メイク
出撃までの数時間は新機体のポジション調整に費やした。
ハンドル、ステップ位置、バーの幅、アクセル開度、個人の体格や感覚に合わせた微調整が必要だった。
機体のバランスもノーマルのカカポ機とは随分違う、ミッド(中央)に重さが集中するためよりクイックな特性になっている。
短距離の飛行を繰り返しながらセッティッングを煮詰めていく。
リリィとローレルがその場を離れた途端ステラとリンダが工具を持って跳んできた。
「このあと直ぐに飛ぶの!?」
「はい、作戦を受諾しました」
「隊長も副隊長も何考えてるのかしら、フェイリルだって帰ったばかりなのに!」
「無理せず断ってもいいと思う、もう十分以上に働いたわ」
ステラとリンダの労いの言葉に、こういうことかと納得する。
誰とも関係を結ばず、外界の事情など知ることなく生きてきた、無知は無情で馬鹿だ。
彼女たちの苦しむ顔、まして死に顔は見たくない、自分の呪いが彼女たちを殺す前に敵の銃弾が彼女たちを殺すのだ。
銃弾の前に立ち塞がれば一人は救える、でも二人は救えない、二人とも救うためには撃たれる前に撃つしかない。
「フェイリー、昨日は酷いことを言ってご免、謝る」
リンダが頭を深々と下げる。
「リンダさんは何も間違った事を言っていません、私に謝る必要はありません」
なぜだろう、鼻の奥がツンとする。
「ううん、私貴方を勘違いしてた、ご免なさい」
「・・・」
どう返したら良いのか分からなくて無表情のまま立ち竦んでしまう。
「この子は人から謝られたりとか、感謝されたりとかに慣れていないから、固まっちゃうの、分かってあげてね」
ステラが工具を手にしたまま。フェイリーと肩を組んだ、普通なら逃げ出すところだが、それを分かっているステラはがっちり腕を回している。
無表情のまま、俯いた耳が少し赤い、二人は変化に気付いている。
「なるほどー、だんだん分かってきたわ」
フェイリーに巻き付けたステラの手首の時計にリンダが気付いた。
「ステラ、その時計どうしたの、あれ?フェイも男物の時計してる、もしかして流行りなの?」
「うしししっ、私今朝ジャックのおっちゃんから貰ったの」
「そうなの、なんで?」
「なんでって、それは私が彼に取って特別だからに決まっているじゃん」
「特別って、ジャックのおっちゃんて夕べの禿げオヤジだよね、ステラはああいう人が趣味なわけ?」
「いいじゃん、私はオヤジが好きなの、安心出来るから」
フェイリーの頭を挟んで始まってしまった。
「私は若くてイケメンの方がいいいけどなー」
「どうせ年取ったらみんな禿げちゃうんだから同じだよ、中身よ、ナ・カ・ミ」
「それでフェイの時計はなんなの?」
頭一つ小さいリンダが下からフェイを見上げた。
「交換しました」
「交換?」
「はい、自殺しない約束です」
「穏やかじゃないわね、ならガンガラシバナから飛んだと知れたら怒られるわよ」
「もう、バレていました」
「あちゃー、それはご愁傷様、怒られなさい」
「申し訳ありません」
「ちぇっ、ちょっと羨ましい、私も男物の時計ほしくなっちゃったわ」
太陽が正午線を過ぎる、初夏の日差しが寒さに慣れた身体に堪える。
「今日は暑いわ!汗かいちゃう」
「もう、メイク室行かないとまずくない?」
「そうだ、時間がないわね」
カカポ隊は出撃前にメイクすることが推奨されている、リリィ少佐曰わく花は最後まで花であれ、死に化粧ではなく生還するための化粧をして出撃しろという。
飛行のためのスーツやヘルメットなどは自由にならないが、その下のメイクはそれぞれ自由だった。
ほとんどの者がメイクに時間をかけ出撃する、それは心を落ち着かせ、恐怖を和らげ、自信をもたらす、男性兵士にはないルーティーン。
リリィ少佐はどうでもいい投げやりな容姿での出撃を許さない。
フェイリーはいつもノーメイクだった。
「私は必要ありません」
道具自体持っていない。
「いいから、いいから、今日はメイクするよ」
そのままフェイリーは二人に強制連行されるとメイク室の鏡の前に人形のように座らせられそこには女子隊員の多くがメイク道具を持って待ち構えていた。
「本日みなさんの出撃は無いはずでは?」
フェイリーが流石に少しだけ動揺した声で言う。
「いいのよ、今日の貴方はモデルなの」
隊で最もメイクが上手いハンナが脇に座る、ハンナは殉職したもう一人のバディだった、栗色ストレートの長い髪のハンナはフェイリーたちより少し年上だ。
「困ります、私は化粧道具を持ち合わせていません」
「そんなことないわ、この部屋にこんなにたくさんあるじゃない」
「いいえ、みなさんの物を使用することは出来ません、再び使うことが出来なくなります」
「そんなに厚く塗らないわよ、全部なんて使い切れやしないわ」
「そうではなく、呪いです、使えなくなります」
「呪いなんてない、今度口にしたら殺すわよ」
ステラがリリィの声真似で堪えた。
「そうよ、呪いが本当にあるならローレル副隊長やステラ、リンダはここにいないわ、それに私のバディを弔ってくれたこと・・・ありがとう、感謝しきれない」
「ねっ、そういうことだから、みんな始めるわよ」
「あっ!待って・・・」
フェイリーの声は無視されて、それぞれの作業が始まった。
「私が髪の毛担当ね」
ブラシを持ってステラが後ろに立つ。
「私はネイルね、わぁー、綺麗な指、羨ましい」
リンダが手を取る。
「そして、お顔は私、まずは下地から」
フェイリーは産まれて初めて人に顔や頭を触られた、髪でさえ自分で鋏をいれているのに。
白すぎるマットな肌に薄く透明感が増すファンデを重ねて、明るいピンクで健康的に、白金の髪とのバランスを考えて薄いブラウンのシャドー、マスカラと眉毛もブラウンで書き入れる。
眉毛まで白金のフェイリーは白すぎる肌と相まって能面のような印象が強かった、立体感と眉毛が表情を与える、リップはオレンジシャドーのピンクで決まりだ。
「ぬうううーーー、可愛すぎる!!」
「素材は良いと思っていたけど、ここまでとは!」
無表情な能面のコールスネークは美しく、そして可愛く変身していた。
唖然と鏡を見つめていたフェイリーの頬に涙が伝った
「これが私!?・・・」
「ちょ、ちょーと!メイク崩れるから」
ハンナがガーゼで抑えた。
「うっ・・・ううっ」
泣き声はなかったが明らかな嗚咽が漏れた。
「いいんだよ、フェイリー、泣いていいんだよ」
「もう、何度でもやり直してあげる、出来上がるまで出撃させないから!」
何故に涙が流れるのか、死んで埋もれいた感情が氷の大地を割ろうとしている。
ステラたちの優しさが暖流となってフェイリルの防壁を破る。
涙が流れるのは悲しく辛い時にだけじゃ無いことを思い出した。




