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第二幕 最新鋭艦の日常

『あたご』は当時日本の五番目のイージス艦であり、事件発生の時はまだ就役して一年しか経っていない時でした。

最新鋭のイージス艦として期待され、就役以降の最初の時期は乗員の艦に慣らすための訓練やシステムの導入や試験等でやはり色々と忙しかったようです。

そんな忙しいあたごの日常。

 『あたご』が就役した同じ春の内に、乗員が自艦に慣熟するため、機器の操法等を中心とする慣熟訓練を実施した。同年五月から六月の間は、主として佐世保港及び同周辺海域においてイージスシステムのプログラムインストールを行うとともに、同プログラムの作動試験及び総合試験を停泊、航海に分けて実施し、同年五月下旬には横須賀港及び同周辺海域において装備機器の作動試験を実施した。

 続いて同年七月二日から八月九日の間、舞鶴港及び若狭湾において、舞鶴のFTG(海上訓練指導隊)の指導の下、各種部署訓練等を中心とする就役訓練を実施した。

 真夏の太陽が強く煌めく舞鶴基地に帰ってきた『あたご』は、『みょうこう』が繋留する対岸に繋留を開始した。入港部署の配置についたクルーたちがロープを岸壁の上と繋げ、繋留作業を行った。

 艦が繋留し、ようやく落ち着いた頃には既に日は落ちていた。残りの予定も終え、消灯時刻が過ぎて当直以外のクルーが眠りについて静かになった頃、赤い光だけが照らす薄暗い艦内で、一人の少女がタオルを持ってシャワー室に向かっていた。

 「お疲れ、あーちゃん。 なんだか大変ねぇ」

 「あ、みょうこう姉さん……」

 赤い光だけで薄暗い艦内だから、突然現れたみょうこうに内心少しビクッとなってしまったあたごだったが、表面に出すことは防ぐことができた。

 「久しぶりねぇ。 お姉ちゃん会いたかったわぁ」

 そう言うみょうこうは本当に嬉しそうだった。普段から素直すぎる姉に、あたごは苦笑した。

 「ここの所忙しかったから……」

 「そうね。 あーちゃんが最近舞鶴にいないものだったから、お姉ちゃん寂しかったわ」

 「……ごめんね、姉さん」

 「謝らなくて良いわよ。 だって仕方ないものね」

 就役したばかりの護衛艦として、しかも最新鋭のイージス艦だ。就役したばかりの最初はやはり色々やることが多いのはみょうこうも承知だった。

 「どこか行くの?」

 みょうこうはあたごが手に持っているタオルを見て、尋ねる。

 「うん…ちょっと疲れたからシャワーでも浴びようかと……」

 艦魂は別にお風呂やシャワーを浴びなくても身体が汚れるわけがないのだが、食べる時と同じで、そこは艦魂それぞれの趣味というか、自由である。それにシャワーの場合身体を清める以外でも、疲労から身を癒す役割を果たす。

 「あ……」

 あたごはしまったとばかりに口をタオルを持っていない方の手で覆った。こんなことを言ったら、「じゃあ私もあーちゃんと入るわ」と、みょうこうなら言いかねないとあたごは今更になって気付いたのだ。

 おそるおそるみょうこうの方を見るあたごだったが、反応は予想外のものだった。

 「そっ。 それじゃ、行ってらっしゃい」

 あれ…?

 さらりとスルーされた。あたごは拍子抜けしたみたいな顔を浮かべる。みょうこうはそんなあたごに首を傾げた。

 「どうかした?」

 「―――いや…ッ! あ、うん! すみません、なんでもありません!」

 「? そう?」

 あたごは自分の考えすぎであることを恥じた。そして姉を信用していない自分がいたことに気付いて少し自分に絶望した。もう一度、心の中で姉に謝ると、あたごはみょうこうと別れてシャワー室に向かった。

