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ホワイト・ニュー・ワールド  作者: まそらいろ
第一章 空は遥か遠く
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第8話 妖精院

「はあ? なにそれ……?」


「だから女王の樹海の選抜合同試験だって!」


「いや、知らないんだけど……」


「あ? なんだ、お前。それ目的じゃないのかよ」


 ライナーはニーヴィアの反応に対し、興味をなくしたように額に皺を寄せる。そんなライナーに対し、その後ろで話を聞いていた魔導士の少女が口を挟んできた。


「あのねえ、そもそもあの試験にはA級以上の冒険者じゃないと登録できないって言ってたでしょ? この子は万年底辺冒険者(ライビギナー)なんだから登録することすらできないのよ!」


(グサッ!?)


「言われてみればそうだな。まあ、仮にお前が出ていても勝つのは俺だけどな。なんて言ったって俺はこの前A級に上がったからな。お前とは格が違うんだよ、格が」


(うざい……)


「ってわけであなたも二度とライナーに関わるんじゃないわよ? ライナーとあなたじゃ永遠に釣り合わないのよ!」


(ムカッ! ……いや、でもそれは同感かな。死んでもこんなやつと一緒にいたくないし)

 ニーヴィアは終始そのやりとりを冷めた目で見つめていた。

 ライナーもライナーなら、その仲間もその仲間ということだ。ニーヴィアは二度と関わることがありませんように、と心の中で念じながらそそくさとその場から離れようとする。


「……それじゃあ、私はこれで」


 なにやらライナーとその仲間たちがまだ何か騒いでいるようだったが、それを無視してニーヴィアはギルドの人混みに紛れた。


(せっかく、初めての街にきて気持ちよかったのに、一気に気分下がっちゃった……。いやいや、切り替えろ、私! 生きることを楽しむ! うん、よし!)


 ニーヴィアは自分の頬を軽く叩くと、長い列ができている受付に並ぶことにした。ここにきた目的は情報収集だ。右も左もわからない今、どんな些細な情報であれ大切になってくる。そのための時間を無駄にするわけにはいかない。

 そんなことを考えながら自分の番が来るのを待っていたニーヴィアだったが、ふと妙なことに気が付いた。


(……依頼書の数が少ない。この規模の街ならもっとたくさんあってもいいはずなのに)

 ニーヴィアの視線の先にあるのはこのギルドに寄せられる依頼が張り出されている掲示板だ。そこには本来貼りきれないほどの依頼書があるはずなのだが、それが今は数えるほどしかない。残っているのは軒並み高難易度の依頼ばかりで、そう簡単に他の冒険者も手が出せないのだろう。

 と、そこでニーヴィアの番が回ってくる。

 受付には優しそうな黒髪の女性が座っており、ニーヴィアに微笑みかけてくる。


「はい、こんにちは。今日はどのようなご用件でしょうか?」


「あ、えっと。私、この街に今日来たばかりなんですけど、ちょうど良さそうな宿屋と適当な依頼を紹介していただければと、思って」


「あ……。申し訳ございません。現在我々がご紹介できる宿泊先は全て満室になっておりまして……」


「え!? そ、そうなんですか……?」


「はい……。三日後に開かれる『妖精院』の合同試験を一目見ようと、各地から大勢の方が集まってきておりまして……。貴族の方が泊まられるようなホテルであれば、まだいくつか空きがあるのですが……」


「うぐっ……」


 ガダルテの依頼を達成したことで、ある程度の資金を持っているニーヴィアだが、それでも貴族のお財布事情と比べると雀の涙と言わざるを得ないだろう。無茶をすれば一泊くらいはいけるかもしれないが、それではその後が苦しい。

