第3話 ヤドカリとなった俺氏
海に落ちた俺は、あれから海流に流されまくったらしい。
まったく見覚えのない砂浜に漂流してしまった。
いや、そもそもこの世界で知ってる場所なんてないんだけど。
ここまではいい。
問題は別のところにある。
その問題が発生したのは、俺がこの砂浜に辿り着いてからだ。
ということで、今からそれを再現しようと思います。
(はぁ、はぁ、はぁ、酷い目に遭った······クソ神もクソババアも絶対に許さねぇ!)
海から命からがら這い上がった俺は、砂浜に倒れ込みながら復讐を誓いました。
そこで気がついたのです。
(な、なんじゃこりゃぁぁ!?)
なんと、足が4本に、手が2本あったのです。
柔らかそうな肌色ではなく、とても硬そうな赤い色をしていました。
恐る恐る、海面をのぞき込んでみました。
そこには、あのとてつもなくかっこよくて世界が絶賛するほど美の塊(笑)だと言い知らしめた花守咲人──ではなく、ヤドカリが映っていました。
(は? ······え、待って。この世界に来てから待ってって言葉が多い気がするけど待って)
俺は海面に映っているヤドカリへ手を振りました。
すると、どうでしょう。
ヤドカリが手を振り返してくるではありませんか!
(わぁーお、こいつぁすげぇや)
一通りヤドカリとの未知な交流を楽しんでいました。
というか、ここまで来たら分かってた。
クソババアにかけられたあの魔法──どうやら人をヤドカリにするようです。
……………
…………
………
以上が、俺がヤドカリに至るまでの略歴となります。
ヤドカリになるまでの再現なんて、この体で4回くらいやって時間潰してた。
現実逃避はほどほどにしよう。ここからどうしたらいいんだよ。
詰んだ、俺の異世界生活は詰みました。
ヤドカリハーレムとか誰得ですか?
──ぐぅぅぅう。
とは、鳴ってない。鳴りそうほどお腹空いた。
この2日間、何もしてなかったし、とりあえず食べ物を探しに行こう。
ヤドカリってなに食べるんだろ。
まあ、いいや。食いたいもん食おう。
人間の体では砂浜は歩きづらいが、ヤドカリだとそうでもない。
やはり足が4本もあるからかな?
慣れない体でも、しっかりと砂浜を踏みしめながら歩いていける。
ハサミの具合を確認しながら砂浜をひたすら歩いていると、ひっくり返ったセミみたいな虫を発見した。
これ食えるのかなー、食って大丈夫かなー、お腹壊さないかなー。
ええーい、ままよ! 背に腹は変えられん!
まずは、ハサミでチョンチョンと触ってみる。
············反応なし。死んでいるようだ。
そいじゃ、食べやすいように首チョンパするか。
「──ジィージジジジシィー!!」
うぉー、びっくりしたぁ!
生きてたのかよ。
セミって「コイツ死んでる? ねぇ死んでるよね?」って思うと大体生きてる。
確か、死んでるか生きてるかの見分け方あったと思うけど忘れちゃった。
未だにセミは鳴き続けてるけどひっくり返って動けないみたい。
手と手を合わせて合唱。いや歌っちゃうのかよ。
激寒なギャグに自分で凍えながら、強靭なハサミをセミの首(多分)に添えて、チョンパ!
「ジィィィイ!!」
一際大きな断末魔の叫びの上げて、セミの頭と胴は離れ離れになった。
すまんな、これは俺が生きるために必要な殺生なんだ。許してくれ。
ということでいただこう。
セミの羽を食べやすいように一口大に切って、口に運ぶ。
んー、なんだろ。不味くはないけど······エビフライの尻尾食べてるみたい。
次は本体をいただきます。
中はねっとりしてて、煮豆みたいな味で気持ち悪い······。
とりあえずここまでにしよう。
リバースしちゃいそうだし。
腹ごしらえは一応済んだ。これからどうしようか。
声も出せないし、俺が人間だってことを知らせる手段がない。
つまり、人間に戻る方法が見つけられない。
もう一度クソババアを探すにしたって、ヤドカリの身じゃ危険が多すぎる。
ぅ? あ、あれ。ちょっと待てよ。
視界がぐにゃぐにゃ歪んできた。
セミって食べちゃいけなかったのか?
