第41話 音が降るステージの中で……
会場に響き渡る最後の音色が、ふわりと空気に溶けていく。私は舞台袖から、スポットライトを浴びる優の姿を見つめていた。
「……すごい」
思わず声が漏れた。優の曲は、今までとははまるで違う。彼の心が音に変わったみたい。教室の噂も誤解も全部吹き飛ばして、会場中の人が魅了されている。
舞台の上で頭を下げる優は、光の中で輝いていた。撮影の仕事が押して間に合わなかった私たち。一緒に立ちたかったステージで、優は一人で音を奏でていた。
胸がちくりと痛む。
一緒にいたかった。並んで、この瞬間を迎えたかった。あの音の中に自分がいない。それが悔しくて、ちょっとだけ寂しい。そして、その輝きに対するほんのわずかな——
「……私、なに考えてるの」
気持ちを振り払おうとして、頭を軽く振った。北斗の声がすぐ横から聞こえる。
「お前、それ、嫉妬ってやつだぞ」
意地悪な笑顔で私の肘を小突いてきた。
「はっ!?してないしっ!」
思わず声が大きくなる。自分でも顔が熱くなるのを感じて、北斗と目を合わせられなかった。
北斗はステージの優を見つめる。
「でも、あれ見て何も思わない奴はいねぇよ」
いつもの意地悪な感じじゃなくて、珍しく真剣な表情だった。
「だったら俺たちだって、やれるとこ見せてやろうぜ」
北斗が私の方を向いて、挑戦的な笑みを浮かべた。
「音楽やってるならさ——こういう時こそ、負けてらんねぇだろ?」
少し考えてから、私も笑顔で頷いた。
「ぜぇ……っ、はぁ……」
突然の息遣いに振り向くと、美弥が舞台袖に全力疾走で滑り込んできた。肩で大きく息をしながら、壁に寄りかかっている。
顔は無表情なのに、青ざめた頬に汗が滲んでいて、ただ息切れの音だけが「ギリギリだった」ことを物語っていた。
「お前……それ、走ってきたってレベルじゃねーからな」
北斗の言葉に、美弥は黙ってギターを構え親指を立てた。
やるべきことをやるって感じでみたい。
ふと顔を上げると、優が舞台袖から見ているのに気づいた。目が合って、小さく頷き合う。言葉は交わさないけど、なんだか通じ合った気がした。
「準備OKですか?次、入ってください!」
スタッフの声に背筋が伸びる。
北斗が美弥と私を見て、笑った。
「さーて……馬面の余韻、全部持ってってやろうぜ」
「うん!行こう!」
私も笑って答えた。
MCが盛り上げてる。
「お待たせしました!続いては——スペシャルユニットによる初披露!優Pの新曲『Change of Heart』——ライブ、スタートです!!」
私が一歩、ライトの方へ踏み出す。北斗と美弥がその後に続く。
三人の影がステージの床を走り、光の中へ——。
舞台が一瞬真っ暗になった。
静寂の中、北斗の低音ビートボックスが心臓の鼓動のように響き渡る。緊張感のある空気が一気に変わった。
暗闇の中、マイクを握りしめる。
「この音が聞こえたら、耳を澄ませて——」
私だけにスポットライトが当たる。
一小節だけアカペラで歌い始めた。声を張り上げて、高音を伸ばす。溜め込んでいた気持ちを全部吐き出すように——。
ロングトーンが終わると同時に、舞台は再び静寂に包まれた。
吐息と共に鮮やかな色が生まれていく。
皆が望んでいた音色――
美弥がギターをかき鳴らすと、照明が一気に点灯し、観客から歓声が上がった。
北斗が前に出る。
「準備はできてるか!――忘れられない日にしようぜ!」
私も声を上げた。美弥はマイクも持たずに、ギターを掲げて観客に手をかざした。
会場からは自然と手拍子が起こり、会場全体が一体化していく。歌いたいという気持ちでいっぱいになる。
「Let's go——!」
私の声を合図に、『Change of Heart』が始まった。北斗のビートに美弥のギター、優のピアノが交じり合う。
*傷つくたびに 閉じた声*
*うまく笑えなくて 逃げてばかり*
*だけど today, I found the spark*
*心が 今 動き出す*
客席を見渡すと、優の演奏を聴いて涙を流していた人たちが、今度は体を揺らしながら私たちの音楽に身を委ねている。
歌声が光の粒子へと変わり舞い踊る。
Bメロでは北斗のハモリが加わる。
*誰かに届かなくてもいい*
*誰より 自分を信じたい*
*I'm not afraid to fall*
*もう迷わない*
私たちの声が重なり合い、色鮮やかな会場の空気を震わせる。
そしてサビへ。
*Change of heart, break the silence*
*新しい私を ここで始めるよ*
*Change of heart, feel the fire*
*止まらない鼓動を 歌に変えてく*
歌詞に合わせて、両手を広げた。会場のペンライトが波のように揺れている。
北斗のラップに会場から悲鳴のような歓声。
*Check it out, 目覚めろ my mind*
*重ねる鼓動が次の sign*
*光を求めて break the line*
*この手で変えるぜ my life*
*殻を破って find my way*
*止まる理由は throw away*
*全部賭けるよ here I stay*
*声を重ねて make a new day*
北斗の声が途切れると、美弥のギターソロが激しく響き渡る。
一音ごとに観客が飲み込まれていく。会場全体が彼女の世界に飲まれてく。
そして、優のピアノが寄り添うように重なる。二人の音だけで場を支配する様子に見とれてしまう。
エモーショナルソロパートに入る。ピアノ伴奏だけをバックに。
*言えなかった言葉が*
*音になってあふれ出す*
*奪われた声も 途切れた夢も*
*今、すべて響け——*
*I'm not afraid, I won't let go*
*ひとりじゃない、この場所で*
*私の全部を、歌にする*
最後の音を伸ばしながら、ふと見上げると、優と目が合った。私が歌に全てを込めたように、彼も音に全てを込めている。
歌いながら、ふと思った。
さっき感じたのは嫉妬じゃない。そんな単純な感情じゃなかった。
あの音を聴いて「私も」と思ったのは、「もっと見せたい」という想い。優に教えてもらった、音楽で全部言えるという感覚。
今、それを伝えられている。
サビをもう一度繰り返す。
*Change of heart, break the silence*
*新しい私を ここで始めるよ*
*Change of heart, feel the fire*
*止まらない鼓動を 歌に変えてく*
最後の音が消えていくと、会場からは大きな拍手と歓声が沸き起こった。
優の曲を歌って、優のピアノに乗せて、私たちの音楽がここにある。
一人では届かなかった場所に、みんなで届いている。
光の中で深呼吸しながら、ステージの上で、微笑む大好きな人を、私は見つけた。
ああ……私……そっか――




