贄の記憶
ダーラニーの口調はそれがなんであるのか知っているようだった。その上で触るなと言っている。
その天空の青い空を映した宝石の瞳がチヒロとジャックを覗く、全てを見通すような神獣の目に映る二人の姿はどう見えているのだろう。
「あれは戦争を、殺し合いの定義そのものを変える物、世に放ってはいけない、これは人族だけの問題ではないのです」
その言葉には強い意志が込められている。
「それほど危険な物だと仰るのですね」
「今は少し強力なだけの銃、でも時代が変わった、人族はあれを進化させることが出来る、その力は世界を滅ぼすだろう」
「であれば余計に野放しには出来ません、ナジリスの手に渡れば・・・」
「ところでチヒロさん、あなたはニシやリオと顔見知りですか?」
「もちろん、ニシ長官は兄貴代わり、リリィ少佐ならすぐそこの105基地にいます」
「伝えて貰えるか、話があると、私が再び街に行くと」
「何処へ、いつでしょうか?」
「それは内緒だね」
ブワッ バオッ ダーラニーはその脚力も使い一気に空中に飛び上がると、ロケットの加速で上昇する。
見上げる二人の上を一度旋回するとサガル神山の天空へ向けて飛び去っていった。
残された二人の後ろの砂場は、いつの間にか蟻たちの死骸を飲み込みつくし、グランドキーパーが整地したように足跡ひとつなく均されていた。
「ダーラニー様は知っているようだな」
「まさか古文書の時代から生きているのでしょうか」
「問題は神獣が触るなと言っている点だ、触るなイコール触らせるな、だ」
「ナジリスは何処まで追うでしょうか」
「簡単には諦めないだろう、ほっとくわけにはいかないな」
「俺は一度内調に戻る、ダーラニー帰郷の準備も必要だ」
「仕方ありません、私も一度105補給基地に戻って出直します」
「ジャックさん、伝言頼めるか」
「もちろん良いですよ、誰にでしょう」
「ライダーにコールスネークと呼ばれているプラチナブロンドの娘がいるのを知っているか」
「もちろん、知っていますよ、レゾリューを救ってくれた女神ですから」
「無茶をしたようだ」
「それでなんと」
「幸運はもう少し貸しておいてくれ、と」
昨日の惨劇の後始末が終わっていない105補給基地にジャックは帰還した。
あたりには散乱した薬莢、うずたかく積まれた灰は魔の羽根蟻が焼かれた跡だ。
「これは何があったのですか!?」
ジャックにもただ事ではなかったことが直ぐに分かった。
パドックの中には棺が見える、死傷者も出ているようだ、ステラの顔が浮かんだ。
娘ほどに歳の離れた兵士、人懐っこい笑顔が浮かんだ。
「ステラさん、ステラさんは無事ですか!」
「あれぇ、おっちゃん!なんでこっちにいるの?」
ステラか整備パドックから顔を出した。
「ああ!ステラさん無事でしたか、良かった、何があったのですか」
「うん、私たちがレゾリュー基地から帰還した時には既に基地は羽根蟻に襲われていたわ、直ぐに駆除を始めたのだけれど何人が犠牲になったの」
「リリィ少佐たちも無事でか?」
「うん、みんな大丈夫だよ、隊長も副隊長も覚醒者だし強いもん」
「ちなみにフェイリーさんは?」
「もちろん無事だけど、負傷者に輸血しまくって自室で寝ているわ」
自分の安否を最初に気にしてくれたのが嬉しい。
「そうですか、なら私が行くわけには行きませんね、ステラさんにお願いできますか」
「なに?」
「チヒロ・ハマダさんからの伝言です」
輸血の影響は感じない、足らなくなった血液を骨髄内の造血幹細胞が補おうとフル回転している。
目が落ち込み、肌の乾燥が伝わる、プラチナの髪からも艶が消えていた。
見るからに瘦せ細っているが、目から力は消えていない。
ライダーたちには個室が与えられている、整備班やその他の兵士と違い異動やハイチ転換がない、長く勤務するための措置だ。
フェイリーの部屋は女子の部屋だと言われても分からないほどに殺風景だ、必要なもの以外写真も絵も花もない。
寂しいや恋しい、懐かしいといった感情も埋もれているフェイリーには必要のない物、思い出がなければ見返す必要のないただの情報。
自分が死んだ後、その呪いが身近なものに乗り移らないようにしたかった、思い入れを持てば呪いが残る、それが怖い。
そのために人が不幸になっていく姿を見たくない。
自分を庇って死んだ人がいた、何人死んだのだろう、分からない。
声を出して泣いた、記憶にある限り始めてだった、自分でコントロール出来なかった、突き上げる衝動は自分でコントロールできなかった。
自分の中にもう一人の人格がある様な気がした、埋もれている人格が今の自分という自我から身体を乗っ取ろうとしている。
呪いが無くなるのであればそれは大歓迎だ。
今回は誰も呪われる事なく無事に終わるかもしれない、でも・・・安易な油断は禁物だ、人は死ねば生き返らない。
(お前は魔人の贄、呪物そのものなのだ)
暗く光りと届かない暗い部屋、呪文のような説法が自分達の自我を縛った。
あの日、あの暗い部屋から自分を開放してくれた男は、父親だったのだのだろうか、思い出せない、顔が浮かばない。
(お父さん、ありがとう)皆に習って口にした時、既に血まみれの男は絶命していた。
(この人も自分のために死んだのだ、自分の呪いが人を殺した)
フェイリーの希望、(私の呪いで誰も死なせたり傷つけたりしたくない!)
ひび割れた泥濘から芽生えた感情は今だ脆く危うい。