 だが、あたごが去る間際、みょうこうが掛けた言葉―――

 「ゆっくり入ってきなさい」

 何故か、その言葉が妙にひっかかるあたごだった。

 だが正直言って疲労の方が強かったことで、そんな疑問はすぐに消え失せた。早くシャワーを浴びて寝たいという欲求に従い、あたごは早足でシャワー室へと向かった。


 立て続けに装備機器の試験や訓練等を実施した『あたご』にとっては一段落した感じだった。そして彼女にとっても今の時間はようやく訪れた束の間の安らぎだ。

 「ふぅ……」

 露になった肢体に当たるシャワーの湯。暖かい感触が体中に染み込み、疲れを溶かしていく。雫が彼女の艶やかな肌を伝い、ほのかに帯びるその肌を白い蒸気が微かに隠す。

 ほとんどの者が眠りについた時間帯を見計らって、あたごは最近よくシャワーを浴びるようになっていた。ここ最近続く多忙な生活に対して、身体を癒したくなるのは当然だった。シャワーというのは疲労を溶かすのにもってこいの手段だった。

 実際、クルーたちが普段使っているシャワー室なのだから、彼女が使うといったらクルーがいない時でなければいけないのは色々な意味で当たり前である。だから消灯時間の後にシャワーを浴びることにしている。

 あたごは顎を上げ、正面からシャワーの雨を浴びていた。降り注ぐお湯を受け止めながら、あたごはこれからのスケジュールを頭の中で思い浮かべる。

 今日までに一ヶ月続いた就役訓練も終わり、これからの先も色々とやらねばならないことが山積みになっていることだろう。

 「……………」

 これからも大変だな、と思いつつも、これしきで弱音を吐いてはいけないとあたごは思った。国防の要として重要な存在である自衛艦としての自覚。

 きゅっと閉めて、シャワーの湯を止める。濡れた髪の端から滴る雫が落ちるのを視界に入れながら、あたごは少しの間だけ静寂に身を委ねた。

 「………」

 あたごは今日まで続いた一ヶ月の就役訓練を思い出していた。

 就役訓練では、FTGの指導の下で基本的な部署(各種任務を遂行するための艦内の態勢。一般船舶でも部署は存在する。入港部署・出港部署等。自衛艦の場合は戦闘部署等もある)の訓練を実施し、指導期間の最後に行われた舞鶴FTG司令による訓練成績審査での評価は“抜群”“優良”“良好”“可”及び“不可”の区分のうち、霧中航行が“良好”である他は“優良”という結果だった。

 続いて隊司令による訓練査閲では、基本的な部署及び行船法(艦船の運航に関して採るべき措置・手順等)の評価を実施し、基本的な部署については“優良”で、行船法は“良好”と判定され、隊司令がSQT(同年一〇月に予定しているアメリカでの装備認定試験)終了後に予定している戦闘部署に関する事項を除き、護衛艦として所要の練度にあることを確認し、総合判定を合格とした。

 合格というほっとする判定を貰うことができたが、それだけで終わらなかった。

 基本的な部署及び行船法の細部所見においては、更なる技能向上のための改善事項として、当直士官については入港作業時に視界が不良となった際の見張りへの指示及びCIC(戦闘指揮所)の活用不十分並びに霧中航行時の目標の確認不足、対処要領不適切等が指摘された。

