輸血
つまり、病院食のような薄味で油気のないものばかりだ、小麦やジャガイモなども敬遠される。
パンなら全粒粉、もしくはライムギパン、パスタも全粒粉で黒い物になる。
体重一キロで5.56×45mmを百発運べなくなる、貴重な一キロを運ぶためにボクサーのような体重管理をしている。
更に眩暈や貧血、体調不良があれば墜落の危険とも背中合わせであり食べなければ良いというものでもない。
他の女性兵士に比較して高給なダイエット手当があるのは意味がある。
カカポライダーの女たちは毎回席を決めて食事をする、男性兵士のドカ盛り飯と隣り合わせるのは酷すぎる。
ハンナは自らライダーであるだけでなく栄養管理士の業務も担っている。
毎回調理のおばちゃんと話しながら少しでも彩りあるメニューを取り入れるようにしていた。
「隊長たちは無事かしら・・・きっと大丈夫、カカポ隊のナンバーワンからスリーが行ったんですもの必ず戻る、今日戻られても良いように準備はしておくわ」
「ハンナちゃん、こっちの用意は出来たよ、男共が来る前に皆を呼んでおくれ」
「オーケー、行ってくるね」
食堂から出ようとした時、窓硝子の砕ける音が床を打った。
ガシャアアッ
「なんだい、喧嘩かい?」
ガササッ ガサッガサッ
顔を出したおばちゃんの足に何かがたかった。
ドスッ
「ぎゃあああっ、痛あっっっ!!」
「おばちゃん、どうしたの!?」
「足!足がっ」
「はっ!?」
おばちゃんの片足がなかった、いや見えなかった。
「なにかいる!!」
咄嗟にテーブルのナイフを取るとおばちゃんにたかっていた何かにナイフを突き立てる。
キシャアアアッ
何かが狂気の叫びを上げた。
「おばちゃん!しっかりして!」
おばちゃんの下肢に穿孔の穴が見えた。
「これはなに?」
バシュッ ガシュッ
「いあああっ!!」
警備兵が異変に気付いたときハンナは自分にたかった何かとナイフ一本で格闘していた、しかし、複数の穿孔を受けて大量出血、蟻たちはまず動脈を狙う、内出血した血を吸い尽くすと溶解液を吐き、体組織を溶かして吸い尽くす。
医務室に担ぎ込まれた時には大量出血で意識がなかった。
「O型がいたぞ!輸血準備だ」
「フェイリー!」
「帰ったの!?無事だったのね、良かった!」
ステラとリンダがハンナに付いていた、連行されたフェイリーに走り寄る。
二人とも無事だったことに安堵する。
「待ってください、Drエレナ、私はかまいませんがハンナの意志を確認しないと!」
「無理に決まってんでしょ、意識ないんだから」
「では、他の者に・・・」
「だめよ、もうハンナはもたない、今やらなきゃ死んでしまう、あんたそれでいいの!?」
「私には魔族の血が混じっているのです、正常な人に輸血してどんな反応になるか分かりません、危険です」
「呪いだなんて言わないで!お願い、ハンナを助けてあげて」
ステラとリンダに縋られて渋々ベッドに腰を降ろした。
「よし、輸血しながら血管再建手術を同時にやるよ!」
看護スタッフが素早く手術準備を整え、フェイリーからハンナヘ輸血ラインを繋ぐ。
「Drエレナ、私の血が入ったらハンナの容態の変化に細心の注意を、何かあったら直ぐに輸血を中止してください」
「誰に言っているのかしら、私はプロよ、信じて任せなさい」
ライダーの娘たちがビニールカーテン越しに見守る、少し年上の面倒見の良いハンナは人望も厚い、集まった全員が祈る、複雑な感情が入り交じっていた。
羨望、期待、希望だけではない、嫉妬、憎悪、妬み、カーテン越しに見る視線はいつもと変わらない、でも以前に比べて肯定的な視線が増えたことは間違いない。
でも無表情は変わらない、人形が献血しているようだ。
ハンナの化粧で不気味さは薄らいでいるが、表情を映すことのない見開かれた目の奥にある本来の気持ちを読み取れる者は限られている。
蟻の穿孔は正確に太い血管を貫いていた、心臓が動いている限り血液を放出してしまう。
エレナの指が最小限の切開面積の中で損壊した大小十カ所近い血管を正確にそして早く繋いでいく。
時間との戦いだった、輸血を開始したときには既に出血量の限界を越えていた、輸血されている量より逃げていく量の方が多い。
血圧は低下を続けている、スタッフの誰もが最悪の結果を想像したとき、縫合を終えた部分の変化にエレナが気付いた。
「出血が止まっている!?」
縫合箇所から血が滲まない、更に細い血管からの出血が止まっている。
輸血されたフェイリーの血が生命を守ろうと足掻いている、本人の意識とは関係なく生きることを止めようとはしない。
人は多くの生命の集合体、統率する自我だけの命ではない。
血圧の数値が底を打ち上昇に転じる。
「いいぞ、間に合う!」
カーテンの向こうにいたステラたちに歓喜の波が沸き起こる。
縫合処置が全て完了したとき、ハンナの血圧は通常といえる最下限ではあるが安定を取り戻した、意識は戻らないが生命の危機は脱した。
「もう大丈夫だ、ハンナは助かる、フェイリーのお陰だ」
コーンスネークの血を輸血しても呪いは起こらない、むしろ回復が早い。
相当量の輸血をしているにも関わらずフェイリーの血圧に変化はない、失った分を取り戻そうと代謝機能が加速する、見た目に分かるほどに脂肪の薄い身体がまた薄くなっている、おそらく今の体重は四十キロを切っている。
落ち着いた呼吸で眠るハンナの顔を見る無表情の耳が赤くなっているのをステラとリンダは見つけていた。
「フェイリー・・・あんた凄いよ」
看護師が逼迫した表情でエレナに耳うちしている、ステラは嫌な予感がした。
エレナの表情が曇る、(無理だ・・・)その唇は絞り出すように呟いた。
O型の血が足らない、他にも輸血を必要とする患者が瀕死の状況にあるのだ。
血圧に変化はないとはいえ、フェイリーに二人分の輸血はさせられない。
「行きます、私の血で良ければ使ってください、まだ大丈夫です」
「!」
状況を察したフェイリーが先回りして答えた。
「だめだ、医師として許可出来ない」
「大丈夫です、私なら可能です」
カーテン越しに見ていたステラたちにも状況が見えてきた、廊下の外に次の重傷者がストレッチャーに乗せられて待機していた。
「そんな!いくらなんでも無茶だよ、フェイリー死んじゃうよ!」
その声を聞いた白い顔がステラたちを向き直り、微かに微笑んだように見えた。




