第2話 世界の理
六天の星王。
それはこの世界に生きる人々の憧れであり、目指す頂。
王の名を冠する最強の六人。
彼らの言葉は絶対であり、それに逆らうことのできるものはいない。
この世界はそんな六天の星王が治める六つの領土と、その中央に位置する独立国家によって運営されている。
各領土には冒険者ギルドや未来の六天の星王を育成する学院、また星徒となったものたちをさらに鍛える組織など、六天の星王を中心とした社会が確立されていた。
しかし。
六天の星王にはいくつかの決まりが定められていた。
一つは星王戦。
六天の星王は年に一度自らの領土で星王戦と呼ばれる戦いを行う義務がある。
これは一定の条件をクリアしたものたちの調整を受け、六天の星王の座を賭けて戦うというものだ。これに敗北すれば六天の星王の座を強制的に受け渡すことになる。
とはいえ、いまだにこの星王戦で敗北した六天の星王は数える程しかいない。
そして、二つ目。
これが最も大切で、最も忘れられていること。
六天の星王は世界の最高決定機関ではあるが、唯一例外が存在する。
それこそが、「魔宝使い」。
この世界には三大秘宝と呼ばれる三つの宝が存在すると言われている。
一つ、地の秘宝。
一つ、海の秘宝。
一つ、空の秘宝。
これら全て集めたものはどんな願いでも叶えることができると言われており、今ではおとぎ話の中でのみ、その詳細が描かれている。
だが。
六天の星王は違う。
彼らを超える権限を持つ存在。
それが秘宝を手にした魔宝使いだ。
三つの秘宝のうち、どれか一つでの獲得したものは魔宝使いと呼ばれることとなる。
そんな魔宝使いは唯一、六天の星王に命令を下すことができる。
ゆえにこの世界では、どんな時代、どんな環境下であっても魔宝使いを探し出すことは急務であり、六天の星王であっても彼らを無視することはできない。
そんな中。
六天の星王の下に一つの知らせが入る。
それは。
海の魔宝使いが、その秘宝を継承させるというものだった。
***
「いやー、ホント助かった! 正直ガダルテだけじゃどうしようもないと思っていたから正直ホッとしたよ」
「あ、あはは……。そ、それはよかったです……。え、えっとそれでこの状況は……?」
グランゾゴロンを見事討伐したニーヴィアはルモス村の冒険者ギルドに連れてこられていた。
ニーヴィアとしては冒険者ギルドにさほど用はなかったため、討伐の報告だけ行い適当に村を見て歩くつもりだったのだが、ガダルテがギルドマスターに話を通したいと言い出したため、渋々この場に留まっているという流れだ。
しかしどう見ても今のニーヴィアは好奇の目で見られている。
今のルモス村はグランゾゴロンを一撃で倒したニーヴィアの話題で持ちきりであり、今もギルドの受付ではニーヴィアを一目見ようと多くの人が集まっていた。
さすがにそんな場所で話をするわけにはいかず、ニーヴィアとガダルテ、ギルドマスタ―とその秘書の四人は別室に移動している。
「君はこの村を救った英雄だ。下の連中が騒ぎ立てるのも無理はない。ガダルテは一応とはいえ、この村最強の冒険者だ。そんなガダルテが敵わない魔物を討伐したとなればこうなるのは必定だよ」
「一応で悪かったな、一応で」
「ギルドマスター、それはガダルテさんに失礼かと。いくら旧知の仲とはいえ、場を弁えてください」
「おっと、ミールに怒られてしまった。ああ、彼女はミール。見ての通りハーフエルフだ。彼女は先代のギルドマスターの頃からこのギルドを支えてくれている優秀な秘書だ」
「そこまで詳しく語る必要はないかと。……とはいえ、挨拶が遅れました。紹介に預かりましたミールと申します」
そう言って金色の髪の間から少しだけ耳が出ている女性はニーヴィアに対して頭を下げた。エルフやハーフエルフは生まれつき膨大な魔力を有することや、その耳が長いことなど、通常の人族とは異なる点が多い。
彼女は長い髪を背中の後ろで一つにまとめ、線の細いスーツを着こなしている。両手には何やら綺麗にまとめられた資料のようなものが抱えられており、彼女の性格が少しだけうかがえた。