 CICについては霧中航行時に注意すべき目標の警戒不十分、行船意図(当直士官の自艦運航に関する措置方針等)の把握の不十分等が指摘されていた。

 見張りやそれに関する情報伝達等は自衛艦関係なく船舶の世界では共通する常識であり、同時に特に重要すべき事項だ。

 あたごはその事に溜息を出したい気分だったが、これからも頑張らなければという気持ちがより強くなった。

 訓練査閲後、艦長が隊司令からこれらの指摘事項の詳細の説明を受け、改善を指示されていた。

 シャワーを浴び終え、身を癒すと共に気持ちを新たに切り替えたあたごはタオルを身体に巻きつけ、シャワー室を出ようと扉を開けた。

 「………あ」

 扉を開けると、目の前にみょうこうが洗面具が満載したカゴを脇に抱えた状態で立っていた。身体にタオルを巻きつけたあたごはその場で目を丸くした。

 「……………」

 「……………」

 お互いに黙って見合うその状態が数秒続いたが、みょうこうがあたごの今の姿を下から上まで見通すと、「…チッ」と舌打ちした。その瞬間、あたごはバタン!と扉を閉めた。

 閉じた扉に背を預け、あたごは思う。

 おそらくみょうこうは途中からシャワーに加わろうとしていたのだろう。だが既にシャワーを浴び終わっていたことを確認して、舌打ちをして見せた。

 ―――危なかった、あと数分シャワーを浴びていたら襲われていたのかもしれない……

 そんなもう一つの未来を想像して、あたごは嫌な悪寒を感じた。背を預ける扉からはみょうこうの甘い声が聞こえる。

 「あ~ちゃ~ん、ここ開けて~。 今度はお姉ちゃんと入りましょう~~」

 「私はもう入りましたからッ! 姉さんが私の次に一人で入ってくださいッ!」

 「それじゃあ意味ないのッ! 妹分を補充す…じゃなくて、あーちゃんを犯し…じゃなくて、あーちゃんの疲れを癒してあげた……じゃなくて、私はあーちゃんのすべてを舐めまわしたいのよッッ!!」

 「結局そこじゃないですかぁぁぁッッ!!!」

 必死に閉じた扉を抑え、悲鳴に近い声で叫ぶバスタオル一枚姿のあたご。そんなあたごを捕食せんとみょうこうが扉一枚越しから荒い息を吐く。

 「だ、駄目…ッ しばらくあーちゃんに会えなかったから私の妹分がぁ……ッ!」

 それが理由らしい。

 この状態で襲われたら洒落にならないと、あたごはその場から瞬間移動で逃げることを考えた。だが今は閉じた扉を抑えるのに必死で、それは難しい。

 「……………」

 「……?」

 と、その時。ぴたりとやんだ雰囲気に、あたごは怪訝に思った。シーンとした静寂に、あたごは妙な違和感を感じた。

 「姉さん……?」

 おそるおそる扉を開けると、そこには悲しそうな心配しているような、様々な感情を渦巻いた複雑な表情をしたみょうこうが立っていた。

 まるでまたやってしまったと言わんばかりにしょぼくれて、親の叱りを想像している子供のような表情だった。

 「……あーちゃん」

 「姉さん…?」

 その時、みょうこうはふっと優しい表情を浮かべた。

 「ごめんね、またやっちゃった。 あーちゃん、疲れてるのに……私、つい同じようなことを…」

 「姉さん……」

 優しくも、どこか少し悲しそうな笑顔を浮かべるみょうこう。

 みょうこうも本当にあたごの事が気にかかって仕方がなかったのだ。しばらく会えなかった間も寂しかったし、やっと会えた時はまたいつものように、いやそれ以上に彼女に接したかったのだ。

 疲れているだろうから休ませてあげようという気持ちも勿論ある。だが、彼女もまた寂しかったのだ。

 あたごはそれを理解して、自分を呪った。大好きな姉にこんなに心配をかけている自分に。

 「……いいんですよ、姉さん。 私、姉さんと久しぶりに会えて、嬉しかったですから」

 その言葉に、みょうこうはえっと驚いた表情になって顔を上げた。

 「ほ、本当に……?」

 「はいっ」

 嘘ではないと言うように、満面な笑顔で頷くあたご。

 そんな嘘偽りない本音の笑顔を見たみょうこうは、うるっと涙腺を緩ませ、同時にほわぁっと嬉しそうな表情になった。

 「あーちゃん。 おかえりなさいっ」

 「ただいま、みょうこう姉さん」

 笑顔を浮かべ合う二人の姉妹。実の姉妹でなくても、その光景は再会を分かち合う仲の良い姉と妹の絵であることは間違いなかった。

二話まではあたごとみょうこうの姉妹の仲を書きましたが……

早くも次回から本作の真髄である事件に入っていきます。

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