柔術
カーテンから除く僅かな灯り、裏口に回るとピッキングで静かに開錠する、薄く扉を引いて中を確認すると小さな勝手口は暗い。
その向こうにもう一枚扉がある、音もなく侵入すると静かに外扉を閉めた、そのまま内扉に耳を付けて中の様子を探ると音楽らしき音が小さく聞こえる、足音や話し声はしない。
罠である可能性は捨てきれない、ここまでことごとく嵌められてきた、嫌な予感が汗となって全身を濡らす。
引き返すことは出来ない、再起のための実績が必要だ。
意を決してノブを回す、カチャリと音と立てた扉を押すと薄暗い部屋の隅にハイバックのソファー、脇には丸テーブル、空になったグラスと酒瓶がある。
ハイバックからプラチナブロンドが見えている。
「寝ている?」
小銃をナイフに持ち替え、後ろ手に扉を閉め息を殺してソファーに近づいていく。
口を押さえてナイフを喉元へ、生きたまま攫う、どうやって運ぶか、さっきのトラックはルチルたちだろう、とすれば生き残ったトラックはもう一台あるはず、あの場所まで引き返すか、いやポーターだ、谷を越えて隣の林道に出てポーターに連絡を取る。
閉めた扉の裏側に闇に同化した影が立っていた、黒いドーランを塗った顔はチヒロだ。
ラーテルの背後に影が揺らめく。
ガッ ブロンドの女の頭を押さえナイフを首に当てる、「動くな!・・・?」
固い感触、覗き込んだ女の顔はのっぺらぼうのマネキンだ!!
「くそっ!」
「鈍いな・・・」
「!?」
いつの間にか背後に立たれていた、振り向きざまに影に向かってナイフを振る。
ブオンッ 厚刃のコンバットナイフが空を切る。
そこにいるのに空を切った、幻のように実態がない。
後退しながらナイフを構え直す。
「おっさん、やめときな、怪我するよ」
黒い幻が白い歯をみせた、そこだけが現実味を帯びる。
「小僧一人か、舐めおって、切り刻んでくれる!」
「無理すんなって、ジジイは座ってな」
「笑止!」
ユラユラと肩を揺らしながらモーションを隠す、バッ、ババッ、ナイフを突き出す。
最速で突き出されたナイフを影が吸い込む、届かない。
「遅い遅い、そんな身体の使い方じゃ動きを読まれる、上段者には通用しないぜ」
「!!」
煽られて頭に血が上る、冷静さを失うと大振りになる。
ブンブンと振り回すが揺らめく影は、振りかぶる初動の動きから軌道を予測している、ナイフの切っ先が通る場所にはいない、余裕をもって躱している。
「呼吸がだめだ、力任せに振っているだけじゃ隙が多すぎる」
ハアッハアッ ラーテルの肩が上下している。
「もう息が上がっちゃったの?走り込みもしてないね、この国じゃ初等の学生にも勝てないぜ」
「五月蠅い!逃げるばかりの臆病者が!」
「敵の技量も分からないとかあり得ない愚鈍さだな」
「このガキがぁ!!」
上段から振りかぶり、頭頂めがけて振り下ろしたナイフを躱すと同時にナイフを撃ち落とす、体制を崩されてつんのめった所に膝を飛ばす。
突き上げられた膝には金属製のプロテクターが装備されている。
バキャアッ 「ぐぼぉぉおっ」 白い歯が撒き散らされ、口の中を切られて出血に喘ぐ、押さえた掌から滴り落ちていく。
後ろに距離を取ろうしたところを影の足が鞭のように伸びてくるのが見えた、顔の前にナイフを上げてブロックする。
ゴキッ 「がっ!?」 チヒロの靴には鉄心が仕込んである、素手のブロックなど自殺行為、そして狙いは顔ではなくブロックした指だ。
試合ではない、殺し合いにおいてはビックパンチなどいらない、利き手の掌を壊してしまえば、ほとんどの戦力を奪ったに等しい。
ガラァンッ ナイフが落ちる。
「はああっ・・・!?」 ラーテルは愕然として不自然に関節の増えた自分の手を見た、骨折による腫れが始まる、みるみる激痛と共に掌がグローブとなっていく。
「おいおい、膝を付くのは早いぜ、まだ二撃、お前が死地に追いやった者たちの痛みを知るのはこれからだろう」
「ぬふううううっ!うがあっ」
完全に切れたラーテルは巨体をラクビータックルで突進させる、チヒロは闘牛士のように袖によけると足払いとラーテルの頭を下に押さえた。
ドッシャアアアアッ ゴスッ つんのめり顔面で顔を削りながら壁に突っ込んだ、頸椎がいやな音を発てる。
フラフラになりながら立ち上がるとゾンビのように掴みかかってくる、伸びてきた手首を掴むと軽く押しながら内側に捩じった。
ブチリッ 残っていた左手首の靭帯が引きちぎれたと同時に百キロ近い巨体が逆立ちするように上下が逆になる。
ガスンッ ゴキャッ 逆立ちのまま加速した自重を受けて頸椎は本来の場所から肺の方までめり込む、もともと無かった首が鎖骨の奥に隠れている。
即死だ。
「示現流柔法、兄貴や姉貴たちにも柔術なら負けないぜ、知らなかったか」
「決まり手まで三手、リオ姉なら最初の膝で首を折ったかな、まだまだだ、先が長い」
グラッ ドスンッ 床を鳴らして落ちた木偶は二度と動くことはない。
無線機の封鎖を解除した途端呼び出しが鳴った。
「こちら本部、各班状況知らせ」
「こちらフォックスワン、担当施設の作戦は終了、マルヒ死亡一名」
チヒロがトークボタンを押して答える。
「オウルワン、マルヒ二名、崖から転落、生死不明、担当範囲に脅威なし」
リリィ少佐だ。
「フェアリーワン、マルヒ一名、射殺死亡確認、同様脅威なし」
「リリィ姉もローレルたちも無事か、さすがだな」
安堵したところにセーフハウスから慌てた声の報告が舞い込んだ。
「こちらセーフハウス、たっ、大変です!コールスネークが、フェイリーが消えました!!」
「!?」
無線の向こうの緊迫が伝わる。
「襲われたのか!?」
「いえ、私たちが目を離した隙に逃亡したトラックを追っていったようです」
「すいません、作戦の保護対象がフェイリーであることも知られてしまいました、私の責任です」
ステラが力なく報告する、相当こたえているようだ。
「いや、その逃亡した一台は運河の戦闘で故意的に泳がせた車両だ、こちらのミスだ」
ニシの言葉にも痛恨が滲む。
「逃亡車両はダーラニー達が見張っている、逃亡車両は谷西側の林道へ向かったと予測される、全員セーフティハウスへ向かえ、本部から車両を出す、時刻合わせ、今から十五分だ」
「了解、通信終わり!」
「兄貴!」
エイラが鍵を投げてよこした。
「待機するか?」
「冗談でしょ、現場で負傷兵が出たらます必要になるのは医者よ」
「そう言うと思ったぜ、一台運転頼む」
「任せて!」
二人は本部から多目的ビークルで山を駆け上がる。
狩り場に散っていたラプトルたちが再び終結する。




