逆鱗
「ルチル、落ち着け、怒りに任せては奴らの策に嵌まるだけだ」
「もう嵌っているわ!」
その通りだった、内調はこちらの動きを把握して準備していた、なによりも警察を介入させていない、逮捕するつもりはないとことだ。
リーベン共和国内閣情報調査室はマフィア・テッド・カドゥーナと戦争を始めたのだ、温い捜査ではない。
問答無用の銃撃、生かして捕らえる気などないのだ、国内で活動する敵国とみなされている。
リーベン共和国とはこれほど強硬な姿勢を取ることが出来る国家だったのかと全員が戦慄する。
甘く考えていた、兵士ひとりと骨董品を攫うことにこれほど反発するとは予想だにしなかった、内調に誘い込まれた、奴らは生かして帰すつもりはないのだ。
「俺たちは逆鱗に触れてしまったのかもしれん」
マルスは疲れた声で暗闇に燻るトラックを見た、30mm機関砲の一撃は正にドラゴンのブレス、自分たちの装備など豆鉄砲以下だと嘲笑されているようだ。
「なによ!ここで諦めて引き返すとでも言うの!私はやるわよ、ターゲットを殺してでも持ち帰って見せる!」
正気とは思えない目つきのルチルが吐き捨てるように放つ。
「そのとおりだ、引き返しても道は塞がれているだろう、前進する方法しか残されていない」
ルチルの怒りに気負されていたラーテルがやっと口を開く、しかし戦力差を見せつけられて、出撃したときの自信は霧散していた、額に汗が光っている。
「もうトラックは使えん、ここから暗闇の中を藪漕ぎして行こうっていうのか、無茶いうな!目的地に辿り着く前に滑落して終わりだ」
「いや、この先に迂回する登山道がある、時間は掛かるがそっちから行こう」
ラーテルがペンライトで地図を示した。
「私は嫌よ!ラライダムの車を強奪してノルマンに向かうことにする、ここにいる連中を殺してから迎うわ」
「馬鹿を言うなルチル、何人潜んでいるか分からんのだぞ、自殺するようなものだ」
「上等だわ、皆殺しにしてやる!」
「!?」
その目は怒りに燃えて正気を失っているように見えた、こいつはもう駄目かもしれないとマルスは視線を外した。
(付き合ってられん、かと言って退路はない、ノルマン自治区より先に活路を見出すしかない)
ようやく聴覚がクリアになってきた、狭まっていた視界が広くなっていく。
「よし、それでは二手に分かれよう、俺はラーテルのおっさんといく、警備チームは俺と来てもらう、営業チームはどうする?」
残った営業チームの構成員は二人だけだ、互いに顔を見合わせる。
「俺たちはリーダー・ルチルと共にいきます」
「あんたたち!」
「俺達もご一緒します」
後から手を上げたのはハンターチーム・グレイの部下二人だ。
「ちょうど半々だな、ルチルこれでいいか?」
「ええ、文句はないわ」
「私も意義はない」
ラーテルも威厳を取り戻し低い声で頷く。
「脱出の段取だがポッターに支援を要請する、ここから北一キロにある林道、ここに小屋がある、ここに十五時集合だ、未達の倍は置いて行く」
「ふふん、分かったわ}
鼻で笑う態度は帰ることなど考えていないように見える。
「ルチル、グレイを失った気持ちは分かるが自暴自棄にはなるなよ、これはテッド・カドゥーナ最大の作戦のひとつになる、人の生き死にに囚われていてはマフィアは務まらんぞ」
「そのくらい分かっているわよ、私だってボス・フッジャに恩があるわ、ただじゃ死ねない、ダム下の奴らを殲滅して車を奪ってノルマンに向かう、これでどう、ラリッてなんかいないわよ!」
無理だ、と思ったがルチルがダムで暴れてくれれば敵の目を攪乱出来る、得策だ。
部下の半分を連れて行かれるのは惜しいが仕方が無い。
今出来る最善だ。
「決まりだな!」
「急げ、きっと戦果の確認に地上部隊がくるぞ」
ラーテルと配下は小銃を担いで移動を開始している、その顔から闘志は消えていない。
飢えたイタチは夜の森に足を踏み入れた。
その闇に住まうのは爪を研いだラプトル、その目は光り無き世界も見渡す、闇を見る力は一つでは無い。
ラライダムからバナマ運河に通じる道に出ると港湾施設が立ち並んでいる、ルチルたち五人は建物の影を縫うように進む、目的は車両の奪取、その前に敵を殺す。
「どこにいる!?リーベンの犬ども、出てこい、殺してやる!」
ルチルに従った四人のうちグレイの部下だったハンターチームの二人の戦闘力はそこそこ高い、マフィアの中でも殺しに慣れている。
山際の奥の建物から僅かに灯りが漏れている、影が揺らめく、中に誰かいる。
二人は拳銃を手に音もなく壁に耳を付けて建物を確認していく。
営業チームの二人は周囲を広く警戒しながら後ろから身を屈めながら進む、最後にルチルがその銃倉に怒りを充満させて背筋を伸ばしたまま、足音を隠すことない。
月が昇り初め港湾施設を照らし始める、静かに流れる深いダム湖の水が全ての音を吸い込んだように無音の世界に突然声が響く。
「銃を捨てて投降しろ、これは命令だ、返答無ければ殺す」
姿の無い声は冷たく容赦がない。
「・・・」
声の位置を探る、スピーカーではない、生の男の声だ、近い。
ハンターチームの二人が二手に分かれて建物の影に隠れながら進んでいく。
ガスンッ ゴキッ ドサッ 建物の影で音だけがした。
「!!」
営業チームのひとりが確認に走りだすと、今度は雷鳴の様な銃撃音が響く。
ドゴオォォォッンッッ 357デザートイーグル、銃弾が直撃した男が吹き飛ぶ、即死だ。
「ちいいっ」
やはり待ち構えていた、しかし敵の数は多くない、二人か三人か。
「最後の通告だ、銃を捨てろ」