「そして私は現ギルドマスターのマルクだ。そしてこっちが……」
「ガダルテだ。見ての通りドワーフだ。さっきは本当に助かった」
「いえいえ、全然! 私なんて最後の最後にちょっと戦っただけですから」
ギルドマスターのマルク。
こちらはおそらく人族。漆黒の髪を掻き上げており、鼻には小さめのメガネが乗っかっている。それでいてずいぶん鍛えているようで白いシャツの下から筋肉が浮かび上がって見えた。
そしてドワーフのガダルテ。
ドワーフということもあって少し小柄だが、マルクを超える圧倒的な筋肉とそんな筋肉を隠すような分厚いプレートをふんだんに使った金属製の鎧を身につけていた。
「おっと、ここでの謙遜は嫌味になるよ? 特にガダルテには」
「うるせぇ、黙ってろ」
「ギルドマスター、そろそろ本題に」
「ああ、わかっている」
ミールにそう促されたマルクはニーヴィアに対して一枚の紙を差し出してきた。
「これが今回の報酬だ。あとで受付に行って受け取ってくれ」
「え、えっと、ちょっと見させてもらいますね……」
そう言ってニーヴィアはその書類に目を通していく。そして案の定ともいうべきことが記載されていた。
「あ、あのすみません……」
「ん? 何か問題でもあったかな?」
「私の冒険者階級なんですけど……。間違ってます」
「ん? おい、ミール。ちゃんと確認したのか?」
「え? い、いえ、さすがにグランゾゴロンを討伐した方ですので、改めて名簿は見ていませんが……」
「君ともあろうものが、そんなずさんな……」
「すみません、今、確認します」
ミールはそのまま手に持っていた資料を素早く確認していく。
冒険者として登録すると当然ギルド側にはその階級や今までの活躍が記録される。それはどのギルド支部に行っても職員は閲覧できるようになっており、情報伝達の面でも共有されることが多い。
のだが。
パラパラと資料をめくっていたミールの手がぴたりと止まった。
そして何か信じられないものでも見たかのような顔を作って固まってしまう。
「え……」
「どうかしたか?」
思わずガダルテが口を挟んでしまう。
それほどまでにミールは狼狽えていた。
そして声を震わせながら衝撃の事実を口にしていく。
「…………F級、です」
『は?』
マルクとガダルテの声が被る。
対するニーヴィアは顔を赤らめながら恥ずかしそうに魔女帽子を深く被り直した。
「い、いやいやいや! グランゾゴロンだぞ!? あの赤き牛魔だぞ!? それを一撃で倒せる冒険者がF級なわけ……」
「いえ、本当なんです、ギルドマスター……。ここには間違いなくF級と……」
そして再び、三人の視線はニーヴィアに集まる。
ニーヴィアは羞恥心を殺すようにものすごく小さな声でこう答えていった。
「わ、私……。後先考えず魔物を倒しちゃうことが多くて……。そのせいでギルド的な評価が最悪で……。F級から上がれないんです……」
「おい、マルク。確か、冒険者は自分の階級から一つ上の階級の魔物までしか討伐を許されていなかったよな?」
「当然だ。そしてそのルールを破ると報酬は十分の一、ギルドの評価はプラスどころかマイナスだ」
「で、でも私、知ってます……。階級不相応な魔物を討伐しすぎてF級から上がれない冒険者のこと……」
「……もしかして君は『万年底辺冒険者』と呼ばれているか?」
「んんぅー…………!! そ、その名前で呼ばないでください…………!」
耐えられなくなったニーヴィアは、瞳に涙を浮かべながら顔を真っ赤にしてぷるぷる震えてしまう。その仕草は先ほどまで戦場に立ち、グランゾゴロンを一撃で屠った少女にはまったく見えなかった。
だからこそ。
そのギャップに三人も抑えられなくなった。
「だ、はははははははは! なんだ、そりゃ。傑作だな、おい!」
「これは下のみんなが知ったら同じように笑われるだろうな。いや、かくいう私も……。ふふ」
「す、すみません……。ふふふ、ごめんなさい……。ふふふ」
「だから笑わないでください! 私だって、不本意なんですから、その呼び名!」
