第八幕 日本と世界の常識・非常識
本作では久しぶりの投稿です。
今回は事故から一年が経ち、ようやく海難審判所の裁決が下りました。
そしてそれを受けて、報道する各新聞社の記事内容と、海難審判所の裁決内容の違い。
今回の事故に関しての、浮き彫りになった日本と世界の常識・非常識の差。
それでは、良ければご覧くださいませ。
事故発生から一年が経ち、ようやく海難審判所の裁決が下った。
まず、裁決が下る前に横浜地検が事故当時の当直士官二名への、操船していない人物への異例と言える起訴を行った。
捜査の結果、海難審判所から海上自衛隊・第三護衛隊側に勧告が出された。
これを受け、事故当時の『あたご』艦長の一等海佐は「裁決に厳粛に受け止めたい、組織に勧告されたことは結果的に自分たちにも出されたことだと受け止めている」と記者会見で述べた。
そして海自のトップと言える海上幕僚長は「第三護衛隊に勧告が為されたことは重く受け止めており、再発防止に万全を期したい」と発表した。
要は『あたご』側の監視不十分が主因とし、所属部隊の第三護衛隊に再発防止に努力するよう勧告するという内容だった。個人の責任を問うよりも組織としての責任を問題にしたことで、艦長をはじめとした四人への勧告は見送られた。
各新聞社の新聞の一面には―――
――――衝突、あたごの不注意 海自へ教育勧告――――
社会面―――組織に勧告 戸惑う海自。前艦長 なお「漁船が原因」―――(朝日新聞)
――――衝突 あたご側に主因 海自に安全勧告へ――――
社会面―――海自 基本なおざり。「父と兄 悪くなかった」遺族や仲間 安堵の涙。前艦長 頭下げつつ「漁船に原因」なお持論―――(毎日新聞)
――――海自護衛隊に安全勧告 『監視体制不十分』――――
社会面―――「父と兄正しかった」遺族、安堵と悔しさ―――(読売新聞)
――――海自に組織責任 再発防止へ勧告――――
社会面―――「今さら二人は帰ってこない…」遺族 涙と不満―――(産経新聞)
――――海自に勧告 『あたご』主因――――
社会面―――『監視体制の構築不十分』海自の責任 厳しく指弾―――(日経新聞)
―――と、このような形で報道された。
あたたかも『あたご』が一〇〇パーセント悪いという風に言っているとしか聞こえない内容で、最後まで報じられることとなり、その証拠として漁船側への過失は一切報道されなかった。
だが、海難審判所の裁決が下ったことにより、この事故は一応の終わりであると国民は認識することとなった。
横須賀港の在日米軍基地。
近隣諸国の動きに敏感になりつつある東アジアの昨今の情勢下、日本の横須賀基地に置かれる在日米軍第七艦隊はアメリカ国外最大の軍事基地である。
現在のアジア情勢の動きによって、日米同盟の在り方や強化が問われる中、日本に居る世界最強の第七艦隊を率いるのが、彼女、強襲揚陸艦『ブルーリッジ』の艦魂だった。
黙っていれば庭の彫像のように美しく整っていた顔立ちをした、白い肌の金髪がよく似合った美少女なのだが、彼女は日々のストレスが溜まり、いつも機嫌が悪かったり性格が少々荒くなったりしてしまうのが常だった。
そんなブルーリッジは第七艦隊の旗艦として、いつものように忙しい生活を送っていた。そんな仕事の合間に、彼女はとある自衛隊内の関連した事件の報告書を見つけ、思わず失笑していた。
「……どうかしたのですか? ミス・ブルーリッジ」
ブルーリッジの近くで、水兵如きが座れそうにない椅子に腰を下ろし、優雅にブラックコーヒーを口に運んでいる黒いドレスを纏った貴婦人のような女性は、インド洋で予定されている演習のために横須賀港に寄港した空母『ジョージワシントン』の艦魂だ。
「……いえ、相変わらずこの国は異質だなと思いまして」
「……?」
ブルーリッジが目を通していた報告書を差し出す。それを受け取ったジョージワシントンがそれを見ると同時に、ブルーリッジが口を開く。
「例の自衛隊と漁船の衝突事故の件ですよ。 どうやら海難審判の裁決が下ったみたいです。 まぁ、予想通りすぎるといいますか、自衛隊に非があったということで決着したみたいです」
「…え? でもこの報告書には、それだけとしては決して書かれてないわよ。 ちゃんと漁船側の過失もここに書いてあるじゃない。 ほら、“本件衝突は、『あたご』が動静監視不十分で、前路を左方に横切る清徳丸の進路を避けなかったことによって発生したが、『清徳丸』が、警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである”って。確かに重大な過失は自衛隊側にあるけど、一〇〇パーセントってわけでは……第一、船舶同士の事故にどちらかが一〇〇パーセント悪いだなんて、絶対にありえないんだから」
