兄貴
レゾリュー山岳基地に百人規模の工兵隊派兵が決定した。
チーム・ラプトルの精密爆撃によりケーリアン対空戦車の出入口は塞がれたが、迷宮は通路となり敵国ナジリスまで伸びていることが内閣情報調査室の捜査で明らかになった。
その地図の一部も捜査員が手に入れていたが、全容は記されていない。
チヒロがガンガラシバナ中腹の平場にあった神殿跡で敵将校の遺体から回収したものだが、更に別な物をナジリスは探している痕跡があった。
「ブレスガン?なんだそれは」
丸眼鏡の禿オヤジはいつもの温和な顔から考古学者本来の顔に戻り、少し重い口調で話し始めた。
「五百年以上前の事です、この地を治めていた魔族は人間たちの侵略を受け絶滅しました、さらに天変地異ともいえる災害により侵略した人族も大きな被害を受けたようです、その時代にあったとされる武器の数々、その地層から出土した物の一部がこれです」
机に並べられた写真に映し出されていたのは短機関銃や狙撃銃、拳銃もある。
「!」
「これが五百年前の地層から!?あり得ないだろう、現代の武器そのものだ、その時代ならまだ剣と弓だ」
「事実です」
「説明がつかないな」
「この世界には説明の付かないことが多すぎます」
「ブレスガンとやらの写真はないのか?」
「ありません、この武器は更に前から存在していたようです」
「どこにあると?」
「冥界の神殿とあります」
「神殿?・・・ガンガラシバナか!?あそこはナジリスの連中が掘り返していたぞ、で赤い鱗のでっかい蛇に喰われてた」
「冥界の使徒、赤龍と青龍、ちなみに青の方がやばいらしいです」
「ナジリスが持ち去ったか、すでに失われているかだな」
「神殿はもうひとつあるのです・・・天空に」
「天空?頂上にであるみたいな名だ」
「そのとおりです、古文書によればその神殿があるのは高度九千メートル近く、人が行けるところではありません」
「でも、誰かが行ったから古文書があるのだろう」
「確かにそうですが・・・文書には異世界から来た勇者がブレスガンを用いて魔物を屠り神の復活を助けたとあります、同時代に機関銃などの武器があったとすればブレスガンの方が高威力であった可能性が高くなります」
「ナジリス軍もそこを考えたのか、ブレスガンの痕跡でも残されていれば構造原理の解明につながる可能性がある、危険だ」
「考古学ではなく先進武器の研究に近いのかもしれません」
「異世界の勇者がおとぎ話ではないということか」
レゾリュー基地に帰還したチヒロは次の任務に向けて始動した。
考古学者ジャックとともにナジリス将校から奪取した迷宮の地図を解析、ジャックが長年集めてきた情報と合わせて今後成すべき優先順位を決めた。
工兵隊による迷宮通路の爆破、ナジリスからの侵入を防ぐ意味で絶対条件だ。
更に他の迷宮の全容を把握し、全ルートを無効化しなければ完全な防衛とはならない。
サガル神山は絶望的な程大きい、迷宮の出口がここだけであるはずがない、開発を許せば更に大型の兵器、更に多くの兵士を導入される危険がある、専守防衛に徹するリーベン共和国は圧倒的に不利だ。
内閣情報調査室からも補充が決定し数名のエージェントが参加し、迷宮の爆破工作や迷宮地図の入手は新たな諜報員が担うことになり、チヒロはジャックと共にブレスガンの調査を行うことになった。
迷宮地図の存在はチヒロが掴んだネタだった、途中で他のエージェントに引き継ぐのは釈然としない思いはあるが、ニシ長官は判断を誤らない。
現地にいて最も状況を把握しているチヒロに調査を命じたならば長官はブレスガンというワードに相当な脅威があると判断したのだ。
内閣情報調査室の元には各地に散った諜報員から様々な情報が集まる、一見関連のない情報の断片を、ピースの抜けたパズルを当てはめるようにして全体像を見てしまう、類まれなる洞察力と知識量がそれを可能にさせている。
ニシ長官は元麻薬取締捜査官、現場からの叩き上げだ。
その手腕は十年前のベータロイン工場殲滅作戦、首謀者を逮捕し裁判に持ち込みナジリスの関与を国民に知らしめた功績は大きい。
ただ殺してしまっては今の戦争に対する準備をすることは出来なかっただろう。
あの事件を継起にして内閣が代わり、国のリーダーも軍の組織も再編成される中で開店休業状態だった内閣情報調査室の権限と体制が大きく刷新され、今では他の省庁の管轄を離れた独自機関として運用されている。
「ニシの兄貴が言うなら間違いないのだろう」
チヒロはニシを兄貴と呼ぶ、チヒロの実の兄はジェイ・ハマダ、元麻薬取締官としてニシのバディだったがベータロイン事件の中で殉職した、尊敬する兄が殉職した時にチヒロは十七で覚醒教練校課程だった。
兄の死はチヒロにとって大きなショックとなり一時期生活が荒れた、覚醒者でもあり学業も運動も学年トップクラス、誇りだった。
その兄がナイフ一本で殺されたのだ、相手は軍の特殊部隊だったとはいえ簡単すぎた。
虚しさと恐ろしさがチヒロからモチベーションを奪い、夜の街でヤクザ者とつるむようになった、自暴自棄になりつつあったのだ。
くだらない時間を過ごして喧嘩に明け暮れた、兄に教えて貰った格闘技は街の不良に対しては無敵だった、簡単にのし上がりマフィアにも目を掛けられるようになった頃にニシとリオが現れた。
兄のバティだった男、冴えない野暮ったい男と背の高い赤髪の女。
(何しにきやがった!?)
問答無用でボコられた、仲間も含めて二十人があっという間に叩きのめされた。
街の喧嘩とは次元が違っていた、赤髪の女も人間離れしていたがニシの拳闘術は美しく早い、飛び掛かっても捉えられない、手を出そうとした瞬間に殴られる、自分の弱さを思い知った。
(俺達兄弟を笑いにきたのか!簡単に殺された兄貴を馬鹿にしているのか!)
冴えない男だと思っていた雰囲気が一変した、その鋭い眼光は猛禽の目だ。
(思い上がるなよ小僧!格闘術だけならジェイは俺より強かった、今のお前にジェイを思う資格はない)
ニシの言葉は殴られるよりも痛く、そして優しかった。
「チヒロ、俺と来い、兄貴の見ていた景色を見せてやろう」
チヒロは覚醒者ではない、覚醒し記憶の海を見ることが出来れば兄やニシ、リリィやリオたちが見る世界が見れるだろうか。
(兄貴の見た景色を見てみたい)
その想いはあの頃から変わらない。
「兄さん、今の俺は上手くやれているかな・・・」
傾けたグラスに映った自分の顔に兄ジェイも面影がある、そして今、心の鏡に映っているのは白金の髪を揺らしたフェイリーの姿。
105補給基地がUMA(未確認生物)の襲撃を受け死傷者がでたという、リリィ姉やローレル姉を始めフェイレルも無事だと聞いて一安心した。
フェイレルの姿に見る既視感、特別な存在だと分かる、分かってしまう。
これが覚醒者の見る風景の一部なのだろうか、少しは兄に近づけたのか。
近くにいても無事を確かめには行けないことが恨めしい。
「あんまり無茶はしてくれるなよ」




