃだけど、それが逆にリアリティを増していた。


「あはははっ!北斗、ほんとにマネキンになりきる気満々だったんだ。そんな人普通いる?」


 真珠が大爆笑しながら言う。


「うるせぇ!ここにいるよ!必死だったんだよこっちは!」


 北斗は顔を真っ赤にして抗議するけど、もはや説得力はゼロだった。


 俺も最初は呆れていたけど、この映像を見ていると、笑いをこらえるのが難しくなってきた。特に、北斗が「し〜っ!」と口に出しながらマネキンのフリをしているシーンは、何度見ても笑ってしまう。


「くっ……はははっ!」


 ついに俺も吹き出してしまった。思わず腹を抱えて笑ってしまう。本人は必死だったんだろうけど、客観的に見ると本当に面白かった。


「これはこれで面白くない?北斗の素顔動画集として!」


 真珠が目を輝かせながら言う。ほとんど涙目になるほど笑っていた。


「冗談じゃねぇ!こんなの見られるわけ……」


 北斗は必死に抗議しようとするも、自分でも画面を見つめながら次第に表情が緩んでいく。


「ていうか……はあ、もうどうでもいいわ。好きに笑ってくれ」


「ふふ、ある意味これも良い思い出になったね」


 真珠が潤んだ目で笑いながら言う。その顔を見ていると、なんだか優しい気持ちになる。


「思い出っつーか、黒歴史だな、これ」


 北斗もようやく諦めたように言った。


 噴水の水音を背景に、俺たちは液晶画面を覗き込みながら、しばらく笑い続けた。太陽の光が差し込む広場で、三人の笑い声が響いてく。


 こんなふうに笑える時間って、意外と初めてかもしれない。俺は缶を手に持ちながら、ふと空を見上げた。


 前にも千秋たちと出かけたことはあったけど、あの頃の俺はただ黙ってみんなの後ろをついて行ってただけだった。話を振られれば、無難に笑って、空気を壊さないように気をつけて……それで十分だと思ってた。


 でも今は違う。自分から笑って、自分から話してる。


 ただそれだけのことが、なんでこんなにも自由に感じるんだろう。


 ……なんで、今までそうしちゃいけない気がしてたんだろう……。


 別に誰かにそう命じられたわけでもないのに。


 ぼんやりしたまま視線を落とすと、真珠が不思議そうにこちらを覗き込んでいた。


「優?」


「へ……?ああ、ごめん何でもない!ぼうっとしちゃってた、あはは……」


 慌てて笑ってごまかすと、真珠は「ふーん?」と首を傾げてじっと俺を見つめた。でもそれ以上は何も言わず、すぐにいつもの笑顔に戻ってくれた。


 そんなやり取りを見ていた北斗が、ふっと笑って肩をすくめた。


「ったく、騒がせちまって悪かったな」


 ポケットに手を突っ込んだまま、俺たちを順に見回してニヤリと笑う。


「しゃーねぇ、ランチくらい奢ってやるよ」


「やったね!食べるぞ~!この前のファミレスリベンジ!」


 真珠が元気よく両手を上げてはしゃぐ。無邪気すぎて、ちょっと笑ってしまう。


「勝った覚えねえのにリベンジされるのか俺は……」


 北斗が呆れたように溜息をついた。


「優も遠慮しないでいいからね」


 真珠が俺の方を向いて、にっこり笑う。


 ……なんでだろ、その笑顔を向けられると、自然とこっちまで緩む。


 昔は、誰かの輪に入るのって、もっと気を張るものだった気がするのに。


 思わず、笑いながら頷いてしまう。


「お前が言う台詞じゃねえからな」


 北斗がジト目で真珠を睨む。けど、その口元はどこか緩んでいた。


「えへへ、細かい事は気にしちゃだめだよ桃子ちゃん」


 真珠がウィンクを飛ばすと、北斗が即座に声を張る。


「その名前で呼ぶなっつってんだろ!」


 ……ほんと、この二人といると退屈しない。美弥もいたらもっと収集付かなくなってただろうな。


「ぷっ」


 思わず吹き出した俺に、北斗が眉をひそめる。


「あん?どうした優?」


「いや……別に。ただ、二人があまりにも可笑しくて、つい……はぁ、最初は緊張してて、どうなる事やらって思ってたけど、今は二人のおかげで、最高に楽しいかも。美弥も一緒だったら、きっともっと楽しかったよね」


 ……自分で言っといてなんだけど、めっちゃ照れる。けど、本心だった。


 目を逸らしながらそう言うと、真珠がぱっと明るい顔で笑った。


 北斗は「……そうかよ」とだけ、ぼそっと言って、それっきりだった。


 三人で並んで歩き出す。


 ベンチを離れて、通りを抜けて、ファミレスへ向かっていく。


 少し先を歩く真珠が振り返って笑ってる。北斗はその背中を見て、ふっと鼻で笑った。


 なんでもなさそうにしてるけど、多分、ちょっとだけ嬉しそうだった。


 俺はその光景を、何でもないような顔して見てたけど――心の中は、この日差しのようにあったかかった。


 風が吹いた。なんてことのない風だったけど、妙に気持ちよくて、もう少しだけこの雰囲気のままでいたい、そう思えた。

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