第一幕 “愛宕(あたご)”という名の少女
これは艦魂作品でもあるので、艦魂という設定部分の風景も描かれます。予定では今回と二話までいつものノリみたいな感じで艦魂たちの日常が描かれますが、三話から本作の真髄である衝突事故が書かれます。
ではどうぞ。
二〇〇七(平成一九)年三月十五日木曜日。一隻の護衛艦が新たに日本の海上自衛隊内で就役した。
日本の五隻目のイージス艦として就役した護衛艦の名前は『あたご』だった。
三菱重工業長崎造船所で起工、進水し、そして遂に就役に至った。因みにこの造船所は旧海軍の戦艦『武蔵』が建造されたという歴史があり、現存するイージス艦『こんごう』『みょうこう』『きりしま』も同じ造船所出身である。
『あたご』は第三護衛隊群第六三護衛隊所属として舞鶴にいた。
戦前から伝統的な軍港として栄えた舞鶴には、日本の国防の要となるイージス艦が二隻配備されることとなった。『あたご』はその二隻目となり、五隻目のイージス艦として誕生した『あたご』の舞鶴配備は海自内においては歓迎される出来事だった。
まるで要塞と言わんばかりに基地として栄えている舞鶴港の一角は海上自衛隊の有名な舞鶴基地だ。その岸壁には様々な自衛艦が繋留されており、港町の住民には見慣れた光景だった。
「あーちゃん、あーちゃん」
「みょうこう姉さん。 そのあーちゃんって呼び方やっぱりやめてくれませんか?」
岸壁に仲良く並んで繋留するのは二隻のイージス艦、『あたご』と『みょうこう』。そしてその『あたご』の艦上には二人の少女が仲良くくっ付いている……というよりは、片方が一方的に抱きついているだけのようにも見える。
「え~。 良いじゃない、可愛くて」
「恥ずかしいんですよ……」
そう言って頬をほのかに朱色に染めている少女は、『あたご』の艦魂だ。『みょうこう』の艦魂に抱きつかれる中で頬を染める姿は確かに可愛らしい。短く縛ったポニーテールに黄色いリボンが特徴的で、もう一人よりやや小柄な体型だった。しかし出る所は出ていて、整った顔立ちをしている美少女だった。
そしてもう一方の少女は、二〇代そこそこと言った外見年齢で、あたごと一緒にいるとお姉さんという感じがする。被る制帽から流れるクセのある長髪。左目の下には泣きホクロがちょんと浮かんでいた。『あたご』と負けらず美少女と言えるが、彼女には『あたご』にはまだ足りない大人っぽさという雰囲気があった。
しかし実際には『あたご』より子供っぽい所がある。こうして『あたご』に後ろから抱きついて頬をスリスリさせてる光景なども一例である。
「恥ずかしいことなんて何もないわ。 例え恥ずかしいとしてもそのうち慣れるわよ」
「あだ名も恥ずかしいですが、抱きつくのもやめてください」
「酷いわッ! あーちゃんと呼ぶのも駄目、抱きつくのも駄目。 姉妹の契りを交わした人にそんなことが言えるなんてッ! 姉妹の意味がないじゃないッ!」
姉妹の契りと言っても、これもまた提案したというか、言いだしたのはみょうこうの方である。あたごが就役して舞鶴に配備された時、特に大歓迎したのがみょうこうだった。自分と同じイージス艦の後輩が来てくれたというか、まるで妹が出来たような喜びようだった。
実際、みょうこうは実の姉のようにあたごを慕い、可愛がっている。次第にみょうこうはあたごと姉妹のような関係を望み、あたごに自分のことを姉さんと呼ばせた。
実を言うとあたごもそれは全然悪い気がしなかった。むしろみょうこうが姉妹になろうと言いだした時は驚きも大きかったが、嬉しさもあった。
自分が初めて来た時からずっと可愛がってくれていたし、あたごもみょうこうのことを姉として慕うようになっていたからだ。
こうしてあたごとみょうこうは姉妹の契りを交わしたのだが、それ以降、みょうこうのあたごへの愛着は日に日に増していくばかりだった。
「あーちゃんとも呼べず、抱きつくこともできなかったら、私は妹分が不足して死んでしまうわッ!」
「…なに、それ」
「姉はみんな持ってるのよ。 妹分が不足すると、姉は萎びてしまうの。 不足してしまうと、姉は妹にスキンシップをすることで妹分を補充するのよ」
絶対嘘だ。
「妹分がないと、お姉ちゃんは死んでしまうわ……」
はた迷惑で、気持ち悪い栄養分である。
「今、とても酷いことを考えなかった?」
「気のせいですよ、みょうこう姉さん」
変な所で勘が鋭いのがみょうこう姉さんなのだ。
「―――ということで、妹分を今から補充するわ。 さっきあーちゃんに酷いこと言われたからさらに妹分が減っちゃったから、もっとすごいことをするわ」
「今さらりと聞き捨てならないことを聞いた気がするよ。 なおさら拒否反応を示させていただきます」
そう言うと、あたごは両手を前に出してNO!と示した。次の瞬間、みょうこうはものすごいスピードでグタリと倒れた。
「え…ッ! 本当に萎びてるッッ!!?」
倒れたみょうこうの両目からシクシクと涙がものすごい量で流れ、池がみるみる広がっている。それがみょうこうの水分であると表すように、みょうこうの身体も萎びれていった。
