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ホワイト・ニュー・ワールド  作者: まそらいろ
第一章 空は遥か遠く
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第6話 旅立ち

「……見送りかい? ガダルテ」


「……ああ」


「もう行ってしまうとはね……。もう少しゆっくりしていってもよかっただろうに」


「ニーヴィアにはニーヴィアの冒険がある。それが冒険者だ」


「……そうだった。そうだったね。久しく私も忘れていた気がするよ」


 ルモス村の入り口。

 そこにガダルテとマルクは立っていた。

 二人の視線の先にはどんどん小さくなっていく一つの馬車ある。その荷台に揺られている水色の魔女帽子を二人は優しい笑顔で見つめていた。


「そういえば、あの剣、どうするつもりだい?」


「ニーヴィアに蓄えていた魔力を祓ってもらった。心配はない。本当は息子に届けたいが……。難しいだろうな」


「……彼は今どこに?」


「さあな。連絡なんて何年もとってない」


「ニーヴィアちゃんに頼んでもよかったんじゃないかい? 彼女ならきっと探し出して届けてくれるよ」


「……実際、頼んでみた。でも断られた」


「ん? なぜ?」


「自分で渡してください、きっとその方が喜ぶからって」


「あはは。ニーヴィアちゃんらしいね。……本当に不思議な子だよ、彼女は」


「ああ、そうだな」


 そう言って、二人は笑い合う。

 笑顔が似合う、可憐な少女を思い浮かべながら。

 そこで急にガダルテはマルクに向き直ってこんなことを話し始めた。


「マルク。……俺、もう一度、旅に出ることにする」


「……そうか。なんとなく、そんな気はしていたよ。あの剣を届けるためかい?」


「それもあるが……。見てみたくなった、というのが本音だな」


「……」


「お前たちと旅した、あの美しい旅路を」


「……そうか。だったら、この村も忙しくなるね。なにせ、一番の稼ぎ頭がいなくなるんだから」


「……すまない」


「なに、冗談さ。……それよりも、この後、空いてるかい?」


「ん? ああ、空いているが」


「なら、一緒に行こう。ナナフィのお墓に」


「……そうだな」


「そして三人で話そうじゃないか。勇気ある少女の話を」


 そんな話をしている間に馬車はとっくに見えなくなってしまった。

 たった一週間。

 それだけの交流だったが、彼らの記憶にニーヴィアという少女はあまりにも鮮明に焼き付いている。

 彼女は、多くは語らなかった。

 冒険者同士、あまり詮索するものではないとわかってはいるが、二人としては少し気になってしまう。

 とはいえ、それはでしゃばりすぎというやつだ。

 だからこそ二人は祈ることにした。


 彼女の冒険に幸あれ、と。




 ***




「おーい、嬢ちゃん! このまま妖精領に入っちまうけどいいかー?」


「はい! お願いします!」


 馬車の荷台。

 そこに乗せてもらっているニーヴィアは元気に返事を返した。

 今日も今日とて快晴。

 彼女の機嫌も最高に高まっていた。


 あれから。

 アマキ・ラコスディアを倒した後。

 動けなくなったニーヴィアを連れてガダルテはルモス村に帰還した。

 それからニーヴィアは傷の治療をしながら、グランゾゴロンを倒した報酬である一週間の休息を取り、今日という日に新たな目的地へ向け出発したのである。

 そんな中。

 彼女はとあることを思い出していた。

 それは一週間の休息の最終日。

 ルモス村にある、一軒家を訪れた際のこと。


『ここか……』


 ニーヴィアは珍しく険しい顔をしながら扉の前に立つ。

 そして意を決したかのように扉をノックした。

 すると、中から「入っていいよ」という声が聞こえてくる。


『……お邪魔します』


 扉を開いた先に広がっていたのは、ごく普通の一室だった。木造のため床や壁は剥き出しの木材が多い。しかしかなり綺麗に手入れされているのか、汚れやゴミなどは一つもなかった。

