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気まぐれ魔女との生活は、今日も穏やか  作者: 鞠目
第二章

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師匠に会う前に

 師匠に会う一週間前。

 月曜日と話した時はすぐに会いに行こうと思った。でも、クマーラにワッフルを渡して家に帰り、お風呂にどっぷりと浸かった時にあるアイデアが浮かんだ。私はそれを実行するために二つやらなくちゃいけないことができた。一つは豆腐ドーナツを作ること。そしてもう一つは……。

「そんなに集めてどうするんです?」

 声がした。空からしゅるしゅると回転しながら降ってくる一口サイズの豆腐たち。私が考え事をしながらそれらをバケツでキャッチしていると、いつの間にか黒猫がいた。前に一緒にこの豆腐の街に来たあの黒猫だ。

「豆腐ドーナツを作ろうかなと思って」

 私は黒猫に言った。豆腐ドーナツ。師匠に会いに行くなら、今まで作ったことのないおやつを持っていきたいなと思った。そこで、不思議なお菓子の本をぺらぺらとめくっていると新しく読めるようになったレシピがあった。それが豆腐ドーナツだ。

「そう、それはいいですね」

 黒猫は笑顔で言った。

「そうだ、ちょっと手伝ってもらえない? 私、豆腐ドーナツを作るのが初めてだからさ、うまく作れるようになるまで味見に付き合って欲しいの」

 味見役。せっかく師匠に久々に会うのだから美味しいドーナツを持っていきたい。となると味見役は必要だ。

「味見ですか、それはいい。引き受けましょう」

 ふふん、と黒猫が嬉しそうな顔をする。

「よかった! そうだ、たまに豆腐ハンバーグもつくってあげるね」

 前に黒猫が好物だって言っていたのを思い出した。

「本当ですか! それなら何日でもお付き合いいたしましょう」

 黒猫は嬉しそうにごろごろと喉を鳴らした。


 師匠と会う三日前。

 私は菜の花畑に来ている。月曜日に教えてもらった菜の花はどこを見ても優しい黄色い海のよう。初めて見る景色なのにどこか懐かしいものを感じる。

 風に乗って遠くから子どもたちがはしゃぐ楽しそうな声が聞こえる。どこかで誰かが遊んでいるのかもしれない。

「おねえさん、なにかごよう?」

 声がした。私が振り向くと薄い黄色のワンピースを着た小さな女の子が立っている。周りの空気がさっきよりも一層ふんわりとした。コインランドリーで洗いたての毛布のような温もりが体を包む。

「こんにちは。私はハル。ここに来たら春に会えるって聞いて来たの。ちょっとお願いがあって」

 私は女の子に自己紹介をした。

「ふーん、おねがいってなに?」

 女の子が首を傾げると肩にかかった髪がふわりと揺れた。月曜日は会えばわかると言っていた。そう言われた時は不安だったけど月曜日が言った通りだ。

「お願いの前にお土産があるの。豆腐ドーナツは好き?」

「ドーナツ! すき!」

 女の子がにこにことしながら駆け寄って来た。天真爛漫な女の子の笑顔に胸がきゅんとなる。ああ、春、かわいすぎる。そんなことを思いながら私は持ってきたドーナツを取り出した。


「ハルはいちごがほしいの?」

 ドーナツを頬張りながら春がまた私に首を傾げる。黒猫に味見をしてもらい作り続けた結果やっと納得のいくドーナツが作れるようになった私は、春に会いに来た。春に会う目的は二つ。その一つ目がいちごだった。

 豆腐ドーナツはもちろん美味しい。でも、それだけじゃ師匠に会いに行くのに物足りない気がした。そこで、春らしい果物を連想して、いちごジャムが作りたくなった。

 せっかく作るなら美味しいいちごで作りたい。誰に相談するのがいいか考えた結果、春の果物なら春に相談するのが一番だと思ったのだ。

「いいよ! そのかわりにわたしにもジャムちょうだいね!」

 私が理由を説明すると春は快く返事をしてくれた。

「わたし、いちごジャムすきなの」

 嬉しそうに頬を緩める春は本当に可愛らしい。私は「もちろん!」と元気よく言った。風が私たちの周りの黄色い花たちを優しく揺らした。


 師匠と会う一日前。

 私は豆腐ドーナツとビスケット、それからいちごジャムを詰めたビンを持って再び菜の花にやってきた。私が黄色い海の中を歩いていると「こんにちは!」と春が駆けて来る。春は一昨日よりも少し赤みの入った黄色いワンピースを着ている。こないだのワンピースも可愛かったけれど、今回のワンピースもすごく可愛い。

 私は魔法で木のテーブルと椅子を出し、それから白いマグカップを二つ、そこに牛乳をたっぷりと注いだ。

「今日は一緒にどうかな?」

 私が提案すると春は「いっしょにたべよう!」と飛びついて来た。今日も春のかわいさが爆発しているなと思いながら、私は春の頭を優しく撫でてあげた。

 春はいちごのジャムもビスケットもすごく気に入ってくれ、何度も何度も「おいしい!」と笑顔を向けてくれた。

 春は私が魔女見習いなことは知っていたらしい。ドーナツを食べながら魔女見習いになった理由を聞かれたので、私は簡単に師匠の弟子になった経緯を説明した。

「そうなんだ。それで、ハルはどうしたいの?」

 子どもだと思っていたけど、よく考えたら春は私よりも何年も年上だと言うことを思い出した。頭を撫でたり子ども扱いしてしまったことを恥ずかしく思いながら、私が二つ目のお願いをすると春は「いいよ!」と、また快く返事をくれて。

「いいの?」

 あんまりあっさりと返事をくれたので、私は聞き返してしまった。

「いいよ! わたし、ハルのことすきだもん」

 ふふん、と胸を張る春は頼もしく、そしてすごく愛らしかった。


 師匠と会う当日。

 私は出来のいい豆腐ドーナツといちごジャム、それから春に好評だったビスケットを持って家を出た。向かったのは銀行。金曜日が働いている銀行じゃなく、金曜日が前に働いていた銀行。師匠が金曜日が働き始めるよりも前から通っていた場所だ。

 銀行に着いたものの、中に入ってもやることがない。さて、どうしたものかと考えていると聞き慣れた声がした。

「待ちくたびれちゃった」

 どの口が言うのそれ、と思ったけど怒りは湧いてこなかった。振り返ると師匠がいた。見慣れたいたずらっ子のような笑顔が私を見ている。


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〜鞠目からのお知らせ〜
連載のきっかけとなった短編があります
水曜日の魔女と金曜日の魔女の出会いのお話です

↓短編はこちら

水曜日の魔女、銀行に行く
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