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第15話 Melody with You(1)

 朝、教室の前に立った僕は、軽く息を吸い込んだ。


 千秋との話を思い返して、ほんの少しだけ気まずい気持ちが胸に残っている。

それに、昨日から何となく気になっていることがもう一つ。


 真珠が楽しそうに話していた"北斗"。

スマホの画面に映っていた、あのモデルみたいな男。


 気にする必要なんてないはずなのに、なんだかモヤモヤする。


「……何なんだ」


 小さく呟いて、誰もいない廊下に声を溶かした。無理矢理頭を切り替えて、思い切って教室のドアを開ける。


 いつものざわついた教室。そして、その中心には――やっぱり真珠がいた。


「えー、スピカさんって動画とか自分で編集してるんですか?」

「モデルの撮影って、どんなとこでやるの?」


 次から次へと飛んでくる質問にも、真珠は笑顔でテンポよく答えている。

いつものことだけど、真珠はどこにいてもすぐみんなの中心になる。


 それが羨ましいとか、そういう感情は僕にはなかった。

ただ――あの輪の中に、僕が入れるはずもない。


「優!」


 教室に入った僕に、真珠の声が飛んできた。僕は思わずビクッと体を震わせる。


 すると真珠は、生徒たちの輪を抜けて一気に僕の元へ駆け寄ってきた。


「ちょ、ちょっと真珠……!?」


 唖然とするクラスメイトたちをよそに、真珠は僕の腕をガシッと掴む。


「ちょっと来て!」


 有無を言わせぬ勢いで、僕はそのまま引きずられるように教室を出た。

ざわつく教室を背にしながら、真珠は人気のない廊下まで僕を連れ出す。


「何?なんかあった?」


 僕が不安そうに訊ねると、真珠は満面の笑みを浮かべながらスマホを取り出した。


「ほら、これ見て!」


 画面には、見慣れた動画サイトのトップページ。


 僕がいつも曲を投稿しているサイトだ。


「……え?」


 真珠の指が示す先。そこには「急上昇ランキング」と表示され、その一位に――


『Smash Heart』

 

そして二位に――


『恋のボルテージ』


「え、何これ……」


 聞き慣れないタイトル。けど、見覚えのあるアーティスト名――優P。


「えっ……これ僕の!?」


 察しの悪い僕は思わず声を上げる。


 すると真珠が頬を膨らませて僕を睨んだ。


「そうだよ!優の曲だよ!」


「えええっ!?」


 思いがけない事態にパニックになる。でも、タイトルに全然見覚えがない。


「待って……僕、こんなタイトル付けた覚えないけど!?」


「そりゃそうだよ。だってタイトルなかったし!無題で投稿するわけにもいかないでしょ?」


 全く悪びれる様子もなく、あっけらかんと答える。


「だから私がつけたんだ!」


 真珠は胸を張って、得意げに言った。


「……っ!!」


 頭が真っ白になる。


「『恋のボルテージ』って何だよぉぉぉぉ!!」


 思わず叫んだ僕の声が、廊下に響き渡った。そんな僕を見て、真珠は一瞬キョトンとしたあと――


「……あははっ!! いや~、びびっときたんだよね~。可愛いタイトルじゃん!」


 悪びれる様子もなく、どこまでも楽しそうに笑う真珠。


「全然可愛くない!ダサい!僕の曲がそんなタイトルで……!」


「いいじゃん、だって急上昇一位と二位、どっちも優の曲だよ?むしろ誇っていいって!」


 まったく反省の色が見えない真珠。それどころか、自分のセンスを絶賛されたとでも思っているように、鼻歌でも歌い出しそうなほどご機嫌だ。


 一位と二位を取れたのは素直に嬉しい。だけど、なんだか釈然としない。


あのネーミングセンスだけは許しちゃいけない気がする……。


「はいはい、そんな顔しないの!」


 真珠は僕の肩をポンポンと叩きながら笑う。


「ほら、教室戻るよ!」


「……うん」


 納得できないまま、僕は真珠に引っ張られるように教室へ戻った。


 教室の中に入ると、チラチラとこちらを見るクラスメイトたち。


「また一緒にいる……」

「あいつ、何なの……?」


 そんな声が、ひそひそと耳に入る。


 でも真珠は、そんな視線や噂なんて全く気にする様子もなく、いつもの明るさで自分の席へと戻っていく。


 その背中を見ながら、僕は思わず小さく笑ってしまった。


 ――ああいうところ、かっこいいな。


 なんだかんだ振り回されっぱなしだけど、不思議と嫌な気分にはならない。


 そんなことを思いながら、僕も自分の席に腰を下ろした。

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