月曜日とクマーラの話
「あなたが好きなことを、思うようにやってみなさい」
プリンを食べて満足気な顔をしていた月曜日の魔女は、アイスコーヒーを飲んでさっぱりした顔に切り替えると、私に向かって話を切り出した。
私が好きなこと、それって一体なんだろう?
プリンを食べている間、月曜日はほとんど無言だった。たまに「美味しい」とは言ってくれるけど、私や師匠のことを忘れて夢中で食べていた。そんな月曜日を見ながら、師匠は「ね、かわいいでしょう?」なんて笑っていた。だから師匠が得意気な顔をするのはおかしいって。
師匠と私は仕方がないのでプリンを食べて月曜日を待つことにした。その間に、さっきのインド人のクマーラはいつもあの不思議な本棚に囲まれた空間にいること、そしてそこに訪れる人にぴったりな本をおすすめしていることを師匠が教えてくれた。因みにそこに訪れる人は、本たちの気まぐれで選ばれ導かれた、運がいい人たちらしい。
「さっきクマーラが私におすすめって言ってくれてたってことは……」
「きっとハルにぴったりな本があるみたいね。気になるなら後で聞いてみるといいわ」
師匠は「でも、私にはいつもおすすめしてくれないのよねー」と口を膨らませていた。
プリンを食べ終えてコーヒーを片手に一息ついていると、同じくプリンを食べ終えた月曜日が姿勢を正して小さくこほんと咳払いをした。そして、私に好きなことをやってみるといいと言った。私からまだなにも聞いていないのに、何故か月曜日は私に言うべき言葉がわかっていたみたいだった。
「好きなこと……ですか?」
「そう、好きなこと」
「それって一体何をどうしたらいいんですか?」
「それはハルが考えなきゃいけないことよ」
なるほど、ヒントはくれるけど、そこから先は自分で考えなきゃいけないのか。当然のことと言えば当然のことなんだろうけど、教えてくれたらいいのになと思ってしまう自分もいる。
「でも、きっと変化のきっかけはもう掴んでるはず、あとは気がつくだけ」
月曜日はそこまで言うと徐々に顔を赤らめていき、そして小さく縮こまっていった。もう少し色々聞きたいなと思った時、師匠が「はい! そこまで」と話を切った。
「ハル、ごめんね。月曜日はちょっと人見知りなの。だから今日はここまでにしてあげて」
「あ、ごめんなさい」
思わず私が謝ると、俯いていた月曜日の姿が突然ぼやけ始め、そしてふわりと煙のように消えてしまった。
「え、消えちゃった……」
「月曜日は人見知りだからね」
「あの、私、月曜日に嫌われちゃいました?」
私の問いに師匠は目を大きく開いて驚きの表情をすると、その直後あっはっはと大きな声で笑い出した。
「ハルが嫌われる? ないない、そんなこと。月曜日は恥ずかしくなって消えちゃっただけよ」
「そうなんですか?」
「そうよ。でも、あれでも結構頑張った方なのよ。少しずつ仲良くなればもっと話してくれるから、また会いに来てあげて」
私自身、もっと月曜日とお話ししてみたい。でも、本当は私と話すのが嫌になって消えたんじゃないかと、ほんのちょっぴりの心配もある。不安と共に改めて師匠の顔を見ると、月曜日の保護者のような顔をした師匠が私を見てにっこりと笑った。
「大丈夫、嫌われてないから」
師匠の言葉が部屋に優しく染みる。
師匠と一緒に月曜日と過ごした部屋を出て大きな本棚の空間に戻ると、「オカエリナサーイ」と声が上から降ってきた。見なくても声の主はわかる。クマーラだ。見上げるとふよふよと綿雲に乗ったインド人が降りてきた。
どうやら上の方の本棚の整理をしていたようだ。私の目線の高さまで降りてきた綿雲の上にはたくさんの本が載っている。
「ただいま。そうだ、よかったらこれクマーラもどうぞ」
「アリガトー。コレ、ナニ?」
「プリンよ、私が作ったの」
私は紙袋の中に余っていたプリンをクマーラに渡した。
「プリン! クマーラ、プリン、ウレシイ!」
喜ぶクマーラを見ていると「あ! 余ってたの狙ってたのに!」と師匠が隣で大きな声を出す。じとりとクマーラを睨みつける師匠に対して、クマーラは「コレ、クマーラノ!」ときっぱりと主張した。
「師匠、またプリン作りますから……」
「本当! じゃあ、これはクマーラに譲るわ」
「ダカラ、コレ、クマーラノ!」
師匠とクマーラの微笑ましいやり取りを見て、私は思わずふふふと笑ってしまった。
「ハル、コレ、オススメノホン」
プリンを綿雲の中にしまったクマーラが、本の山の中から少し大きな一冊の本を手渡してくれた。『おうちでつくるお菓子の本』と書かれた表紙には、木のテーブルにコーヒーが入ったマグカップ、それからプリンが載っていた。
写真のプリンには私が作ったプリンとは違う魅力があった。シルバーで少し背の高いアイスカップに鎮座するプリンは、シックな喫茶店で出てきそうというか、大人な雰囲気をまとったプリンだった。
「この本、もらっていいの?」
「ホントウハ、カシダシ。デモ、キョウハトクベツ」
にっこりと真夏のひまわりのように笑うクマーラの笑顔はすごく眩しかった。
「ありがとう、大切にするね」
私は受け取った本を見て、月曜日が言っていた言葉をなんとなく思い出していた。私が好きなこと、それって……
「ハル、オソロイ、キガツイタ?」
本を見ながら考え事をしているとクマーラに話しかけられた。クマーラを見ると悪戯っぽい笑みを浮かべている。お揃い、それは師匠と私の服装のことだろうか? 横を見ると師匠も私を見て今にもにやけそうな顔をしている。
「フタリ、オソロイ」
「うん、師匠と私はシャツワンピースでお揃いよ」
「ソウ、ダカラ、キガエニモドッタ」
「着替えに、戻った? 誰が?」
私の問いにクマーラは返事をしなかった。でも、そっと右手の人差し指で月曜日と話した部屋の方向を指差した。月曜日、そういえば彼女もシャツワンピースを着ていた。
そうか、他のことで頭がいっぱいだったから気がつかなかったけれど、私たち三人は色違いだけどお揃いのシャツワンピースを着ていたのか。そのことに気がついて、なんだか私は胸が温かくなった。
「師匠」
「ん?」
「私、もっと仲良くなりたいです。月曜日と」
言ってから、変な宣言になってしまったなと思ったけれど、師匠は私の宣言を聞いて笑顔で頷いてくれた。
「うん、きっとなれると思うわ」
師匠に言われて私はなんだか嬉しくなった。
〜 クマーラからのお願い 〜
クマーラ、ツヅキモ、オススメ
イイネ、アルト、ウレシイ!
ポイントモ、アルト、モットウレシイ!