応援の帰り道
すごかった。
クマの種別対抗と聞いたので、クマの各種族から何頭か観にくるのかと思ったら、何のことはない。思っていた以上にたくさんの観客がいて、国立競技場のような近代的で大きなプールの観覧席はごった返していた。
まず、観客はクマだけじゃなかった。
トラやライオン、オオカミといった肉食獣がいると思えば、シカやシマウマにバッファロー、それからフラミンゴやワシにペンギンまでいる。あっちにはサイ、こっちにはコアラがいるし、ここは動物園なの?
そうかと思えば、背中に真っ白な美しい翼、白スーツに光る輪っかを頭の上に浮かべた金髪美男子と、コウモリのような真っ黒な翼を持ち、黒のタキシードを着崩す色気の塊みたいな男が仲良く並んでソフトクリームを食べながら座っていたり、立派な二本のツノを生やした赤鬼の大家族がいたり、よく絵本に描かれるサンタクロースみたいに立派な白い髭を伸ばしたおじいさんたちがビール片手に楽しそうに騒いでいたりして、もう何一つ客層にまとまりがない。
「なんて言うか、すごいですね……」
上手く言葉が出ない私に、魔女は空いている席を探しながら「大丈夫、ここには危ないのは来れないから」とさらりと言った。席探しは難航したけれど、運良くプールに近いパンダたちの応援席の隣に座ることができた。端っこだけれど見晴らしはよくプールもしっかり見える。
「ここに来る途中にスダチ畑を通ったでしょう? あそこが夏の土地に入る前の結界になってるの。だから、危険な存在はこの場所にはいないわ」
スダチ畑。ここに来る途中、濃い緑色の葉の下に、綺麗なスダチの実をたくさんぶら下げた木が整列して並ぶ、広い畑を通ってきた。夏を感じる素敵な畑だったけれど、あそこが結界だったんだ。私は結界が何なのかはわからないまま「そうだったんですね」と知ったかぶりをした。
水泳大会は前回優勝したマレーグマの長老による開会宣言によって幕を開けた。長老の話はあっさりしたもので、本日はお日柄もよくから始まり、みなさん頑張ってくださいねみたいな感じで締めくくられた。
大会は淡々と進む。各種代表がレーンに並び、大きなパンダが立派なドラを叩く音で競技が始まった。
どの種族も泳ぐのが早かった。パンダが泳ぐところなんて今まで見たことがなかったけれど、どの種族の代表選手も美しいフォームでぐんぐん泳いで行き、横並びの大接戦だった。
最終的にはコンマ一秒の差でホッキョクグマが優勝した。記録によると二十年ぶり八度目の優勝らしい。魔女と私は手を取り合ってホッキョクグマの優勝を喜んだけれど、ホッキョクグマの代表選手の中に、先日あった彼の姿はなかった。
「応援に来てくれたんですね! ありがとうございます」
大会が終わり、会場を出ようとした時に先日会ったホッキョクグマと出会った。
「行くって言ってたでしょう? そりゃ来るわよ」
魔女は嬉しそうにホッキョクグマの横に立って、ばしばしとクマの右肩を叩く。「アーティスティックスイミングだっけ? すごかったわー! 私感動しちゃった!」と言いながら、魔女はクマの肩をさらにばしばし叩いている。興奮が態度に出過ぎているなあと思い、そんな魔女を見て私はつい笑ってしまった。
補欠だったクマは競技には出られなかったけれど、その後の優勝種族によるアーティスティックスイミングの演技メンバーには入っていたようだ。たくさんのホッキョクグマたちの演技は美しく、素晴らしい完成度だった。
クマがアーティスティックスイミングの演技をすればこうなるのかーと感心しながら、私は演技が終わるまで瞬きすら忘れていた。演技が終わった時、会場からは競技の時以上に大きな拍手と歓声が上がり、会場は感動の渦に包まれていた。
「残念ながら競技の代表にはなれませんでしたが、すごくいい経験になった気がします」
晴々とした顔をしたクマ。私が「次の大会も代表を目指すの?」と聞くと、元気よく「はい!」と答えてくれた。
ホッキョクグマと別れた後、私たちはお昼ご飯を食べて帰ることにした。「行ってみたいお店があるのよねー」と、イタズラっぽく話す魔女に連れられて、スダチ畑を通り抜け、人気のない静かなトンネルを潜り、閑静な住宅街を抜けて、グランドのある広い公園の片隅に集まって今年の秋刀魚の販売価格を予想している大勢のネコたちの横を通り、公園に隣接する無機質な五階建ての古いビルの一階にある洋食屋に入った。
店内は十畳ほど。木製の大きな柱時計に、アンティーク調の暖炉があって、壁にはどこかでみたような淡いタッチの風景画が、ごてごての金の装飾が施された額縁に入って飾ってある。
店内には小さなボリュームでジャズが流れており、それもまたインテリアによくあっていた。でも、気になることが二つ。一つ目は、テーブルと椅子の数だ。お店の中央にテーブルが一台、椅子は二脚あるだけで、店内に余白スペースが目立つこと。そして、二つ目はお店のどこを見渡しても店員と思われる人がいないことだ。
「さあさあ座って。私お腹が空いちゃった」
お茶目な女の子のように魔女はそう言うと、店の中央に向かってテーブルについた。少し大きめの木製テーブルには真っ白なクロスが敷かれていて、その上には何も載っていない。
「ほら、早く。座らないと始まらないんだから」
それなりの年季を感じるくすんだ木製の椅子に座った魔女は、急かすように私に言った。一体ここはどういうところなんだろう? 訳がわからないまま、私はとりあえず促されるまま椅子に座った。