それとも、食べちゃいけない毒セミとか?
あぁ、意識が、もうダメだ······。
よいこのみんなは······セミ、食べちゃダメ······だぞっ☆
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それから日が明けたらしい。
というかやばい、やばいぞ。
希望の朝どころじゃない!
「────」
「────!」
なんと人の声が聞こえるではないか!
急いで俺は、その声がする方へ走った。
やかて見つけた5人の者達は異様としか言いようがなかった。
全員が黒い服に身を包み、武装している。
言うなれば悪の組織的な奴らだ。
つまり、こんな綺麗な海にいるということ自体似合わない。
「ほほぅ、これが海というものか!」
「あら、スカーレットは来たことなかったの? 人族は布面積の少ない格好に着替えて、この海を泳ぐそうよ?」
「なんと······それはなかなかハレンチだなっ」
1番近くにいた女2人組のところに来た。
ロリっ子の赤髪ツインテールはポッと頬を赤らめ、
それを見た色気プンプン金髪女がからかうように続けた。
「うふふ、あの御方に見せて差し上げたら?」
「キャッ! ちょっとやめぬかエルレイ! 恥ずかしくなってきたではないか!」
ロリっ子は耳まで真っ赤にさせて顔を隠した。
様々な年齢の人達がいるけど、なんの集まりなんだろう······。
ますます怪しい奴らだ。
良からぬことを考えてるに違いない!
次に奥にいた3人組の方へ向かった。こちらは全員男だ。
執事の格好をしたお爺さんは、裸足になって海に付けており、
その様子を、顔の半分を布で隠した筋骨隆々のゴツメンさんが微笑を携えて見守っている。
「ホッホ、これは気持ちが良いですな」
「セバスがはしゃぐなんて珍しいな」
「おっと、これはお見苦しいところを」
「いやいや。《狂老鬼》と呼ばれるアンタに、そんな可愛らしい一面があったとは」
その中で1人だけ会話に混じらず、腕を組みながら海を見詰める者がいる。
雪のような白髪に、同じく陶器のように白い肌。
右頬に赤い雷のような模様が入っている。
何をやっても絵になるほど美しい男だった。
そして、頭の左側には鬼のような角が生えている。
「どうですか、海というのは綺麗でしょう」
「……ああ」
執事が白髪に話しかける。
白髪は海を見続けながら、短く返事を返した。
寡黙な人だなぁ──と、思っていたのもつかの間、
「──やっべ、これやっべぇ、海めっちゃ綺麗! なぁ、爺や! あれはなんだ?」
「あれは岩でごさいます」
すると、白髪はいきなりしゃがみ込み、海水を掬って口に含んだ。
「ぺっ! ぺっ! なんだこれ、しょっぺぇな!」
「それは人族が海の中でオシッコをするからでございます」
おい爺や。嘘をつくんじゃねぇ。
というか、なんだこの人。
見た目とのギャップが半端ないんだが。
こんなイケメンなのに、喋り方が変わっているというか残念というか。
すると、さっきまで離れた場所にいたロリっ子とお色気担当がこっちにやってきた。
「どうしたんだ、"魔王様"よ?」
「なにかありましたか?」
··················は?
このロリっ子、今なんて言った?
MAOUSAMA? マオウサマ? 魔王様!?
魔王って、この世界の半分くれる人だよね。
勇者の俺に世界を取らせてくれる、偉大な方だよね!?