 そしてそんな部屋の真ん中に座っている人物。

 茶色の髪にマルクの秘書のミールと同じ形の尖った耳を持った女性。鼻の上には小さなメガネが乗っかっている。茶色の髪は背中の後ろで一つにまとめられており、長さ的にはニーヴィアと同じくらいに見えた。


『……やあ、君が最近この村で騒がれている女の子だね。確か名前は、ニーヴィアちゃんだったかな?』


『はい』


『そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。私にその意思はない。さあ、そこに座るといい』


『……失礼します』


 ニーヴィアは言われた通り、その女性の対面に置かれている椅子に腰掛けた。と、同時に女性も立ち上がる。スタスタと部屋を歩き、キッチンへ向かうと手慣れた動作でお茶を入れ始めた。


『ハーブティーは飲めるかな?』


『え、あ、はい……』


『なら少し待っていてくれ。今入れるから』


 しかしニーヴィアは気を抜かない。

 その手捌きを築かれないように観察する。

 するとその女性はあまりにも自然な動作で火を起こし、お湯を沸かし始めた。

 それは魔術(・・)によるものだと理解はできるものの、どのような流れで発動させたのか、それをニーヴィアは理解することができなかった。


(……洗練された動き。違和感を感じる暇さえない魔術の発動。やっぱりこの人は……)


『そんなに見られると恥ずかしいよ。はい、これ』


『……あ、ありがとうございます』


『毒は入ってないから気にしなくていいよ。まあ、君はずっと見ていたわけだし、私が先に飲むのが手っ取り早いか』


 そう言って、その女性は自分で入れたハーブティーに口をつけていく。彼女はその香りを堪能すると、ニーヴィアをじっと見つめてこう切り出していった。


『で、どうしてここへ? マルクから私のことを聞いたわけじゃないんだろう?』


『……あなたがこの村で一番強いと思ったからです』


『へえ……』


 ニーヴィアがこの村に入って真っ先に感じたこと。

 それはガダルテがこの村一番の強者ではないということだった。しかしその人物は表立って動く様子はなく、それでいて敵意も感じなかった。

 ゆえにガダルテの問題が片付くまではニーヴィアとしても関わろうとはしなかったのだ。

 しかし出立が明日に迫った今、その真意は探っておかなければいけない。そうニーヴィアは判断したのだ。


『……驚いた。魔力は限りなくゼロまで落としていたはずなのに。さては君、気配(・・)を感じ取れるね?』


『……』


『図星かな? 生憎、私は人の感情を読み取るのが得意なんだ。長らくギルドマスターをしていたせいかな。顔の筋肉の微弱な動きでなんとなく何を考えているか読み取れてしまうんだよ。……まったくひどい職業病だ』


『ということは、やはりあなたが』


『そうとも。……私がここルモス村の先代のギルドマスター、セルカだ。以後よろしく頼むよ』


 マルクは先代のギルドマスターから、その座を引き継いだばかりだと言っていた。であれば、その人物はまだこの村にいてもおかしくはない。

 それがニーヴィアの予想だった。

 そしてそれは的中した。

 彼女の耳はハーフエルフのミールと同じ。であれば必然的にセルカもハーフエルフということになる。ハーフエルフはエルフと同じく長寿で有名だ。そんなハーフエルフがギルドマスターの地位にいたということは、その任期は想像を絶する長さだろう。

