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熊殺し

 パンパアアアアアッ 夕暮れが迫る山岳基地レゾリューに再びワンストロークエンジンの甲高い咆哮が響く。

 「なに?」

 もうすぐ基地に辿り着く、フェイリーに時計を返そう、彼女になんと言って渡そうか、気の利いたセリフを考えていたチヒロの目に基地を離陸していく三機のVTOLが見えた。

 「今から帰還するのか!?」

 三機は高度を上げると全開音を残して谷を駆け下っていく。

 三人の長い髪が風に乱れている、慌てての帰投に感じた。

 「なにかあったのか?」

 見上げたチヒロの上を三機が通過していく。

 「返し損なったな」


 斜面を基地に向かって歩く人影が見えた、チヒロがいた、と思う。

 そこにいる、真っ直ぐな視線を感じる。

 心臓が高鳴り、また不整脈が始まった。

 フェイリーは感情の多くが欠落している、喜びや希望、自己の肯定、恐怖。

 しかし知能が低いわけではない、希望がないから考えようとしない、ああ、そうかと思うだけだ。

 呪われた背中に触れたチヒロの手の熱さをもう一度感じてみたい、生きている意味を得た気がした。

 僅かな時間を過ごしただけの人、防壁で固く閉ざしていたはずの心の中に入り込んで離れない、この気持ちは何なのだろう。

 自発的に死ぬことも、そして生きることも無意味だった、自分の行動には呪いがつきまとう、人を巻き込み、災いを招く、呪いに見つからないようにただ流されていく。

 いつか光りの届かない深い死の淵にこの身が沈みゆくまで。

 チヒロの暖かな手が光りとなって降りてきて握った手から意志が伝わる。

 (生きろ、共に戦え)

永遠だった死の深さが、その光りで距離を取り戻す、手を伸ばせば届くとチヒロは言っている、魂が呼び合う。

 会いたい、会って・・・どうしたいのかは分からない、自分は何をしたいのか。

 踏み出したい、でも踏み出したらきっと帰れない。

 呪いだ、呪いが行くなと足枷となっている、思い出すな、忘れてしまえ。

 そのまま泥に沈んでいた方がお前のためだ、囁く呪いの声は優しい。

 (生きろ、共に戦え)

赤く焼けた鉄を触るように熱い、その熱は冷たく凍る泥の中にあっても熱を失わない。

 フェイリーは彼の時計を見る、秒針が止まることなく進む。

 立ち止まることを許さない時が、彼の言葉のように回る。


 (痛みを取り戻せ)

 

105山岳補給基地は突如、山脈から飛来した怪物の襲撃を受けていた。

 夕暮れに紛れてやってきたそれは鏡のような外殻を持つ昆虫、羽根を持つ子犬ほどもある蟻。

 リリィたちの無事を祈り、翌日の補給任務のための準備をしていたハンガーの整備兵とライダーの少女たちが最初に襲われた。

 「ギャアアアァァッ」

 一人の整備兵が突然悲鳴を上げた。

 「なに!?」

 周囲の者たちの視線を集める中、整備兵は鏡に包まれるように姿を消していく。

 人型は叫びを呻きに変えて、蹲り薄くなっていく。

 キィキキキキキキッ

 狂女の嗤い声がハンガーに響く、戦慄が見ていたものを支配した。

 「キャアアアアアアッ」

 「なんだ、なんかいるぞっ!!」

 ガサッガササッ ブゥンッ ブウウウンッ

 明かりの付いたハンガーの床に化け物の影が奔る、飛んでいる。


 ハンガーの悲鳴を聞いた銃を装備した警備兵が駆け付けたとき、ハンガーの中にはかつて人だった人型の紙と穴だらけの服が残されていた。

 「なっ、なんだこれは!?」

 「まさか、これは人か、なんにやられたんだ?」

 「ぎゃっ!!」

「どうした!?」

 「あっ、足がっ!!」

 キィキキキキキッ キシャァッ

 「アギャアアアッ」

 激痛に叫びをあげた警備兵が見たハンガーの天井一面に赤く光る目が蠢いていた。


 基地は大混乱に陥っていた、正体不明の怪物は開いていた扉から建物内に侵入して人を襲い始めた。

 パアァンッ パパパパァッン ババババッン

 小銃の発砲音が響き出す。

 「虫だ、虫の怪物がいる、甲羅が鏡のようだ!見え難いぞ、影を狙え!」

 「ぐあっ!」 

 「きゃあぁっ」

 「助けて、足に噛みついてる!」

 「動かないでね!」


 ガオッンッ ズバァッンッ

 暴力を音にしたような357マグナム弾の発射音と共に足にたかっていた蟻が飛び散る。

 「どうかしら、イーグルの注射は効くでしょう!」

 「ドクター・エイラ!」

 抜群のスタイルに大きくスリットの入った黒ロングスカートのワンピに白衣を羽織り、その足下はピンヒール、額を開けた栗色セミロングの髪、赤いルージュをひいた口元は火は付いていない煙草を咥えている。

 とても山岳基地の前線には似つかわしくない。

 ドクターと呼ばれた通り105補給基地の医師の一人だが武闘派だ。

 その胸のホルスターにはデザートイーグル357マグナムが吊られている、今その拳銃が蟻たちに火を噴いたのだ。

 「ドクター!ここは危険です、離れてください!」 

 「あら、私の二つ名を知らないのなら教えてあげるわ、"熊殺し"よ」

 ドゴォッン バシャッ

 凄まじい轟音と共に巨大な拳銃が火を噴き、スライドから熱い薬莢が排出される、その細い腕の何処にそんな力があるのか手首がもげそうな衝撃を易々と押さえ込む。

 「まずはこの虫をどうにかしないと落ち着いて怪我人の治療が出来ないわ、殲滅するよ」

 幼い日のクロクマとの戦いでエイラは足に障害が残った、普段の生活に支障はないがローレルと同じ兵士への道を諦めざるを得なくなった。

 22口径の小さな拳銃弾をクロクマの口腔内に打ち込み倒した逸話は有名だ、覚醒者のエイラには拳銃の才能と医師としての記憶が共存している。

 医師としてローレルの傍にいるのは自分の使命だと知っている。

 「警備!立て直すよ、円陣組んで!天井から降ってくるよ、対空警戒!!」

 「整備班!息のある者を医務室に搬送!急いで!」

 

 戦場を仕切るドクターによって鏡の羽根蟻は徐々にその姿を減らしていった。

 


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