プレジャーボート
港に大型のプレジャーボートが停泊している、白い船体は優美なだけでなく高速で航続距離も長い高性能なもので、内装にも贅を尽くした豪華なものとなっている。
登録はポッター病院、実質的オーナーはドン・フッジャだ。
マルスたち竜子拉致作戦の失敗と壊滅の報を受けて国外脱出を早々にフッジャは決断した、残った幹部と構成員に出航の準備を急がせていた。
「ポッターはまだ到着しないのか!?」
「はい、病院の方にはもう誰も残っていないようです」
「裏切ったな!ポッター」
「どうなされますか、フッジャ様」
「暗いうちに公海に出なければタルシュ帝国海軍の保護を得られない、時間最優先だ!」
フッジャはタルシュ帝国の工作員も兼ねていた。
「燃料の積み込みに一時間ほどかかりそうです、あと食料が間に合いません」
「かまわん、タルシュ帝国の艦船から補給できる、三十分で出航するぞ」
「畏まりました!」
危機的な状況なのが普段より早口なフッジャの口調から読み取れた、数年働いていて初めて耳にする。
「急げ、燃料は半分でいい、エンジンを回すぞ、タグボートを付けろ!」
船長は出航のための手順を飛ばして離岸を急ぐ、当然、港安局の許可など取っていない、巡視船に見つかればアウトだ。
さすがに武装はない、人が装備する小銃を搭載する予定だったが、小さくとも機銃や魚雷を装備したコルベット艦にでも追われたら逃げられない、まして領海内では航空機に発見されたら手の出しようがない。
戦局は圧倒的に不利だった。
「ポッター班長は利口だ、敗者が誰なのか知っているな・・・」
ポッターだけではない、船員の中に召集に応えない者が多数いる、皆リーベン国の犯罪者に対する姿勢を知っているからだ。
特に内調と軍は容赦がない、圧倒的武力で制圧される、制圧それは死を意味する。
船長は小銃を積載することを断念した、万が一にも船員がリーベンに銃口を向けたなら、一発の銃弾が数万倍の威力の魚雷や艦砲射撃、航空機の三十ミリ機関砲で返される、タイムはない、この船が彼らの視界から消えるまで止めてはくれない。
「小銃や武器の類は乗せるな!」
無ければ間違いは起きない、フッジャには内緒だ、万が一の時はフッジャを排除して投降する、船員たちをみすみす殺すわけにはいかない。
フッジャは無線を掴んだきり離さず何処からとやり取りをしている、怒鳴り合っている声が聞こえてくる。
船長はそもそも出航すること自体が間違いである気がしてきた。
「警察か内調の取り締まりが来てくれた方がありがたいな・・・」
マフィア・テッド・カドゥーナの活動は終わりだ、随分稼がせてもらったが命はまだ惜しい。
「駆逐艦でいい、護衛を大三艦隊から向かわせろ!我らを見捨てる気なら投降して知り得る情報をリーベンに流すぞ、よく考えろ!」
(見捨てるとは言っていない、リーベン沿岸にはやつらの潜水艦がウヨウヨいるんだ、簡単には近づけんと言っているんだ)
「同じ事だ、こちらは拿捕されるか撃沈されるかだ、なんとかしろ!」
(努力はする、合流ポイントで待て)
「努力だとっ!ふざけるな!!必ず ブツッ」無線は一方的に切れた。
「ファアーーーーークッ!!」
投げつけた無線機はなんとか壊れなかった。
「私がいったいどれほどの浄財をタルシュにもたらしたか分かっているか、クズどもめ!」
人道で世界に尊敬されているリーベン国が非道に人身売買と麻薬で国を肥し、武力を拡大しているとの悪評を世界に知らしめることが工作目的だった、同時並行で進めていた麻薬の王ベータロインを使った内腐作戦が頓挫してからも数年は順調に進んでいた。
しかしリーベン国の内閣が代わり内閣情報調査室に新たな長官が就任してから流れが変わった。
最大最後の大取引、特Aクラスの竜子の拉致輸出、たったひとりの拉致に失敗して十年の努力が総崩れだ。
おまけに大口の買手だったノスフェラトゥの街が国籍不明機の爆撃を受けて半壊、教団は翌日地下に潜ったという、どこか別のオアシスへ拠点を移したのだ、もうドン・フッジャの名前では取引できないどころか殺し屋に追われかねない。
容易い作戦のはずだった、女兵士ひとり拉致に各班のリーダーと傭兵部隊までつぎ込んで全滅するとは思いもしなかった。
取り返しのつかない失態、再起するためには金が必要だ。
「さらなる組織を作らねば・・・我の野望はまだ遠い、やり直しだ」
ダグボートがプレジャーボートを牽引して船首を外洋に向けるためロープを繋ぐ。
タンタンタンッ ダクボートのエンジン音が静かな港に響く。
「ようし、出られるぞ!」
「フッジャ様、出港します!」
「五分遅刻だが仕方あるまい、出せ」
ガアボォォォォッ スクリューが水を噛み、白泡を立てる。
ゆっくりと前に進み始める、船長は少し残念そうに港の倉庫群を見下ろした。
港の防波堤まで少しというところで目の前が眩いライトで遮られた、小型戦闘ボートが防波堤の出口を封鎖している。
「!!」
やはり既にマークされていた、船長はライトの向こうに目を凝らす、ボートには銃座が設置されている、銃把を兵士が握り銃口がこちらに真っすぐ向いているのが見えた。
掲げられた旗はリーベン国海軍のものだ、船長は迷わず非常警報を鳴らす、船員には事前に通達している。
ジリリリリッ 艦内にベルが鳴り響く。
「!!」
「なんだ!?」フッジャだけ通達を聞いていない、船が速度を落とし停船しようとしている。
ダダダダッ ドタドタ ガシャン 船員たちが走っている、扉の開閉音もする。
「敵か?こんな早く、船長はなにをしている!?」
部屋を飛び出し操舵室に上がるとそこには誰もいない、既にエンジンも停止してしまっていた。
「どういうことだ!?」
周囲にはサーチライトをこちらに向けた戦闘ボートがひしめいている、リーベン海軍だった。
パアァアアアァァッ 一つ目のフクロウが15.7mm機銃を向けながら操舵室の空中を横切った。




