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黒いムササビ

 コォォォォォォッ ザアアアッ

 三機のカカポ機が木々の間を縫うように低空の限界で飛ぶ。

 「この先よ、油断しないで」

 ローレルが叫ぶまでもなく硝煙の匂いがここまで漂ってくる、激しい銃撃戦の最中にあるのは明白だ。

 ガガガガガンッ 一際大きく重い連射音、歩兵の機関銃とは違う。

 「高射機関銃がいる!正直に突っ込むのはまずいわね」

 「なぜこんなに早く移動出来るの!?」

 基地の手前でスローダウン、ローレルは意識の波を読む。

 勝ち誇った余裕がサディステッィクな波になって押し寄せる、幼なき日の地獄が蘇り吐き気がこみ上げてくる。

 「高射砲は右側の洞穴あたり、歩兵はたくさんいる、参ったわね、弾幕が厚すぎる」

 ローレルは自分の能力が嫌いだった、意識せずとも他人の思考が侵入してくる、悪意、敵意、嫉妬、慟哭、嘲笑全てが心を蝕む、このまま一生悪魔の声を聞いていたら再び壊れてしまうところを助けてくれたのは、新たな家族、父エゾ・ヤマモトと姉エイラ・ヤマモト、そしてもう一人の姉オックス・デルナシエ、三人がくれる感情は愛、無償の愛、この世に存在する愛の中で見返りを求めない究極の愛、三人の愛に触れる度にローレルの心は強さを取り戻す、繰り返す度に柔軟で強い心が出来上がった。

 迷いはない、亡き父に恥じないよう生き抜く。

 「二人とも聞いて、高射砲は右下方、二人は右手斜面すれすれを駆け下り基地に飛び込むのよ、高射砲は直上には射角が取れないはず」

 「二人?副長はどうするのですか」

 「私は左の斜面下方を行きます」

 「そんな!無茶です、狙い撃ちされます」

 「私が先に出るわ、高射砲が打ち始めたら全力で駈け降りるのよ」

 「だめです、囮役なら私がやります」

 ステラが前に出ようとする進路をローレルが機体を寄せて阻止した。

 「これは相談ではなく命令です、弾薬のオーダーは百キロ、最初から損失は覚悟の上です」

 「さあ、早く行きなさい、始めるわ」

 機体を回転させると背を向け対岸に機を進める。

 「副長!駄目です、副長!」

 「ステラ!」

 手を伸ばしたステラをリンダが制した。

 「副長の決断・・・無駄に・・・できないよ」

 食いしばった歯が音を立てているようだ。

 「でも・・・」

 ステラは諦めきれない。

 ローレルが背を向けたまま横顔で頷いた。

 オンッオウンッ カアアアアアアアッ

 静かであるはずのワンストロークエンジンの全開音。

 リンダとステラの機体も右山脈に向けて高度を取るように上昇する。

 「いい娘ね、貴方たちを私の前では死なせない、エゾとエイラならこうする」

 カコンッ ヘルメットのバイザーを降ろす、ローターのピッチを可変、加速最大。

 「行くわよ」

 ギュウウウウウウッ バオッ

 壁面から敵の眼中に飛び出す、敵の視線が集中してくるのを感じる、殺意が津波になって押し寄せる。

 「くっ!」

 恐怖が悪寒となって這い上がってくる。

 レゾリュー基地からも一斉に援護射撃が始まった。

 銃眼に閃光が点る。

 ガガガガガッン 高射砲の銃撃音、青く染まった谷に曳光弾の点線が引かれていく。

 「!?」

 曳光弾の点線はローレル機とは的外れな方向に引かれていく。

 「私を狙っていない!?」

 バオッ

 全開で飛ぶローレルのカカポ機の上空をライトを灯した黒い何かが追い抜いていった。

 それはローレル自身が考案した脱出用ウィングスーツ。

 「まさか!フェイリル!!」

 ハンドライトを手にしたフェイリルが猛スピードで対岸の崖ギリギリを墜ちていく、飛ぶではなく墜ちていく、高射砲が追い切れない。

 黒いムササビは基地の手前で幕を広げると上昇反転、再び対岸を駆け下る。

 灯りが敵兵の視線を一斉に集めている、カカポ機に気づいたのは数人の歩兵だけだった。 間隙をぬってローレルは易々と基地に降り立った。

 「ローレル副長!良くご無事で!」

 基地指令が駆け寄る、ヘルメットを外して銀の髪を放り出す。

 「他の部下は!?」

 暗くなったレゾリュー基地の防壁の階段を駆け上がる。

 ドガガガガガッ 高射砲の銃撃は対岸を飛ぶムササビを狙っている。

 シュオオオオオオッ リンダとステラも無事にカカポ機を着陸させた。

 「副長!ご無事ですか?」

 「あれは一体なんですか?」

 城壁の上から見上げるとと何往復目だろうかムササビの滑空速度が落ちている。

 「フェイリルよ、脱出用のウィングスーツで飛んでいる、私たちの囮になったのだわ」

 「ええっ!?」

 「じゃあ、あの尾根から上に向かったのって・・・」

 「たぶん・・・崖から飛んだのよ」

 「崖?飛ぶ?」

 ステラもリンダも非現実的な光景に理解が追いつかない、暗がりにムササビが基地に向かって降りてくるのが高射砲の曳光弾の点線で分かる。

 「危ない!伏せて!」

 ギュンッ 伏せた三人の頭上すれすれを掠めて黒い人型が飛び去る、プラチナの髪が暗闇でも光りを放っていた。

 「フェイ!!」

 着陸といっても速度が速すぎる、このままでは地上に激突する、その瞬間、空中で磔にされたように縦になると一気に減速。

 そのまま滑るように地上に着地するが時速にすれば五十キロ以上の残速がある、激しくつんのめると回転しながら石床を宿舎の壁まで転がり激突してようやく止まった。

 守備隊が敵味方の判別を迷ってフェイを取り囲んだ、当然だろう、敵味方どころか人間かどうかも怪しい。

 「まって!その娘は味方よ、銃なんて向けないで!!」

 ローレルが走りより、力なく横たわるフェイを抱き起こした、白い顔には擦過傷から血が滲み、スーツのあちこちが破けて白い肌と背中の痣が覗いている。

 「フェイ、フェイしっかりして!分かる?フェイリル」

 返答はない、開いてはいるが、その瞳は何も映してはいないようだ。

 「やっぱりフェイリルだ、どういうこと?意味分かんない!」

 ステラは友人のズタボロの姿と魔女のごとき飛行に驚き過ぎて思考がまとまらない。

 「これは、コーンスネークの姉ちゃんじゃないか?魔法使いだったのか!?」

 守備隊長は真剣な表情で覗き込んでいたが、続く高射砲の銃撃音に我を取り戻す。

 「ローレル副長、補給弾丸、早速使わせて貰うぞ」

 見る間に三機のカカポ機には人だかりが出来て、守備隊からの応射が活気づく。

 ドォオォッン 大きな爆発音はグレネードランチャーだ、打ち下ろしなら高射砲近くまで射程が伸びる。


 戦闘はローレル隊の補給で形勢が逆転、月が昇りきる前に集結した。

 

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