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男物の時計

前作 猛禽の爪1.0 を読んでいなくて読了可能です。

 彼女の手首から恋の香りがする。

 華奢な手首には不似合いな男物の時計が巻かれていた。

 出撃前に巻いていたのは母の形見だと言っていたちょっとだけ高級ブランドの時計。


 白いシーツの上で横になっている親友の顔は木の枝に引っ掻かれ、傷が白い肌に幾筋も赤い線を引いている。

 

 (交換したのかな?)

 容態よりもその身に起きたであろうロマンスが聞きたい。

 非番の時間の全てを丸くて小さく固い椅子に捧げているのは、女の勘が彼女に素敵な事件があったと告げていているから。


単独出撃で前線へのクーリエ(補給)任務、何かに襲撃されて墜落、負傷した挙げ句に二日間森を彷徨って今日基地に歩いて戻ってきた。

 親友の名前はフェイレル・レーゼ、陸軍航空隊 第105補給大隊カカポ隊に従軍する小型VTOL機のライダー、パイロットとは言わない。


 ステラは立ち上がると窓を開け放つ、夕日が風と共に二人だけの病室にカーテンを揺らして入ってくる。

 隣の倉庫からフォークリフトやトラックが忙しく動いている気配が床を薄い基礎のコンクリートを伝わる。

 (起きちゃうかな?十時間以上寝てる、もう起きても良くない?)

 

 「綺麗・・・妖精みたい」

 ステラはフェイレルの白金(プラチナ)の長い髪を弄んでみる、ドライシャンプーしかしていないのにサロン帰りと言われても信じてしまう。

 彼女の肌は白すぎるほど白い、悪く言う人たちは彼女のことをコーンスネーク(鱗なしの蛇)と揶揄する、首筋から背中、膝裏まで斑模様の痣が肌を埋めているからだ。

 うなじを隠すためのロングヘアーだと知っていた。

 なにを馬鹿なことを言うのだろう、彼女の痣は醜くなんかない、むしろ神々しいほど美しいと思っていた、美しい竜の末裔。

 

 「こんなに綺麗なのに直ぐに死にたがるのは天罰が当たるよ、フェイ」

 「ノーメイクのくせに・・・」

 傷を避けて軽くデコピン。

 「何があったの、白状しろ」

 「痛い・・・」

 「あっ、起きた!」


 小さな足音が病室の扉を押して入ってきた。

 「傷の具合はどうだ、フェイ曹長」

 「あっ、隊長!」

 「ステラ曹長、ずっとついてくれたのね」

 慌てて丸椅子から腰を上げて敬礼で迎えたのはカカポ部隊の発案者で機体開発者でもある陸軍航空隊でワンアイズフォックス(隻眼の蝙蝠)と言われるリリィ・チラン少佐とローレル・ヤマモト少尉だ。

 「隊・・・長」

 フェイも起き上がろうと藻掻いていているのをステラが手を回し支えて半身を起こした。

 「いい、寝ていろ、少し話せるか!?」

 黒髪に眼帯のリリィ少佐はアラフォーには見えないが上品で威厳がある、何かあれば男性の上官だろうと食って掛かる、決まり文句は(殺すぞ)だ。

 出身の家柄もあり大抵の男は彼女に逆らえない。

 後ろに控えたローレル少尉は一回り若い、銀の髪を持つ優しい雰囲気の女性だ。


 「はい、大丈夫です」

 応えたフェイの声は、どこか感情が欠如している、まるで他人事のようだ。


 非番を捧げた待ち時間の報償は隊長への報告の後になった。

 「そうです、まるでカタツムリの目です、2本の槍が突き出ていました」

 フェイが乗機していた乗用ドローンを打ち落としたのは敵国ナジリスの新型対空戦車ケーリアン、通称カタツムリ。

 20mm機関砲を逆巻く嵐のように空に向かって吐き出す、低空低速のカカポ機は恰好の餌食だ。

 「今月だけで3機2人がやられた、良く生きて帰ってくれたフェイ曹長」

 「運が良かっただけです、中途半端な距離にいれば必ず当てられます」

 「あと、マ弾(近接信管爆薬弾)が無かったのも幸いでした」

 怯える様子もなく淡々と話す様子を見ているステラの方が怖がっている、明日は我が身、当然だ。

 「脱出した時の高度は?」

 ローレル少尉は脱出用システムの開発者も併任している。

 「はい、確か高度50m程でした、ムササビスーツは十分に展開出来ましたが、着陸スペースがなかったため、やむなく柔らかそうな樹木に身体を衝突させて降りました」

 「衝突って・・・」

 ステラは顔色を失ってきた、フェイはこともなげだ。

 「骨折や打撲は大丈夫なのか?診察を拒否したと聞いたが」

 「はい、問題ありません、スーツのお蔭です」

 「何言ってるの、スーツにそんな機能はないわ」

 「樹木に衝突した時の衝撃は相当だったはず、一応検査は受けた方がいいよ」

 ステラが泣きそうな顔で頼んでもフェイは首を縦には振らない。


 「私の身体に触れた人には良くないことが起こります、呪いなのです、戦時下において医師は重要な戦力、何かあってはいけません」

 そう言って襟元を閉じた、頑なに拒否、睡眠薬でも使わなければ診察出来そうにない。

 「この部隊の医師は強者よ、呪いなど気にすることはないのよ」

 「そうだぞ、若干十二歳でクロクマを22口径で仕留めたほどだ、呪いの方が逃げる」

 「・・・」

 俯いた顔にも表情は映らない、無表情で美麗な顔が不気味さを煽る、人が彼女をコーンスネークと呼ぶ原因のひとつだろう。

 流れる沈黙も気にするところはない、正面を向いてじっとしている。

 耐えかねたリリィが肩を落として診察を受けさせるための聞取りという名目の説得を諦めた。

 「分かった、報告書は今週中だ、替えの機体はない、来るまでは静養しろ」

 「!」

 初めて少しだけ焦りの表情を覗かせた。

 「代替え機はいつ来るのでしょうか」

 「正直分からん、カカポ機はFナンバーの主力機じゃない、ハンドメイドによる試作機みたいなものだからな」

 「そうですか、では私も歩兵として前線に行かせてください」

 「!?」

 三人は呆気にとられて反応が遅れた。

 「却下だ、静養していろ、命令だ」

 踵を返してリリィとローレルは病室を後にした。


 「彼女は死にたがっているように見えます、なにがあったのでしょうか」

 「出生に悲劇があったのは聞いているが・・・」

 女子の病棟をでると一般の男性兵士が忙しく働いている、奥の食堂には早くも列が出来ていた。

 リリィ少佐に気づいた兵士たちが直立して道を開ける。


 「どう接していいのか分からないですね、どうしたら彼女の心を開くことが出来るのでしょう」

 「ああ、ローズ姉なら上手く出来たんだろうな」

 「私も父に相談できたらと思います」

 二人はため息をついた。

 「どうにも我々の周りには男以上にがさつな奴しかいない、適役がいない」

 「そうですねぇ、エイラも、ましてリオ様では・・・」

 「無理・・・だな」


 カカポ部隊の仮設事務所に向かうドアを開いて二人はラライ山脈の遠い頂きを見上げた。


ありがとうございました。

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