遺品
意識を無くしていたフェイリルの瞳に光りが戻るのに時間は掛からなかった。
三人の呼びかけに無表情のまま、むっくりと起き上がる、あれだけ激しく転倒したあげく壁に激突したのに擦過傷以外の怪我はないようだ。
「フェイリル!大丈夫なの、どこか痛くない!?」
ポカンと三人を見回すと背中が破れていることに気づく。
三人と慌てて距離を取ろうと座ったまま後ずさる。
「近づかないで!呪いが移ります」
ステラがマントを借りて、肩にかけて痣を隠してくれた。
「これは呪いのためじゃないから、レディの肌を男共の視線から守るためよ!」
「擦過傷が酷いわ、医務室ヘ行きましょう、手当が必要よ」
ローレルが手を貸そうとするがフェイは触れることを拒んだ。
「いいえ、大丈夫です、なんともありません」
「そんなことあるわけない、こんなにボロボロなのに!死んじゃうよ」
「大丈夫です、それよりも・・・」
フェイはスーツのポケットから革製の巾着を取り出すと、中から真っ白な布に包んだ物を手袋のまま慎重に広げる、最大限触れないように配慮しているのが分かる。
「これを・・・」
リンダの前に差し出した。
「!!」
殉職者二人分の認識票、エレナの物にはエンゲージリングも付いていた。
「不遜とは思いましたが遺体から回収しました、素手や私の肌には直接触れていません、お受け取り頂けますか?」
「お姉ちゃん!!」
認識表と共にチェーンを潜っているリングは間違いなく先週モリスからプロポースを受けた証。
震える手でリンダは姉の認識票とリングをきつく胸に抱いて膝を落とした。
もう一つをローレルが丁寧に受け取る。
「ありがとう、フェイ曹長」
「いいえ、それでは失礼します」
敬礼して立ち去ろうとするのをステラが前に立ち塞がった。
「失礼しますって何処へ失礼するつもりなのよ」
「説明してよ、何をしたの?」
「何を?ですか・・・殉職者の遺体を埋葬して、レゾリュー基地への支援物資搬入の援護を実行しました」
「それは分かっている、あなた空中を飛んでた、動力もない脱出スーツだけで!覚醒して魔力にでも目覚めたの!?」
問い詰めるステラの目には涙が滲んでいた、何をしたのか三人には見当がついている。
「違います、ローレル少尉考案のスーツを活用すれば滑空飛行が可能だと自分が撃墜された時に知りました、それを利用してガンガラシバナの頂上から飛行を開始、埋葬地点まで飛行し着陸、埋葬完了後に尾根を登り、三キロ手前の崖から再び飛行してきました」
「崖から飛ぶ・・・あの高さから飛んだの?」
「高くないと滑空速度を得られません」
三人の予測通りの答え、しかし想像を絶する答え。
「なんてことするの!死んだらどうすのよ!」
「問題ありません」
「!」
「馬鹿ァ!問題大ありだよ!」
「フェイリル、ありがとう・・・お姉ちゃんのリング!ありがとう」
リンダとステラが同時にフェイの手を握った。
「触ってはいけません、移ってしまう」
フェイが手を引いて拒否したが二人は強く握った手を離さなかったばかりか、身体を寄せて手を回した、離れようとするフェイを二人の結んだ手が離さなかった。
感謝と慈しみ、信頼と戸惑いの感情がローレルに流れ込む。
抱き合う三人を見ながら遠い昔に父と四人で再会した山小屋を思い出した。
ただ自分を心配し愛してくれた家族、そこには自分の存在意義そのものがあった。
覚醒してしまった自分には最早普通の恋愛を結ぶことはできないだろう、記憶の海に溶けている経験が強烈な枷となって恋心を縛る。
フェイリルの持つ愛情は誰にも見返りを求めない、今もそうだ、尊い愛情。
感情が全て抜け落ちているわけじゃない。
なぜなら、今フェイリルの無表情に見える目からは涙が止めどなく流れ落ち、唇が震えている。
戸惑い以上に受け入れられた喜びと、リンダの悲哀、エレナの無念に共感して流している涙だと本人は分かっていない。
ローレルは三人を包むように抱きしめた。
この娘たちを悲劇の中で覚醒させたくはない、記憶に縛られることなく新たな人生を、愛し愛される時を送ってほしい。
輪廻を知る覚醒者だからこそ新たな恋愛は難しくなる、記憶の海を見た瞬間、輪廻は逆戻り、記憶の続編を描こうとする、途切れない螺旋は記憶の牢獄だ。
この戦争を生き残り、この娘たちの幸せを見届けたい。
破れたスーツの補修と傷の手当のためにレゾリュー基地の医務室の使用するのをフィイリルはどうしても承諾しなかった、勘違いした隊長が男の負傷兵を全員叩きだすからと申しでたがフェイリルの意志は固く、どうしてもというなら今から出て行くと言い出した。
困り果てたローレルたちは基地の隅にある納屋を借りて手当をすることにしたが、ここでも背中の鱗模様の痣は、誰にも触れさせることも、見せることも許さなかった。
スーツの破損箇所はローレルが裁縫で応急処置を施し、ステラとリンダが夕食を準備した、基地の食料備蓄は少なかったが、全滅の危機を命がけで救ってくれた女神たちに、兵士たちは最大限の歓待をしてくれた、体重制限があるから食べられないと断ったのを聞いて男たちは本気で泣いた。
より多くの補給物資を届ける任務を担っていることを今更ながら誇りに思う、自分たちが救ったのだ。
四人で小さな皿に盛られた少しの穀物と野菜、せめてと男たちが置いていったフルーツを食べた、果糖は太りやすいが今日ばかりはローレルも気持ちよく許してくれた、逆にフェイリルは見た目にもこの数日で体重が落ち過ぎているのがわかる、当然だ、二千メートル級の山を無補給で駆け回り、ウィングスーツによる飛行を繰り返した。
カロリーの差し引きをすれば全然足りない。
夕食後に納屋のドアを叩く音を聞いてステラが足早にドアを開けた。
「こんにちわ、ちょっとよろしいですか」
ドアの外には兵士ではなく、ネクタイを締めてはいるが山歩きの服装の丸眼鏡をかけた頭の薄くなったおっさんが立っていた。
「こんにちわじゃなくて今晩わでしょ、この人はジャック、考古学者なの」
「みなさんに一言お礼をと思いましてステラさんに無理を言ってしまいました」
ステラの意中の人はこのおっさんだと誰もが感じた、ステラの顔は正直すぎる。
「つまらないものですが、お嫌いでなければ・・・」
バッグから取り出しのはアルミホイルに包まれた四角い板、チョコレートだ。
「チョコレートですか、申し訳ありません、我々は体重制限も仕事なのです、頂くことはできません」
ローレルが丁寧に断った。
「副長、これは大丈夫なんです、食べても太らない甘味で作られています」
「そんなのあるの」
「本当です、無害ですし甘みもちゃんとあります、緊張した心を癒やす効果もありますから」
「本当ですよ、副長、私いつも貰って食べて・・・・あっ」
墓穴を掘った。
「ああ、いや私が無理矢理食べさせちゃって、なにしろ私自身が甘党なもので」
「わかりました、ありがたく頂戴いたします」
ローレルも考古学者が基地にいるとは知らなかった、しかし四人には、特にリンダにはあまりに辛い役目が残されていた。