しかしここで、一番先に冷静になったマルク話を続けてく。こういうところは実にギルドマスターらしい。
「まあ、でも。逆に納得したよ。グランゾゴロンを一撃で倒せるような冒険者がこんな辺鄙な村に来ること自体おかしいからね。それこそ星都の冒険者レベルだ」
「え、えっと……。それで報酬は……」
「もちろん、十分の一だ」
「……で、ですよね」
「とはいえ、さすがに何もしないというわけにもいかない。こちらは間違いなく命を救われたんだ。とりあえず七日分の宿代と、生活に困らないだけの依頼の紹介。そのあたりでどうだろう?」
するとニーヴィアの顔はみるみる明るくなっていく。
基本的に常に金銭事情が逼迫しているニーヴィアにとってそれはあまりにも破格の提案だった。
ニーヴィアは目にも止まらぬ速さでマルクの手を奪うように取ると、目を輝かせてぶんぶんとその手を上下させる。
「ぜひ、お願いします!」
「あはは……。喜んでもらえて何よりだよ。って、ちょっと、痛い痛い……」
それを見ていたミールは素早く書類を書き換え、新たな報酬書をニーヴィアに手渡していく。
「ではこれを受付にお渡しください。今回のニーヴィアさんは魔物たちの討伐依頼を正式に受けた形ではありませんが、そこは私たちの方で書き換えておきました。せめてものお礼としてお受け取りください」
「ありがとうございます!」
それを聞いたニーヴィアの顔はさらに明るさを増していき、頬が自然と持ち上がっていく。
マルクやミールとしては村を救ってくれたのが彼女のような冒険者でよかったと正直安心していた。これが実力だけの横暴な冒険者だった場合はこうはいかない。それこそ階級やルールなんて無視して無理難題を押し付けられることだってある。
そんな危険性も考慮してガダルテを同行させて別室に通したのだ。
しかし、それは杞憂に終わった。
というかむしろ、二人はニーヴィアのその純粋な心に好感を持った。
今の時代、こんなにも純粋で笑顔の似合う冒険者は珍しい。
皆、六天の星王を目指すことしか考えていない。そんな彼らの目に闘志はあれど優しさはない。戦士としてそれは正しいのだろうが、果たしてそれが人として正しいのかと言われれば疑問が残るだろう。
「では、私はこれで! 失礼しました!」
ニーヴィアは大きな声で二人に頭を下げると軽い足取りで部屋を出て行こうとする。
しかし。
「ちょっと、待ってくれ」
その声の主はガダルテ。
ガダルテは一人神妙な面持ちでこう切り出した。
「この後、時間あるか?」
「え?」
そんなやりとりをマルクは一人、なんとも言えない表情で見つめているのだった。
***
「悪いな。付き合わせて」
「いえいえ、大丈夫ですよ。何せ、今の私はこんなにお金持ちなので」
ルモス村にある小さな酒場。
そのカウンターに二人は座っていた。
ニーヴィアは討伐報酬が入った布袋をガダルテに見せるように持ち上げる。その顔は今も嬉しそうでガダルテもつられて笑ってしまいそうになる。
「それはよかった。……お前、歳は?」
「十六です。なのでお酒は飲めません」
「そうか。なら酒以外で好きなもの頼め。今日は俺の奢りだ。助けてもらったお礼だな」
「え! いいんですか! えーっとじゃあ、このルモス村産オレンジジュースで!」
それからほどなくしてちょっとした料理と飲み物が次々と運ばれてくる。それをニーヴィアは美味しそうに食べ、ガダルテとの会話に花を咲かせていく。
「え! ガダルテさん結婚してるんですか!」
「まあな。子供はもう村を出ていったが。まあ、どこかで冒険者でもしてるだろ。あいつは俺が鍛えたからな。それなりにやるやつだ」
「素敵です。またどこかで会えますよ、きっと」
「……いや。それはない」
「うん?」
ガダルテはそう言うと手元のグラスに視線を落としてしまう。
その顔はどこか寂しそうで、悲しそうで。
どこか、絶望していた。
「え、えっと……。ガダルテさん?」
と、そのとき。
ガダルテは勢いよく、ニーヴィアに向き直ると、真っ直ぐニーヴィアを見つめてこう言い放った。
「一つ頼みがある」
次回 第3話 形見