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気まぐれ魔女との生活は、今日も穏やか  作者: 鞠目
第二章

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お菓子のレシピ

「それ、何かの冗談?」

 師匠は私が言ったことを信じてくれていないよう。まあ、私もまだ実感があるようなないようなだから、仕方がないかもしれない。

「いやいや、本当に魔女になったんですって、ほら」

 私は指をパチンと鳴らす。そして師匠の膝の上に、薄紅色の花をいくつか咲かせたボールペンほどの長さの桜の木の枝を出す。春の魔女になってから、私は春らしいものが自分の思いのままに出せるようになっていた。

 目を見開いて声を出すことなく固まってしまった師匠。私が「あ、梅の花も出せますよ」と言うと、呆れた声で「あのね、花の種類の問題じゃないのよ」と言われた。

「ハル、あなたが春の魔女になったことは信じる。信じるから詳しく教えてくれるかしら? どうやって春の魔女になったのかを」

「もちろんです!」

 やっと師匠にこのことが話せる。私はふふんと胸を張った。


 結論から言うと、席がなければ作ればいいと思ってお願いしてみた。そしたらあっさりなれちゃったんだ。

 魔女の席は七つ。各曜日に一人ずつで既にもう満席。このままだと私はずっと魔女見習いのまま。それはつまらないなと思い、何かいい方法がないかと考えた。

 埋まっている所に無理やり二人目として入るのは違うし、欠員が出るのを待つだけじゃいつになるかわからない。月曜日にどこかで新しい魔女の求人なんて出てないかと試しに聞いてみたけど、馬を眺めながらあっさり「そんな予定はなさそう」言われてしまった。

 ないなら席をつくちゃえばいいのでは? お風呂で温まりながら、豆腐ドーナツに合うジャムのことを考えていた時にふと思いついた。曜日に魔女がいるのなら、季節に魔女がいてもいい気がする。ということで、私はダメ元で春にお願いしてみることにした。

 世の中なんでも言ってみるもんで、春はにこにこしながら快諾してくれた。

「ハルがわたしのまじょになってくれるの? すごくうれしい!」

 春は私の周りをぴょんぴょん飛び跳ねながら喜んでくれた。その反応が可愛くて私は思わず顔が緩み、私も春と同じようににこにこ顔になった。

「春の魔女って、何か魔女になるにあたっての制約とかないの?」

 ひとしきり私の説明を聞いた後、心配そうに師匠が聞いてきた。親に心配される娘のような気分になり、悪い気はしない。

「師匠たちと同じく、長生きするから昔の記憶が曖昧になることぐらいですよ。あ、あとたまに果物をたくさん使ったケーキを持って春のところに遊びに行くことですね」

 ケーキは魔女になるに条件というか、これは春からお願いされたことだ。春とドーナツ食べて楽しい時間を過ごした後、帰り際に「もうかえっちゃうの?」と寂しそうに言われた。そして、「たまにでいいから、またあそびにきて」とも。

 私のワンピースの裾を右手でぎゅっと握りしめる春。口には出さないけれど、その仕草から春の抱える孤独のようなものを感じた。

「わかった、約束する。ちゃんと遊びに来るね。次に来る時は、お土産に果物たっぷりのケーキを持って来てあげる」

 私がしゃがんで春の目線の高さに合わせて話すと、春が嬉しそうに抱きついてきてくれた。心の底から嬉しそうな春を見て、春の魔女としてだけではなく、春の友人として遊びに来たいなと思った。

「素敵な約束ね。今度ハルが遊びに行く時教えてよ。私も一緒に行きたいわ」

 そう言う師匠の顔は、すっかりいつものお姉さんの顔だった。


「師匠、帰ったら食べてもらいたいものがあるんです」

 話を終えた私たち。でも、このまま家に帰っていいのかという迷いの色を目に宿していた師匠に、私は隠していたカードを切った。

「食べてもらいたいもの?」

 食べ物の話に一瞬で目から影を消し飛ばし顔を輝かせる師匠を見て、私は笑いが込み上げた。けれど、そこはなんとか我慢する。ここで師匠のペースに飲まれるわけにはいかないもの。

「春が言ってたんです。その昔、この場所で二人の男女が美味しそうにお菓子を食べていたのを覚えてるって」

 春の話によると、男女はすごく仲が良さそう。長い黒髪に黒い洋服を着た女に、男は「やっぱり君には黒がよく似合うね」と言い、女は顔を赤らめながら「あなたの作るマフィンはいつ食べても美味しいわ」と言った。そのマフィンはすごく美味しそうに見えて、二人の会話を聞いていると、ブラックベリーのマフィンだとわかった。

 二人があんまり美味しそうに食べるから、春はいつか食べてみたいな、と思った。でも、なかなかそんな機会はやってこないだろうと諦めながらその場を去ろうとした時に、「黒が似合う君にはブラックベリーがぴったりだと思ったんだ。まあ、名前のままなんだけどね」と、男が笑うのが見えた。

 春は、男の笑顔に潜む仄暗い翳りに、男が病で先が長くないことが見てとれた。何気ない光景だったけど、どうしてだか春には二人の会話が印象深くはっきりと記憶に残っている。そして、その時見た女の特徴が、後に自由気ままに振る舞う長命の女に似ているなと思っていた。

 春がかわいらしく一生懸命教えてくれたことを私なりにまとめて伝える。師匠は私の言葉を一言一言噛み締めるように聞き入っていた。

「そして、たぶんこれが春が言ってたブラックベリーのマフィンのレシピです」

 私がクマーラからもらった不思議なお菓子の本を開いて見せると、師匠が声をあげて驚いた。

「なんで? どうして本に載ってるの……いや、これ、クマーラがハルにあげた本よね? それなら何が載っててもおかしくないのか……」

 一人で勝手に納得する師匠。まあ、その通りなので私も否定しない。

「はい、クマーラがくれたあの本です。最近なんとなく常に持ち歩くようにしてたんですけど、春からマフィンの話を聞いたら勝手に鞄から出てきてこのページを見せてきたんですよ。だから、たぶん一緒なんだと思います」

 はっきりとした根拠はない。でも、春がレシピと共に開催された写真を見て「これ! これがたべたかったの!」と嬉しそうに指を差していたから、間違いないだろう。

「なるほど……この本、相変わらず不思議な本ね。私には材料や細かな作り方は読めないわ」

「昨日読めるようになったレシピなんですけど、そこそこいい感じに焼けたんですよね。試食した黒猫曰く、『ドーナツを焼きまくったからスキルが上がったんだ』って。要領が掴めてるんだろって言ってました。帰ったら作るんで焼きたてを食べてくれませんか?」

 私たちの間をさーっと爽やかな風が吹き抜ける。ほんの一呼吸の時をあけてから師匠が笑顔で私を見た。

「黒猫って、前にハルと一緒に豆腐のお使いに行ってくれたあの子? あの子また来てるのね。久しぶりに会いたくなっちゃった」

 ベンチから立ち上がり「さあ、帰るわよ」と歩き始める師匠。「ちょっと待ってくださいよ」と後を追う私。

 私に背を向けながら歩いているけれど、師匠の頬にちらりと光る一筋の涙が見えたことは私だけの秘密にしておこうと思う。


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〜鞠目からのお知らせ〜
連載のきっかけとなった短編があります
水曜日の魔女と金曜日の魔女の出会いのお話です

↓短編はこちら

水曜日の魔女、銀行に行く
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