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滑空飛行

ステラはローレルに目配せして、中腰でフェイの元に走った。

 「フェイ、今はダメだよ、一回でよう」

 「・・・」

 「いいから!」

 無理やりに腕を引いてブリィーフィング・ルームから連れ出す。

 「すいませんね、みなさん、私からよーく言っときますので・・・ご容赦ください」

 ペコペコと頭を下げつつフェイを引きずる。

 ローレルから(頼む)と視線が来る、頷くステラ。

 

 「もう、フェイってばあんな言い方して、ダメじゃない」

 「上手くいく確率は私の案の方が高い」

 「そうかも知れないけど!けどね、それだけじゃないのよ」

 「それ以外の要素があるのですか?」

 背の高いフェイをステラは廊下の壁まで押し込んでいく。


 「リンダの姉さん、エレナの彼氏がレゾリュー基地にいるの、その彼はエレナの殉職をまだ知らないのよ」

 「無線があります、伝えることは可能です」

 「出来るけど、出来るけどエレナの遺体は回収出来ていないし何処にいるかも分からない」

 「このままじゃ、リンダも彼氏もエレナの死を受け入れられないのよ、せめて彼女が見た最後の景色をその目で見て、リンダの言葉で伝えたいのよ、その権利と義務が彼女にはあると思う」

 「しかし、途中で撃墜されてしまえばその思いも果たせません、合理的とはいえません」

 「姉妹が一緒に生きてきた二十年の月日は、合理性だけじゃ割り切れることはないの」

 「それにね、少しの可能性でも努力するのが人間というものでしょ」

 初めてコーンスネークの瞳が動いた。

 「努力・・・」

 「そう、みんな何かのために生きているの、辛くても、哀しくても」

 「・・・」

 「それにね、ちょっとは信用しなよ、簡単にはやられないわよ、私たちだって」

 トスンと軽くボディブロー。

 「あと内緒にしてたけど、私もレゾリューには気になる人がいるの、その人の力に私がなりたい、他人まかせじゃなくてね」

 「ステラさん・・・」

 「人の恋路の邪魔は許さないわよ」

 ウィンクを残してステラはブリィーフィング・ルームに戻っていった。


 硝子の窓に映ったフェイの影が真っ直ぐ下に落ちる、壁に背を預けたままズルズルと床に座り込んだ。

 みんな何かのために生きている。

 どう生きるかを考えたことはなかった、どう死ぬべきかが全てだった。

 同時に他人の希望や願いを考えることが抜け落ちていた。

 呪いは自分自身の中にあったのではないか、他者を傷つけまいと囲い閉じ込めた感情が腐敗し毒となり周囲の人を汚染する。

 自分は腐った果実だと思った、同じ器の果実を共に腐らせてしまう。

 (生きるための努力をしろ、俺と共に戦え)

彼の言葉が胸に刺さる、枯れ果てた感情の湖にさざ波が立つ、たとえ埃の波でも生きるきっかけにはなり得るのかもしれない。

 自分の望み、誰からも奪わず傷つけない、腐敗した部分を切り落とすことは出来るだろうか、努力は間に合うだろうか。

 呪いは努力することを許すだろうか。

 (信用しなよ)


 ガラス戸の向こうのブリーフィングは続いていた、ローレル少尉が作戦の全容を説明している。

 「作戦決行は二日後の夕方、完全に日が落ちる前にレゾリューに飛び込む」


 「二日後の夜!」

 フェイは何かを決意して廊下を走り出すと、倉庫に駆け込んだ。

 「うわっ、脅かすなよ、フェイ曹長、何か用かい」

 「室長、スコップを借りられますか?」

 「ああ?スコップかい、そこに有るよ、で何に使うんだい」

 備品室長の質問が終わった時、既にフェイの姿はスコップと共に倉庫から消えていた。


 一度部屋に戻るとライダースーツに着替えて、そのままサガル神山赤石沢に向けて駆け出していた。


 ブリィーフィングを終えてステラが部屋を出たとき、そのまま廊下にいるだろうと思っていたフェイの姿はない。

 「フェイ?」


 基地の裏手の尾根を登っていくと断崖絶壁のガンガラシバナと呼ばれる岩場に出る、その頂点から地上までは二千五百メートルはあった。

 上流を登っていけば赤石沢だ。

 何か荷物を背負えば体重の軽さは仇になるが、負荷がない状態ならば体重の軽さは利点だ、チヒロ程の速度で移動することは出来ないが、急斜面を跳ねるように登る。

 カカポ機では上昇不可能なルート、人力であるからこそ選択出来る近道。

 コールスネークは無表情のままに呼吸を荒げる、何の感情も映さなかった瞳の奥に僅かに後悔と願いを交互に灯しながら、人の限界を超えて身体を押し上げる。

 狭い尾根つたいに走る、標高二千メートル、低酸素が負傷した身体から体力を奪う、でも足を止めない。

 (会いたい、チヒロに会いたい)

(あの真っ直ぐで眩しい視線を正面から見てみたい、目を逸らすことなく)

 (会っても何も話せない、何を言えばいのかは分からない・・・でも)

(今の自分には合う資格すらない)


白金のロングヘアーの先まで汗で濡れたころに断崖の頂点に辿り着いた。

 切り立った壁は山から湧水に削られ垂直に割れた岩が鋭く牙を研いでいる。

 フェイはライダースーツを非常脱出用スタイルに変更する、ムササビのように手足をテントで繋ぐ、戦闘時には出来ないスタイル。

 飛行帽を被り、ゴーグルを装着する、目標は撃墜された時に見たエレナの機体。

 「ふうーっ」

 深く深呼吸をひとつ。

 ダッ 短い助走に最大限の加速を乗せ、躊躇なく空中に身を躍らせた。

 ビュウウウウッ

 人間の自由落下速度は毎秒十メートル、三秒で時速百キロに到達する。

 鋭い岩に少しでも触れれば一瞬で切り裂かれる。

 「いける!飛べる!!」

 撃墜された時にライダースーツで飛んだ感覚、テントで翼面積を確保出来れば降下速度を生かしてもっと遠くまで飛ぶ事が出来ると確信があった。

 五百メートルの断崖の半分まで到達、ウィングを展開、やり直しは利かない。

 バウッ 両翼と尾翼の帆が風を掴む、落下エネルギーが前進エネルギーに変換される。

 ウィングスーツによる滑空飛行。

 無動力でカカポ機以上の速度を持って赤石沢の渓谷を飛んでいく。

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