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MDMAイヴ

 倉庫番の男の顔に緊張が奔る、予定外の顧客が直接男の方に歩いてくるのが見えたからだ、常連のライダー女だった。

 男はトラックの売人に目配せすると倉庫の影に姿を消す、女が追いかけていく。

 「なんのつもりだ、エダ!お前今月分は先週渡しただろう」

 「ご、ごめん、でも、もうないのよ・・・何とかしてよ、お金なら出すから!」

 「ふざけるな、金の問題じゃねえ、ここにはリリィ少佐や、なんといってもローレル大尉なんて人の心を読み取る怪物がいるんだ、怪しまれたら即座にバレちまうだろうが!」

 「だって、もう私怖くて!先週も撃墜されて二人死んだし、この前だって羽根蟻の怪物に身体の中身を吸いつくされて紙みたいになって死んでいく仲間を見たわ!もうあれ無しじゃ夜も眠れないの、ディランお願いだよ、少しでいいから!」

 「ちっ、仕方ねえなあ、エダはお得意さんだし今回だけは都合つけてやるよ」

 「ほ、本当かい!恩に着るよぉ、ありがとうディラン」

 「でもなぁ、そんなに怖いならカカポ隊なんか止めちまった方がいいんじゃないか」

 「でも、そうしたら借金もあるし難民上がりの私は暮らしていけないよ」

 「あんまり綺麗な仕事とは言えないけど命の心配がなくてそこそこ稼げる仕事なら紹介できる宛があるぜ、どうだ?話を聞いてみるか」

 女は警戒の顔を作ったが、直ぐに媚を売る表情に戻る。

 「少し考えさせて・・・」

 「ああ、もちろんさ、ただあんまり飲み過ぎるなよ」

 「分かった・・・」


 兵舎の方角にとぼとぼと戻っていく後ろ姿を目を細めて見ているディランの表情はサディステッィクな嗤いがこびり付いている。

 「あと一押しってところだな」

 エダに渡した(イブ)は意図的に薬効を薄く成分調整されている、既に中度症状が現れている彼女には耐えがたい飢餓感に常に襲われているだろう。

 このまま基地に置いておくと(イブ)の流通を感づかれかねない、商品価値があるうちに組織に卸ろす必要がある。

 逃亡を装い攫ってしまう方法もあるが、足が付きやすく危険だ、まだここで商売を続けるつもりだ、ここは穏便にご退場願いたい。

 

 倉庫番の男、ディランはマフィア・ディド・ガドゥーナの構成員の一人、営業チームの女リーダー、ルチルの配下だ。

 直属のリーダーであるルチルと警備チームリーダーのマルスという幹部から呼び出された。

 心当たりはあった、商品名DB(ドラゴン・ブラッド)、竜子の情報に食いついてくれたようだ。

 リーベンの街の端、目立たない空き地に停めたアジトで待ち合わせる。

 ドアを開ける事を許されて乗り込むと二人が待っていた、初めて目にする幹部、末端の売人からすると年下でも雲の上の存在だ。

 幹部は二人ともに黒の上品なスーツを着こなし、一見すると上場企業のビジネスマンにしか見えない。

 しかしディランはその内にある狂暴な匂いを嗅ぎ分ける、この裏の世界で生き残るためには必要なスキルだ。

 この二人は人殺しだ、その独特のすえた匂いは身に纏わせた高級ブランドの香水では消せない。

 馬鹿な端末構成員はこういう時に舐められて堪るかと去勢を張る、今の時代、マフィアならでこそ頭が必要だ、暴力は絶対必要だがそれだけでは淘汰される。

 「必要資料揃えてまいりました」

 極力丁寧にファイリングした資料をふたりの前に差し出す。

 

 「どうぞ、お座りになって」

 ルチルが椅子を指し示す、二人が座っているのを見下げる格好になっている、指示どおり腰を降ろす。

 「まあ、そう畏まるな、リラックスしてくれてかまわん」

 マルスが歯を見せて笑う。

 「はっ、恐れ入ります」

 「それでこのBDの件だが、詳しい報告を頼む」

 「はい、それでは資料1ページからご説明いたします・・・」

 ディランは役所の文書を読むように、つらつらと言葉を重ねる。

 「ちょっと待って、書いてあることは必要ない、私たちが字を読めないとでも思っているの!」

 突然女がキレだした。

 「あっ、いえ、決してそのような・・・」

 ディランは焦ってどもる。

 「まあまあ、ルチルさん、悪気があるわけじゃない、穏やかに話そうじゃないか、なあ、ディランさん」

 「要点を簡潔にまとめて、細かい話はいらない」

 「しょ、承知しました!!」

 一回りは年下の女に叱りつけられて震えあがった。

 

 BDの対象、それはフェイレル・レーゼ陸軍航空隊曹長に他ならない、白い肌に白金の髪、虹色の鱗。

 着替えを盗撮したらしい写真が添付されている。

 「特Aクラス、やはり本物のようね、相当な取引額になるわね」

 「北の魔呪術連合が相手なら組織の一年分のシノギに匹敵する額になるだろうな」

 「!!!」

 とんでもない化け物の口の中に飛び込んだ、ディランは自分の愚かさを呪った、ほんのアルバイト感覚だった、安い俸給を補うぐらいの積もりだったが組織の年単位のシノギとはどれほどの金額となるのか想像つかない。

 「大きな作戦になる、この女にはそれだけの価値がある」

 マルスが机に置かれた盗撮写真の中のフェイレルを指で叩く。

 「ディランさん、成功すればあなたへの見返りはより大きな物になるわ、一緒に頑張りましょう」

 女は一転して可愛く科を作って見せる、しかし、その目は笑っていない。

 

 魔に魅入られた、ディランは自分の身がエダと同様に、より大きな蛇の口の中にあったことを思い知らされた。

 弱肉強食の環の中で自分は間違いなく強者ではなかった。

 


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