 となると残された手段は野宿か、他の街に移動するか、というところになってしまうが……。


「あ、あの! 他に宿泊できるところってないんでしょうか……。住み込みのアルバイトでもいいですし、なんだったら寝るところさえあればそれでいいので!」


「え、えーと、ご紹介したいのは我々も同じなのですが……」


「そうですか……」


「ああ、でも……」


「なんですか!」


 食い気味のニーヴィアに対して、少し驚いてしまう受付の女性だったが、すぐに表情を引き締めてこんなことを話し始めた。


「…………あまりおすすめできないことなのですが」


「はい! なんですか!」


「………………今までこれを話して引き受けてくださった方はいないのですが」


「大丈夫です! 体力には自信があります!」


「えっと、実は……」


 そう言ってその女性は一枚の紙をニーヴィアに差し出してきた。

 そこには依頼を引き受けた場合、期間中の寝食は無料で提供されると記載されている。


 なのだが。

 それに改めて目を通したニーヴィアは言葉を失ってしまう。


 なにせそこに書かれていたのは、あまりにも理不尽な内容だったのだ。




 ***




「……で、なんでライナーまでここにいるのかな?」


「それはこっちの台詞だ。この依頼はA級以上の冒険者しか受けられないはずだろうが」


「……背に腹は変えられなかったの! ……それと。一応ちゃんと正規の依頼で引き受けたから、ルール違反じゃないよ。ほら」


 そう言ってニーヴィアはライナーに依頼書を突き出すように見せつける。それを手に取って目を通すライナーだったが、それを最後まで読み切る前に、腹を抱えて笑い始めてしまった。


「だー、はははははははははは! なんだこれ! お前、こんな依頼受けたのかよ! そりゃF級でも受けられるぜ」


「だー、もう! うるさい! 私だって受けたくて受けたんじゃないの! 仕方なく、そう! 仕方なくなの!」


 現在。

 ニーヴィアとライナーはとある建物の敷地内にいた。

 それは見上げるほど大きな建物であり、すれ違う人たちは皆、同じ柄の服を身に纏っている。時折、時間を告げる鐘の音が鳴り響き、至る所から黄色い声が聞こえてくる学舎。

 それはつまり————。


 時は遡って昨日。

 冒険者ギルドにて。


『妖精院に通う生徒の試験に参加!?』


『はい。先ほども申し上げました通り、三日後に西にある女王の樹海にて妖精院に通う最上級生の選抜合同試験があります。その同伴者として参加していただく、というのがこの依頼になります』


『いやいやいや! 私、学生の真似なんてできませんよ!』


『いえ、この依頼はあくまで同伴者として参加いただくもの。そもそもニーヴィアさんは選抜合同試験の内容をご存知ですか?』


『し、知らないです』


 そんなニーヴィアの返事に軽く頷いた受付の女性は、さらにもう一枚の紙を取り出して図を書きながらこう説明し始めた。


『選抜合同試験は三人の生徒とA級以上の冒険者一人がパーティを組んで行います。各パーティは樹海の中に予め設置してある『妖精の涙(フェアリーティアーズ)』を集めることを目的とします。妖精の涙(フェアリーティアーズ)は全部で三十個樹海の中に隠されており、他のパーティが保有している妖精の涙(フェアリーティアーズ)を力尽くで奪い取ることも許可されています』


『で、でもそれはA級の冒険者が同伴者じゃないといけないって……』


『はい。通常であれば、この試験は上位階級の冒険者と経験を積むことによってさらなる学びを得ることを目的とした試験ですから、例外はあり得ませんでした。しかし今年は……』


