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魔女のお茶会

 木造の廃校舎。古い黒板の右端に、日直の名前を書く欄だけが残っている。優しく温かみのある教室。古い窓ガラスは透明だけど厚みが均一じゃない。だから、窓越しに見ると外の景色がところどころたゆんで見える。

 夏の日差しの降り注ぐ誰もいないグランド。かつてそこで遊んでいた子どもたちの影が、楽しそうに砂煙を上げながら駆け回っている。影だから当然声はない。でも、全身から楽しそうな雰囲気が伝わってくる。どうやらグランドが昔のことを思い出して思い出に浸っているようだ。

「ハル? ねえ、ハルってば。おーい」

 右隣の師匠の声で我に返る。しまった、外の景色につい見入ってしまってぼんやりしていた。

「あ、すみません。師匠が次チョコレートで、月曜日がメープル、金曜日がプレーンでしたっけ?」

「違うよハルちゃん。水曜日がメープルで、月曜日がプレーン。私がチョコレート」

 前に座る金曜日がふふふと笑いながら教えてくれ、その横で月曜日がコーヒーを飲みながらうんうんと頷いている。そそとした佇まいでコーヒーを飲む月曜日。月曜日がマグカップを両手で大事そうに持つ様は、すごく絵になると思った。

 今日はお茶会をしている。場所は月曜日のお気に入りの夏の廃校舎。季節は夏だけど校舎の中はひんやりとしていて、心地よく過ごしやすい。お茶会のお菓子は私が作ってきたベルギーワッフルだ。

「こないだ持ってきてくれたのもすごく美味しかったけど、今日のはさらに美味しくなってる」

 コーヒーと一緒にワッフルを出してすぐ、月曜日が一口食べて目をぱちくりさせながら驚いてくれた。

「今回ちょっと自信作なんです」

 月曜日が「腕を上げたわね」と言ってくれたのがすごく嬉しくて、私が胸を張っていると、師匠と金曜日が口を揃えて「私たちこないだのを食べてないんだけど」と抗議してきた。金曜日はともかく師匠はそんなこと言える口じゃないでしょう。そんな言葉が喉から出てきかけたけど、なんとか飲み込んで「まだまだたくさんあるから許してください」と受け流した。


 師匠の「たまには集まってお茶でもどうかしら?」という思いつきで開催が決定したお茶会。

 魔女のお茶会。四人の魔女が集まるのだから簡単に言うとそういうことだろう。言葉としてはなかなかインパクトがある。

 魔女のお茶会と聞くと、黒くて大きな三角帽子に黒いローブを纏った老婆がテーブルを囲む童話のようなイメージが頭に浮かぶ。けど、実際なんてことはない。ただの女子会だ。

 まず服装がカジュアルだ。ベージュのサマーニットの月曜日。黒の半袖パーカー師匠。淡いブルーのカットソーの金曜日。濃紺のシャツワンピースの私。まず見た目からして厳かな空気をもたらすものは欠片もない。

 話題だって緩い。最近食べたケーキの話や、月曜日の図書館の新刊について。クマーラが図書館に来た人に最近おすすめした本のことや、金曜日が接客したご婦人が実は人間じゃなくて金木犀の木の下に住む妖精だった話。それから師匠が選ぶ私のお菓子ベスト3などなど。

 月曜日が話してくれたクマーラの話はなんだかすごくほっこりした。なんでも夢の世界から迷い込んだ五歳の女の子に絵本をおすすめしたらしい。うさぎが色とりどりのワンピースを着るお話で、カタコトながらもクマーラが一生懸命女の子に絵本を読み聞かせ、それを女の子が夢中で聞いていたんだとか。それを少し離れたところで静かに見守る月曜日を想像し、私もその場にいたかったなと思った。

 因みに師匠が選んだ一位のお菓子はスコーンだった。ブラックベリーのマフィンは二位で、その理由が「すごく美味しいけど、まだまだ美味しくなりそうだから」とのこと。少しむっとした。だけど、私自身もそう思っていたので、絶対にもっと美味しいマフィンを作ってみせると心に誓った。

 先輩魔女たちの話を聞きながら、私も豆腐の街の勢力図の最新情報をお話ししたりして穏やかな時間が流れるのを楽しんだ。ここ最近色々あって真剣に考えたり、お菓子作りに没頭したり、刺激的な日々を過ごしていた。だからなのか、こうして何人かでゆるりとお話するのはなんだかすごく楽しい。

 余談だけど豆腐の街では少し前に高野豆腐と枝豆豆腐と卵豆腐が手を組んで勢力図を塗り替えようと動きがあった。でも、二大勢力の前では、塵芥に等しくすぐに動きは制圧され、結局まだ木綿派と絹ごし派が拮抗し続けている。たぶんこの争いに終わりが来ることはないだろう。

「それにしても、やっぱりハルちゃんはすごいよね」

 私がコーヒーを飲んでいると金曜日が言った。私は何のことか分からず首を傾げる。

「だってさ、どんどん新しい変化を生み出してるし、新しい魔女になっちゃうなんて。まさか春の魔女になるとは思わなかった」

 私が反応に困っていると、月曜日が「ハルは色んなことに新しい風を吹き込んでる。魔女にもそれ以外のことにも。だから、たぶんそのうちもう一つの肩書きができると思う」と言った。

「もう一つの肩書き? それって日曜日みたいなやつです?」

 終わりを告げる者、日曜日は魔女とは別の肩書きを持っていた。そしてそれが師匠と私の関係性に変化を与えた。肩書きが増えるって私も日曜日みたいになるってことなのかな。

「ええ、似たようなものよ。たぶん『新たな風を生む者』とかになると思う」

 月曜日がぱくんと三つ目のワッフルを食べながら言った。

「新たな風を生む者、それ誰が決めるんです?」

 肩書きが増える。魔女にだってなったところなのに、肩書きが増えるってどんな感じなんだろう。あと、それを命名するのは誰なんだろう? 緊張しながら月曜日を見ると、月曜日はすまし顔のまま「誰かかな」とだけ言った。全然答えになってない。私が困惑していると「そのうちわかるはず。だから大丈夫」とだけ言われた。

「もうちょっと詳しく教えて欲しいんですけど」

「焦らない。待っていればいずれわかるわ。私たち魔女は長生きなんだから」

 取りつく島もなく月曜日に会話にピリオドを打たれた。

「そんな……ねえ、師匠、肩書きって誰が決めるんですか?」

「誰がねえ……そのうちわかるわよ」

 師匠もにやりとするだけでそれ以上は何も言ってくれない。どうしようなくてため息つく私。そんな私を見て金曜日がくすりと笑った。


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〜鞠目からのお知らせ〜
連載のきっかけとなった短編があります
水曜日の魔女と金曜日の魔女の出会いのお話です

↓短編はこちら

水曜日の魔女、銀行に行く
― 新着の感想 ―
『新たな風を生む者』、カッケェ( ˘ω˘ )
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