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説明のセオリー

 昼下がり。雲は空に見当たらず、どこまでも続く青は見ていて気持ちがいい。

 新緑をこれでもかと見せつけてくる木々に囲まれた公園の中には、休憩中のサラリーマンや散歩中のおじいさん、ベビーカーを押すお母さんに犬の散歩をする女の子。色んな人の姿が見える。銀行のすぐ近くにこんな場所があったなんてちょっと意外だ。前に来た時は気が付かなかった。

 優しくて穏やかな空気が流れているのに、大きな木の下のベンチに座る私たちの間には、どことなく気まずい雰囲気が漂う。

「おいしい。やっぱりハルの作るおやつは最高ね」

 私の作ってきた豆腐ドーナツを食べた師匠が満足そうに目を細める。本当は話が終わってから出すつもりだったのに、気まずさに耐えきれず出してしまったんだ。もちろんいちごジャムとコーヒーもセットで。お菓子に逃げた自分に情けなさを感じる一方で、持ってきたドーナツを褒めてもらえて嬉しくなる。単純なんだ私は。「自信作ですよ」と、少し胸を張りながら言った。ドーナツを入れていた紙袋を持つ手に少し力が入る。

「ところで、聞きたいことがあってきたんでしょう?」

 にやりとして師匠が言う。なんでよ、なんで聞きに来られた師匠の方が余裕があるのよ。私は少しむっとした。

「そうです、聞きたいことがあってきたんです。勝手に出ていくし、いくら待っても帰ってこないし、師匠はこんな所で何をしてるんですか?」

「何をしてるんだろうね、私は。それは私もたまにわからなくなるわ」

 急に師匠が目がすーっと焦点を失ったかのようになりどこを見ているのかわからなくなる。視線の方向には砂場で遊ぶ親子がいるけれど、たぶん見ているのはその遥か先で砂場の二人は認識さえしていなさそうだ。風に髪をなびかせる師匠は、声をかけたらそのまま砂になって消えてしまいそうなぐらい儚げに見える。


「じゃあ、質問を変えます」

 そよそよと吹き抜ける風を感じながら、二杯目のコーヒーを飲み干した私は覚悟を決めた。

 ここ数日、師匠に何をどうやって聞くか、数えきれないほど何回も考えてきた。たくさん聞きたいことはあるけど、まずはこれを聞かなきゃ始まらないと思ったことを私は三つに絞り込んだんだ。

 私がまっすぐ師匠を見つめると、師匠もこちらをまっすぐに見てくれた。顔にいたずらっぽさやあどけなさはなく、真剣な色に染まっている。

「いいわ、なんでも答えてあげる」

 静かに、でもはっきりと言った師匠にも覚悟の現れを感じた。


「師匠はどうしていなくなったんですか?」

「気まずいからよ」


「どうして私を弟子にしたんですか?

「寂しいからね」


「どうして師匠はこの場所にこだわるんですか?」

「ここが好きだからかな」


 かなり端的な回答。とってもわかりやすい。でも、説明不足だと思う。それだけじゃ納得できないし、私としてはその背景が知りたい。

「師匠、わかってますよね? 私が言いたいこと」

 私がじっと師匠を見つめると、観念したのか真顔が崩れていき苦笑いになった。

「わかってるわよ。もっと詳しく聞きたいんでしょう? ちゃんと話してあげる。でも、その前に準備しなくちゃ」

「準備ですか?」

「そう、まあすぐに終わるからちょっと待ってね」

 師匠はそういうと右手で指をパチンと鳴らした。

 公園の時が止まる。風が止み、音が消え、公園の中にいた人はもちろん新緑もぴたりと動くのをやめた。でも、止まったのは一瞬のこと。公園の周りのビルを含め、景色も人も全てが無音のままゆっくりと逆に動き出す。

 世界は私たち二人を置き去りにしてどんどん巻き戻っていく。時間が戻るにつれて景色はぼやけたものになっていき、色もセピア調になっていく。まるで古い写真の中にいるようだ。

「ハルの三つの質問、後ろから順に答えてあげる。物事を説明する時は、やっぱり巻き戻しがセオリーだからね」

 えっへんと胸を張る師匠な顔には子どものような笑顔があった。

「そんなセオリー、私初めて聞きましたよ」

 私の言葉に師匠はにやりとするだけで、それ以上何も言わなかった。でも、久しぶりに感じるいつもの師匠らしさに、ちょっとほっとしている私がいた。


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〜鞠目からのお知らせ〜
連載のきっかけとなった短編があります
水曜日の魔女と金曜日の魔女の出会いのお話です

↓短編はこちら

水曜日の魔女、銀行に行く
― 新着の感想 ―
っぱこの二人なんだよなあ( ˘ω˘ )
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