『今年は?』


『大変申し上げにくいのですが、少々成績の悪い学生が取り残されてしまったようでして……。彼らに同伴する冒険者が今まで一人も現れなかったのです』

 この試験は冒険者との協力が必須になる。そんな中、生徒の成績が悪いという前評判があるパーティにわざわざ参加しようと思う冒険者はいないだろう。

 なにせ周りは優秀な生徒と、上位階級の冒険者で固められているのだ。晒しものになることがわかっていながら、それを引き受けるなんてことはしないはずだ。


『……ですので妖精院側も苦肉の策ということで、冒険者階級の制限を撤廃しました。とはいえ、これを説明した段階で全て断られてしまいましたけど……』


『な、なるほど……』


 ここで先ほどライナーの口から出てきた言葉の意味を理解した。

 あのライナーが語るほど大きな催し物であるにも関わらず、その参加者がいまだに集まっていない。寝食の提供すら惜しんでいられないほどの事態ということだろう。

 そんなこんなで悩むこと数分。

 ニーヴィアは色々な感情を格闘した結果————。


『わ、わかりました! 受けます、この依頼!』


 ということで今に至る。

 つまりニーヴィアとライナーがいるこの場所こそ。




 妖精領星王養成学院。




 通称、妖精院。

 妖精領の六天の星王(グラム・キングス)、『妖精王』を目指す者たちが通う学院。

 そんな場所にニーヴィアは足を踏み入れていたのである。


「で、ライナーもその同伴者だってことはわかったけど、具体的にそっちは何してるの?」


「ん? そりゃ鍛えまくってるに決まってるだろ。それが仕事だ。まあ、ここの生徒は優秀だからな、主に戦場での立ち回りなんかを教えてる感じだ」


「……そっか」


(さすが妖精院。未来の六天の星王(グラム・キングス)を育てる場所。A級に上がったライナーでもそれに劣らない実力を持つ生徒がいる……。私、大丈夫かな……)


 いざ引き受けたはいいものの、少々弱気になっているニーヴィアであったが、引き受けた以上全力で取り組むのがニーヴィアという女の子だ。

 試験まであと二日しかないものの、今日は初顔合わせの日。

 舐められないように注意しなければいけない。


「そういえば、お前のパーティ、エルフいないんだろ? そんなんじゃ、俺たちに蹂躙されるぞ?」


「……エルフが優秀なのはわかってるけど、種族だけで勝敗が決まるわけじゃないでしょ。それに随分と余裕みたいだけど、無駄口叩いてていいの? 一応敵同士だからね。油断しないように」


「俺がお前に油断? 笑えない冗談だ。こうなった以上、お前のパーティが弱かろうが強かろうが、徹底的にぶっ潰してやるよ。それが俺の仕事だからな」


 妖精院とはいえ、その生徒全てがエルフというわけではない。確かにエルフがその大半を占めるものの、人族や他の種族も決して少ないわけではない。

 ライナーはそう言うとニーヴィアに手を振って、どこかへ行ってしまった。対するニーヴィアは自分の担当する生徒たちが待つ教室へ向かう。さすがに妖精院と呼ばれるだけのことはあり、あまりにも広い校舎に迷いそうになってしまう。

 それでもなんとか教室の前にたどり着いたニーヴィアは教室前の大きな扉の前で大きく息を吸い込んだ。

 まさか自分が妖精領のそれも妖精院の敷地に入ることが許される日がくるなんて想像すらしなかった。この学院、いや、各領地の学院に通う生徒は将来有望なエリートだ。いくら成績が悪くてもそこはお互いに協力すれば乗り切れるはず。

 ニーヴィアはこのときまで本気でそう思っていた。


「ふぅー。……よし!」


 気合いを入れ直したニーヴィアはゆっくりとその扉を開けていく。

 中から漏れる光が一瞬ニーヴィアの目を眩ませるが、すぐに視界が開けていった。


 が、しかし。


「え?」


 扉を開けたニーヴィアの前に迫っていたのは、巨大な氷塊だった。それはニーヴィアを押し潰さんと頭上から猛スピードで落下してくる。


「ちょ、ちょいちょいちょいちょい!」


 ニーヴィアはその氷塊をギリギリのところで躱し、地面を転がるように回避した。しかし攻撃はまだ終わらない。

 今度は吹き飛ばされそうな突風が吹き荒れ、竜巻が出現した。その竜巻も全てニーヴィアに向けて放たれており、倒れているニーヴィアに追い打ちをかけるように迫っていった。

 ここでようやく腹を括ったニーヴィアは、両手で身体を起こし、そのまま距離を取ると、剣槍をその竜巻に振り下ろした。

 その一撃は竜巻を吹き飛ばし、教室に静寂を作っていく。


「ふう……。いきなりご挨拶だね、君たち」


 ニーヴィアの見つめる先。

 そこには同じようにニーヴィアを見つめている三人の生徒の姿があった。


次回 第9話 顔合わせ

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