「ちょっと姉さんッ! しっかりしてくださいッ!」
「妹妹妹妹妹妹イモモモモモモモモガガガガガガ」
「姉さ――――――んッッ!!?」
いかん、これは重症だとあたごは気付いた。池が広がるにつれてどんどん萎びていくみょうこうを前にして、あたごは一生懸命考えた。そして最善の方法を見つけた時、あたごは恥ずかしさによって顔を赤くした。
「……仕方ないですね」
諦めたように、ハァと溜息を吐くあたご。そして今度は魂が抜けていくのではないかと心配するほど萎びるみょうこうを見据えて、あたごの唇がそっとみょうこうの耳元に近づいた。
一息置いて、顔を赤くしたあたごが囁く。
「――――お姉ちゃん、大好き…」
「ふっかあああああああああああああああつッッッッッ!!!!」
バネのように飛び上がったみょうこうを前に、あたごは真っ赤にした顔を俯かせていた。
「今ので妹分が九九パーセント補充されたッ! あと二〇〇パーセント補充するためにあーちゃんを抱き締めるッ!!」
「色々おかしいですよ姉さ…!! きゃあああああッッ!!」
あたごはあっけなくみょうこうに襲われ、蹂躙された。あたごはジタバタと抵抗するが、人の動きを完璧に止める方法を何故か熟知しているみょうこうの技の前では無力だった。
「こぉら、そんなゴールデンから放送できないようなことは深夜の二時くらいにやりなさい」
桜のように華やかな通る声の持ち主は、はるな型護衛艦一番艦『はるな』の艦魂だった。彼女は第三護衛隊群の直轄艦で、第三群の中でも最古参であった。既に退役を待つ身であるが、建造計画当初から艦隊旗艦としての役割をさせるために就役したので、艦の司令部としての設備同様、彼女自身も旗艦として申し分ない才覚を今でも有している。
おしとやかで、気品が溢れる才色兼備な女性とは彼女の事。外見年齢は二十代後半で、みょうこうよりさらに大人な雰囲気が漂う。
「スキンシップよ」
あくまでそれを言い張るみょうこう。
その下で服を乱され、涙目になっているあたごをチラと見たはるなは、ふぅ…と溜息を吐いた。
「可愛がるのは良いけど、程々にしなさいよ。 せめて秩序を崩さない程度にお願いね」
「少しくらいオーバーな方が丁度良いから、これで良いのよ」
「あなたのは少しくらいじゃないのよ」
結局、はるなの説得によってみょうこうは渋々あたごを解放した。乱れた服を戻すあたごに、はるなが声を優しくかけた。
「許してあげてね。 みょうこうはあれでも昔から良い子だから。 ただ、表現の仕方がちょっと下手なだけなの」
「…はい。 大丈夫です。 私もそれだけはちゃんと知ってますから」
「そう」
あたごの言葉に、はるなは微笑んで頷いた。二人は、後ろの方でちょっとスネているみょうこうの方を見た。唇を尖らせているみょうこうを見て、顔を見合わせた二人は、それぞれ溜息と微笑を漏らした。
「ねえ……ッ」
みょうこうが何か言いかけたが、戸惑ったように口を閉ざした。あたごにいつもの呼び名を呼んで良いか困っているのだ。余程だったのだろう。あたごにはやっぱり嫌がることはできないと思ったのか。だが、それだけみょうこうがあたごを大事に思っている証拠でもあった。
「仕方ないですね」
「え…?」
「あーちゃんって呼んでも構いませんよ。 みょうこう姉さん」
ニコリと微笑んだあたごが言った言葉に、みょうこうは目をぱちくりさせた。そして言葉の意味を捉えるとふるふると涙目で震えだし、瞬間的な速さであたごに抱きついた。
「あーちゃぁぁぁぁぁん」
「姉さん……」
あたごの胸に飛び込むみょうこう。それを宥めるあたご。どちらが姉かわからない絵だった。それを微笑ましく見詰めるはるな。
「妹分補充ぅぅぅぅぅぅぅ」
「懲りてませんねッッ!!?」
あたごの胸に顔を寄せて離さないみょうこうに、あたごはまた苦戦するのだった。はるなは最早呆れたように溜息を吐いて、だがそんな姉妹のやり取りをいつまでもそばで微笑ましく見学していた。
そんな楽しい日々が、微笑ましい日々が、それからも続いていた。
最新鋭のイージス艦としても期待され、演習や航海の時も順調で、特に変化が見られない日常だった。みょうこうをはじめとした艦魂たちとの交流も、より深く、そして永遠のように続いていった。
そんな日常が突然崩れさるなんて思いもしなかった。期待されていたものが、周囲の見るものや、特に自分自身が、これから先劇的に変わるものだとは特に予想していなかった。
少なくとも、あの時までは―――――
あたごとみょうこう。この二人の関係は神龍と榛名に似ているかも。わからない人は気にしないでください。
次回もこんな調子ですが、ご了承ください。
三話からこの作品の真髄を書きます。
次回は明日投稿します~。再乗船日まであまり時間ないので、なんとか出来るだけ書きたいと思っているので……
あとここでお伝えしますが、この海難事故を通じて私の経験や知識、船舶での常識や法律等も書いてみたいと思います。上手く書けるかどうかまだわかりませんが、自分なりに頑張って書きますのでよろしくお願いします。