「その通りです。 ですが、日本の新聞を読みましたか?」
「一応、この国の現状をよく知るための情報収集の材料の一つとしては利用しているわよ」
「私も糞忙しい中、その一環として日本の新聞は目に通します。しかし報告書と見比べてみるといつも面白いと気付かされますよ」
「…どういうこと?」
ブルーリッジは可笑しいと言いたげに、面白そうにくくっと喉を鳴らす。
「日本国民が気の毒だな、っていうこと」
「……それは言い過ぎでは」
「あくまで私たちの国から見ればの話ですよ」
そもそも、このような事故がここまで大きく、長く報道され続け、ましてや政争の具にされることなど、ブルーリッジたちの祖国アメリカでは考えられないことだった。
この『あたご』と漁船の衝突事故は一時、国会議員が地元会合等で発言したことがあるが、そのような、政治の所まで持っていくことは日本国外から見れば非常識なこと。
特にアメリカは国益を第一に考えている国だから、尚更政争の具にならないよう与野党が一丸となって対処に乗り出すだろう。
「この『アタゴ』という艦も気の毒ですね。 日本の自衛隊はどれだけ嫌われていることやら」
「でも、この艦に主因がある、もしくは重大な過失があるのは海難審判の言う通りだと思うわ。もちろん、漁船側にも過失はあったし、双方とも過失はあったということね」
「そもそも、軍艦と民間の漁船が事故を起こすということ自体が可笑しいことですけどね。 軍艦を優先して、民間船が避けるのが国際社会の常識ですから」
「……日本は、難しい国だから」
ジョージワシントンはまるで言及を控えるように、静かにコーヒーカップを口に付けた。
確かに、領海内で軍隊に所属する艦に優先航行権が与えられるのは世界の常識である。
日本国内では、自衛隊は軍隊ではないとしているが、それは日本だけが言っているに過ぎない。
世界から見れば、そんな日本の性質を理解する国などなかった。
そして、一般的に大型船は舵の効きが遅いので、小型船が退避することは法律でも決まっている。
「本当に、この国は可笑しいですね」
そう言って、ブルーリッジはくくくと喉を鳴らし続けた。
ジョージワシントンは黙って、コーヒーを飲むだけだった。
日本国内で起こった海上自衛隊の護衛艦と民間の漁船との衝突事故。それは外の国から見れば、最後の最後まで異質なものであった。
春の息吹は、海にすれば生温い。
そして春の匂いでもなく、微かに漂う潮の香りより、鉄や煙の匂いが少し強く、風に乗ってくる。
貨物船や漁船が近くを通りかかる航路の上を、護衛艦『みょうこう』が停泊港となる横須賀港に向かっていた。
現在、『みょうこう』は春から乗艦した新人クルーたちの訓練のために、日本各地をまわっていた。
そして、次の停泊港は横須賀だった。久しぶりの、横須賀だった。
行き交う船舶の数が増えていくのがわかる。日本で最も船舶が行き交う航路、浦賀水道が目前に迫っているからだ。
もちろん、すれ違うタンカーや貨物船だけでなく、小さい漁船が何隻もいる。
周りを行き交う大型船から見れば遥かに小さく、頼りない姿ではあるが、その小さな身で必死に日本人の食生活を支える漁業をこなしているのだ。大型船とはまた違って、その小さな身体だからこそ、時には自分に比する近さ、あるいは重い量の漁獲を精一杯行っている。
小さな漁船が一隻、『みょうこう』の近くを横切る。
その光景を前甲板から見詰めていた、大人のお姉さんっぽい雰囲気を持つ彼女は、漁船から小さな少女が手を振っているのを見ると、どこからか子供らしい笑顔を振りまいて、手を振り返した。
漁船は船首を上下に揺らし、まるで踊っているかのようだった。あるいは、『みょうこう』に手を振っているようにも見えなくもない。漁船は見る間に高速で、白波を残して遠ざかっていった。彼女は小さくなっていく漁船の背中を見送ると、自分も目的地の方へと視線を戻した。
彼女には目的があった。それは大切で、絶対に達成しなければいけないもの。
「……待っててね、あーちゃん」
彼女は一年ぶりとなる名を口元から紡ぎ、微かに綻ばせ、胸の前できゅっと手を握った。
周囲の船舶とは際立って目立つ、イージス護衛艦『みょうこう』が白波を立てながら、一路、横須賀港に艦首を向けて航行していた。
次回か次々回あたりで最終回の予定です。なんでこんなにアバウトかと言うと、実際自分でもまだよくわからないからです。ごめんなさい……
今回の衝突事故でもそうですが、色々と難しい事情を抱える日本だからこその事件かもしれませんね。
それでは、また次回。