魔王様と呼ばれた白髪の男は悪そうな笑みをロリっ子に浮かべ、海水を指差した。
「おいスカーレット、この水飲んでみ?」
「ふむ………ん? 普通の水だな」
「······魔王様。スカーレットさんは舌が狂ってるのでございます。変わりに私が飲みますので、もう一度海水を指差してください」
「やめて爺や。その優しさが辛いからやめて」
あるある。
優しくされると辛い時ってあるよね。
魔王の近くにいるってことは、コイツら魔王の仲間──すなわち魔王軍ってことだよな。
想像してたような人たちと違ったわ。
「人族殺してぇ、滅してぇぇ!」とか言うのかと思ってた。
いや、それもそれでどうかと思うけど。
海水を飲ませるドッキリに失敗した魔王は、いきなりしゃがみ込んでしまった。
他の者達は「もしかして拗ねちゃった?」というような焦った表情を浮かべる。
「ねぇ、見てこれ。似てない? 俺に似てない?」
拗ねたわけじゃなかった。
ただ、砂浜に自分の顔書いてただけでした。
「ホ······ホッホ、なかなか魔王様は美的センスをお持ちですな。爺や感動しました」
「魔王よ、今度私にも絵を教えて······プフッ······くれ」
爺や優しすぎるだろ。なんでも肯定しちゃうね。
というか、ゴツメンさん笑い隠せてないから。
魔王は笑われたことに気がついてないのか、鼻歌交じりに砂浜へ書き続けている。
「ん?」
あ、やべえ。
なに書いてるのか気になった俺と、しゃがみ込んでる魔王は目が合っちゃった。
「なぁ爺や! これなに?」
「それはヤドカリでございます」
「かっけーなコイツ!」
魔王は俺に興味津々で顔を近づけてきた。
というか、近くで見ると本当にかっこいいな魔王様。
男の俺でも惚れちゃいそうだ。
「触ってもいいかな! 毒とか大丈夫?」
「毒はありませんよ。それに、魔王は毒無効のスキルがありますのでへっちゃらです」
「そっかそっか! 忘れてた!」
そう言うと、魔王は俺に手を伸ばしてきた。
え、待って本当に触る気なの!?
甲羅を掴んで俺を持ち上げた。
何されるかわかんないので甲羅に避難!
「あれ、隠れちゃった」
「それは外敵から身を守る手段でごさいます」
「ふーん。あ、そうだ! 爺や、鏡出して!」
甲羅の影からこっそり覗くと、爺やはおもむろに何も無い場所へ手を突き出した。
その手首から先は消えており、何かを探すように腕を動かしている。
手を引くと、何も無い場所から大きな姿鏡が出てきた。
今のって魔法? インベントリとかそんな感じかな。
「はいどうぞ、魔王様」
「さんきゅー」
鏡を自身の前に置いた魔王は──俺を頭にくっつけた。
角があった左側の反対、つまり右側につけたのだ。
俺がつけられた場所は元々角があったのか、少しハゲてる。
確かに片方だけに角があるって変だなぁとは思ったけど······。
《リンク致します············リンク完了しました》
え、何この声。
なんか人っぽくない無機質な声が頭の中に響いたけど。
「お、これよくね? いいじゃんいいじゃん。これ付けとこ」
鏡に映る魔王はデデーンとポーズを取った。
初めてちゃんとヤドカリの姿見たけどかっこいいな、俺の甲羅。
黒色もかく言うほどの漆黒で、少し捻れて、鋭く尖っている。
反対側の角と見比べると俺の方が大きいけど、そのアンバランスな感じがちょうどいい。
「あら、良いではないですか魔王様。ますます素敵になりましたわよ」
「うむ······か、かっこいいぞ?」
「だろー? 先代の勇者に角折られてから気になってたんだよなー」
「あの時の魔王は辛そうだった。何をするにしても泣いてたしな」
「それでは、ヤドカリを持って帰りましょうか。残念ですが、そろそろお時間です」
爺やは空虚に手を翳すとブツブツと何かを唱えた。
直後、真っ暗な入り口が現れた。
「はぁ、慰安旅行も終わりかぁ。まだまだ遊び足りないんだけど······」
「ダメですぞ、魔王様。新たな勇者が現れましたので、我々は待ち構えねばなりませぬ」
「また勇者かよ。俺たちなにも悪いことしてないじゃん。なんでアイツらは攻めてくるんだよ。まったく、悪はどっちだって話だよな」
良からぬことを考えてるに違いないって思ってごめんなさい。
というか、勇者ここにいます。
なんなら連れ去られそうです。
そういえば、あのクソ神にこの魔王を倒してほしいから勇者にされたんだよな。
あんな奴の言うこと聞くより、こっちに着いてった方が全然いいわ。
勇者は俺だから攻めてくることもないし、なにより平和そうだし。
俺はこのまま連れ去られることを望みます!
「よし、帰るか!」
「「「「はい!」」」」
(はい!)
そうして、5人で慰安旅行に来た魔王軍は6人となって帰っていった。