謎の賢者たち
「まいったねえ……」
「ああ、まいった」
「どうしたものか……」
「そうだなあ」
中華料理店のような部屋の中、七人のおじいさんが円卓を囲んで座っている。テーブルに料理はなく、食事をしていたような形跡もない。
中華風の部屋なのに、みんな同じ黒いローブを着ていて賢者って感じがする。私は賢者を生で見たことがないけれど、ファンタジー映画の賢者のイメージそのままのおじいさんたちが難しい顔をしている。
一人は腕を組み、一人は頭を抱え、一人は目を閉じ、一人は天井を眺め……みんなポーズは違うけれど、七人が何かに悩んでいるのはよくわかる。
「この件について日曜日、いや、終わりを告げる者はなんと?」
白くて長い髭を生やした、いかにも賢者っぽいおじいさんが問う。すると右隣に座っていた不健康さ満載の青白さと細さを兼ね備えたおじいさんが右手を挙げた。こほんと軽く咳払いをすると、おじいさんは悲しい顔をして口を開く。
「彼女曰く『私はきっかけを与えたに過ぎない。その後どう事態が転ぶかは私の管轄外』だそうだ」
「そんな無責任な話があるか!」
だん! っと思い切り円卓を殴りつける筋肉隆々の色黒おじいさん。みしっと円卓が鳴いたので、ヒビが入ったのだろう。眉間に皺を寄せながらムキムキな体を振るわせる色黒おじいさんの姿は賢者というより武神に見える。
「まあ、落ち着きなさいな。彼女にも色々としがらみや事情があるのも事実。我々としても彼女と敵対するのは避けたい」
いかにも賢者がマッスル賢者を嗜める。日曜日、何かやらかしたのかな? なんて思いながら私は賢者たちを観察する。
私は夢を見ているらしい。気がつけばこの部屋にいて、天井近くから円卓の賢者たちを見下ろしていた。いくら魔女になったとはいえ知らない部屋にいきなり転送されることはない。なのでこれは夢に違いない。
日曜日以外馴染みのない要素ばかり。何がきっかけでこんな変な夢を見ているんだろう? 私がこの夢を見ることになった背景が少し気になる。
「落ち着いていられるものか! バランスが崩れ始めたのだぞ。せっかくこれまで四季の調和が取れていたというのに」
がたん! と大きな音を立てて立ち上がるマッスル賢者。この中で一番血の気が盛んなのかもしれない。周りの賢者たちが「まあまあ……」と声をかける。
「春に専属の魔女ができた。夏はともかく秋や冬が黙っておるまい。日曜日が余計なことをしなければあの魔女見習いもいらぬことをしなかったろうに」
円卓を見回してマッスル賢者が声を上げる。今、私のこと話してたよね? 夢だからと気を抜いていたけど、これはもしかしたら他人事じゃないかもしれない。私は聞き漏らすまいと少し身を乗り出そうとした。しかし、タイミングが悪かったかもしれない。
「ああ……もう、本当に腹立たしい!」
マッスル賢者は怒りで体を震わせると、また力強く円卓を殴りつけた。すると、円卓に大きな亀裂が入り真っ二つに割れた。その際に拳サイズの木片が宙を飛び、私のおでこにクリーンヒットした。
「ぎゃっ!」
おでこに大きな衝撃が走る。目を開けると私の目の前には床があった。見慣れた床、これは私の部屋の床だ。むくりと起き上がると私は布団とともにベッドから落ちていた。どうやら寝相が悪かったらしい。おでこを触るとほんの少したんこぶができていた。
「おはよう、ハル。どうしたの? そのたんこぶ」
バタートーストとサラダ、ホットコーヒーの朝ごはんを食べている時、師匠が私のおでこの異変に気がついた。私がベッドから落ちたこと、それから不思議な夢を見たことを話すと師匠は真面目な顔で聞いていた。
「それ、夢だけど夢じゃないかもしれないわね」
「どういうことですか?」
「調和が崩れたってのは、確かにその通りなのよね。だって四季のうち魔女がいるのは春だけでしょう?」
「確かにそうですけど、私一人でそんなに変わります?」
「変わると思うわ。だって『魔女がいる季節』って言うだけでなんだか他の季節とは違う印象を受けない?」
師匠に言われて私はなるほどと納得した。まだ私は春の魔女として何もしていないけど、どうやらそういう話ではなさそうだ。夏が「いいなあ、春は」と呟いていたのが頭をよぎる。
「ハルが見たおじいさんたちが何者かはわからないけど、不思議な夢を見たってことで終わらすのはまずいかもしれないわね」
「じゃあ、私はどうしたらいいんでしょう?」
私は妙な焦りを感じて師匠に聞いた。
「まあまあ、そう焦らなくても大丈夫よきっと。どうしたらいいかはこれ考えたらいいじゃない」
「でも、もう調和が崩れちゃってますよ?」
「大丈夫よ、だって七つの曜日の魔女が揃うのにかなりの時間がかかったのよ? ということは最後の金曜日が見つかるまでの期間はずっとアンバランスだったはずよね」
「だけど、金曜日が見つかってない時も大変なことは起きなかった?」
「そういこと」
師匠がにこりとして言った。
「たぶん四季もバランスが崩れたからって、すぐに何かが起こることはないんじゃないかしら」
師匠にそう言われて、私もそうかもしれないなと思った。そして、同時に私がやらなきゃいけないこともわかった。私がきっかけで調和が崩れた。なら、私がもう一度調和をもたらせばいい。
「じゃあ私、他の四季の魔女を探そうと思います」
新しい魔女を探す。どうやったらいいかわからないけど、そうすればまた四季のバランスが取れるはずだ。
「それはいいかもしれないわね。でも、新しい魔女を探すのは時間がかかるかもしれないわよ」
師匠が少し心配そうな顔で私を見る。
「大丈夫ですよ、だって魔女にはたくさん時間があるんでしょう?」
「そうだったわね」
言うようになったじゃない、と小さく師匠が呟く。私たちは顔を見合わせ小さく笑った。さて、やることは決まった。でも、何からしたらいいんだろう? 取り掛かるにもまず何をしたらいいのかがわからない。こんな時に相談すべきなのは月曜日かな?
「ハル、私、スコーンが食べたい」
コーヒーを飲みながら師匠がリクエストしてきた。
「わかりました。お昼過ぎに月曜日に相談に行こうと思います。お土産にスコーンを作るんで、ついでに師匠の分も作りますね」
「やったー! あと、ブラックベリーのジャムもよろしく!」
子どものような笑顔ではしゃぐ師匠。私はその笑顔を見て微笑ましく思った。
「わかりました、ジャムも作っときます」
これからかなり忙しくなりそうだ。でも、そんな未来にわくわくしている自分もいる。スコーンとジャム、それからビスケットも作ろう。お菓子作りのことを考えていると、私は早く月曜日に相談しに行きたくなった。