 つまり、ニーヴィアとは比べ物にならないほど人を見てきているということだ。


『さて、自己紹介も済んだことだし、本題に入ろうか。……何を訊きたいんだい?』


『……私は、私を取り戻す(・・・・)ために旅をしています。その手がかりを聞きにきました』


『……今会ったばかりの私にそんなことを聞いて答えられると本気で思っているかい?』


『少なくとも、この村にいる誰よりも真に迫っていると思います』


『へえ……。よく視て(・・)いるね』


 セルカの視線がより鋭くなった。光が消えたその目には、ニーヴィアの心を見透かすような深い何かが宿っているように感じる。

 しかし、それも一瞬だけ。

 すぐさま笑顔を取り戻したセルカは、どこか嬉しそうにこう返していく。


『いやー、悪いことをした。歳をとると用心深くなってしまってダメだね』


『え、えっと、あの……』


『答えはノーだ』


『え?』


『私には君の問いに答えられない』


『どういうことですか?』


『そのままの意味だよ。私では何も解決できない。君が私に何を望んでいるのかわからないけど、どれだけ知恵を絞っても、どれだけ魔力を用意しても、無理なことだってある』


『……』


『とはいえ、さすがに何もしないというのは心苦しい。だから道は示してあげよう』


『道、ですか……?』


 セルカはハーブティーを机に置いて立ち上がると、紙とペンを用意して何かを書いていく。それを書き終えたセルカは魔術を使ってその紙を丸めると、ニーヴィアに優しく手渡した。


『これは?』


『私はハーフエルフだ。であれば、エルフが集う都、妖精領への融通もそれなりに効く。その紙は妖精領の星都に入るための通行証のようなものだ。必要になったら使うといい』


『通行証?』


『君もそれなりに旅をしているからある程度わかっていると思うけど、六天の星王(グラム・キングス)が治める領地の中でも星都は厳重な警備が敷かれている。無論、絶対に入ることができないというわけではないけど、ある程度の手続きは必要だ。そんな面倒な手続きを無視できる通行証、になるものがそれ、ということだよ』


『どうして、私にこれを……。下手をすれば、あなただってただじゃ……』


 それはもっともな疑問だ。

 ニーヴィアが悪人であれば、それを利用して犯罪を起こすことだってできてしまう。六天の星王(グラム・キングス)のお膝元の星都でそんなことが起きてしまえばセルカとてただでは済まない。

 なのだが。

 セルカはそんなニーヴィアを笑い飛ばしてしまう。


『ははは! それはいささか私を舐めすぎだ。今日に至るまでの君の活躍。そして実際に会ってみての感想。それらを踏まえて私は君を信用(・・)するに値すると評価したんだ。伊達に何千年も生きているわけではないからね』


『……』


『まあ逆に君が私を信用できないのも理解できる。だから、使うべきときがきたら使うといい。持っておくだけなら損はしない』


『……いえ、信用します』


『へえ、それはどうして?』


『……あなたの気配は会ってから一度も揺らがなかった(・・・・・・・)。それだけです』


『……へぇ』


 ここで初めてセルカの表情が大きく変わった。それは困惑とも歓喜とも読み取れる表情で、ニーヴィアでさえ少し驚いてしまう。

 するとセルカはニーヴィアではなく、何者(・・)かに語りかけるようにこう呟き始めた。


『ああ、なるほどなるほど。理解したよ。これはもしかしたら私はすごい子と対面しているのかもしれないね。この数千年で、そこまで読まれたのは久しぶりだ』


『?』


『ああ、悪いね。独り言だ。…………ならもう一つ。ヒントを出そうかな』


 セルカは最後にニーヴィアの耳元に顔を寄せ、こう言い放った。




『妖精領ではエルフではなく精霊(・・)に会いに行くといい。きっと君を導いてくれる』




 そして今に至る。


「精霊、か……」


 その存在は一応ニーヴィアも聞いたことがある。

 何せ妖精領の頂点、六天の星王(グラム・キングス)の一人である妖精王が精霊、それも「大精霊」と呼ばれる精霊を使役しているのだ。

 存在だけならこの世界の誰だって知っている。

 だが、噂では精霊を知覚できるものはかなり限られているとも言われており、ニーヴィアであってもどうすることもできない状況だった。

 とはいえ。

 あまり考えすぎてもよくない。

 ニーヴィアは下げていた顔を持ち上げ、頭上に広がる青空に視線を走らせる。

 頬を撫でる風は心地よく、気持ちが良い。


 そんなニーヴィアは白く輝く剣槍を持ち上げて誰にも聞こえない声でこう呟いた。


「先生。私はまだ生きています。先生の分まで生きることを楽しみます。見ていてください」


 ニーヴィア・リアスリオン。

 彼女の冒険は新たなページへ進むのだった。


次回 第7話 妖精領への入り口

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