呪いの痣
「ねえ聞かせてよ、その時計のこと」
リリィ隊長が部屋を出たところでやっと順番が回ってきた、様子を見ることなく直球勝負だ。
「時計ですか・・・」
それが何かと目線だけを時計に落とした。
「そうよ、出撃前にしてたのと変わっているし、それは男性用でしょ」
「!?」
驚いた、誰も気づかないと思っていたのに。
「拾いました」
「うそ!」
「死体から盗みました」
「うーそ!」
「交換したんでしょ、ねえねえどんな人だった?」
「なぜそんなに時計の情報に拘るのでしょうか」
「決まってるわ、ロマンスの匂いがするのよ、プンプンと、恋に飢えた私の鼻はごまかせないわよ」
人と出来るだけ関わらないように生きてきた、自分と関わった人たちは皆不幸になる。 私は呪われている、産まれた時から。
家族は母だけだった、幼い記憶の母は病気に弱っていく哀しい顔だけが記憶にある。
それしか知らない。
背中の痣は周りに不幸を招く忌み子の烙印、大昔に死に絶えたという魔族の呪い。
「ステラさん、ご存知だと思いますが私の近くにいてはいけません」
「なんでよ?」
「呪いが移ります、ここは戦場です、命取りになるかもしれません」
「ははーん、誤魔化そうとしているでしょ」
「違います」
「じゃあ、教えてよ、その時計の訳を」
腕組みをしたステラは引いてくれそうにない。
「仕方ありません、報告書の前に話すのは軍規違反になるかも知れませんがよろしいですか」
「軍規?なにそれ美味しいの」
ステラは勝ち誇った顔で笑う、フェイの前でこんな顔を見せるのは彼女だけだろう。
臆すことを知らない彼女の笑顔が苦手だった、自分が出来ない顔の前ではどうしたらいいのか分からなくなる。
ため息をついて諦める、離れて貰うためには話すしかない。
険しい渓谷が続く車両の入ることの出来ない最前線基地レゾリュー城跡地。
補給弾薬を積んで夕暮れの谷を低空で飛んでいた、薄暗くなっていく中の有視界飛行が出来るのはカカポ隊の中では人間電探、ワンアイズフォックスの異名を持つリリィ少佐を除けばフェイレルだけだ。
薄青の瞳を持つフェイの目は本人の自覚はないが第五の色覚を持っている、紫外線まで捉えて暗闇の中でも飛行を可能としていた。
その目が明らかな殺意を放つカタツムリの目を見つけたときには既に四つあるローターの半分を射貫かれていた。
カカポ機はバランスを崩してひっくり返りながらフェイを振り落とした。
リリィ隊長たちには軽傷で降りたと言ったが事実は違う、枝に高速で突っ込んだため背中に大きな裂傷を負っていた、背中を襲う激痛に意識を失う寸前に見たのは空中で爆発四散する愛機と誰かの掌、その手首に時計があった。
背中の傷が痛い、いよいよ呪いが迎えに来たと少し安堵した。
混濁する意識の中で始めに目にしたのは暗い部屋に少しだけの薪が燃える小さな火、その向こうにTシャツだけの背中があった。
最初に覚醒したのは嗅覚、知らない匂いがした、うつ伏せの身体に毛布のようにマントが掛けられていた。
「私・・・生きているの?」
「!」
Tシャツが振り向いた、次に覚醒した目が男性だと認識する、しかも敵国ナジリスの兵士だ。
「目が覚めたか」
「・・・」
気配は一人だけだ、状況が見えない、拘束されているわけでもない。
「傷は痛むかい?」
敵兵が踏み出すのを見て飛び起きようとしたが背中の激痛が許さなかった、胸が床から離れただけで痛みに再び蹲る。
食いしばる歯から呻きが漏れる。
「あっぐっ・・・」
「動くと傷口はテーブで止めただけだ、直ぐ開いちまうぞ、じっとしていろ」
兵士は踏み出した足を返して後ろを向いた。
「!?」
上半身が裸だった。
「見たのですか」
「ああ、仕方ないだろう、傷の手当が優先だ」
「では殺してください」
「はあっ!?それほどの事か、背中しか見てないぞ」
「背中の痣を、鱗を見てしまったのでしょう、呪われてしまいます」
「呪い?なんの話だよ」
中肉中背、眉毛が隠れるまでの長髪に薄く髭を伸ばしている。
左足を少し引き摺っていた。
歳は・・・二十代とも四十代ともいえる、捉えどころが無い。
「あの高さから落ちて良く命があったもんだ、あんた運がいいな」
「運がいい?」
「そうだろう、負傷はしているが致命傷には遠い、そして偶然にも味方が近くにいたんだ」
「味方?」
「ああ、この服は偽装だ、俺は・・・リーベン国内閣情報室の諜報員だ、名乗れないけどな」
「諜報活動中なら余計に助けるべきではありませんでした、いまからでも始末するべきです」
「あんたはさっきから何を言っている、死にたがっているように聞こえるぞ」
「・・・」
確実に怒りを含んだ声に反して、兵士の目は遠い昔に見覚えがある寂しい目をしていた。
兵士はスボンのポケットから煙草を取り出すと火を付けて差し出した。
「煙草は吸いません」
「痛み止めだよ、いくらかは楽になる、そしたら寝ちまえ」
マリファナはありがたい、寝ている間に殺してくれないか期待してしまう。
「安心しろ、負傷した女に手を出すほど腐っちゃいない」
「私の鱗を見てそんなことを・・・気持ち悪くはないのですか」
「俺は・・・その、綺麗・・・だと思う、嘘でも哀れみでもないからな、勘違いすんなよ」
以外と若い、ひょっとすると同世代なのかもしれない。
受け取った煙草を吸ってみた、肺まで吸い込んで酷く咳き込む。
ア゛ッハッハッ 噎せ返って再び背中に激痛が走る。
兵士が跳んできて背中を支えてくれた、躊躇無く背中に触れる。
逃げようとした身体を強く抱き留められる。
「動くな、吹かすだけでいい、ゆっくりな」
彼の膝の上に頭を乗せて、落としてしまった煙草を彼の手から吸った。
「逃げて・・・呪われてしまう・・・」
慣れないマリファナがたちまち薬効を発揮する、抗えない眠りに引きずり込まれる。
「ベータロインなんかじゃない、安心して眠れよ」
「・・・」
初めて人に抱かれたまま眠った。
煙草と硝煙、汗の匂い、そこに不釣り合いなダスマス・クラシック、薔薇の香りが記憶に鮮明に焼き付いた。